居酒屋のお手伝いをさせていただきます
いちおうはまだ婚約中なうえに、その"婚約者"の屋敷に送ってくるなんて、随分と大胆だとも思ったけれど。
首都の貴族ならばフレデリック様とゼシカ様の関係は私よりもよく知っているだろうし、これくらい行動的でないと、"もしも"の転機を掴めないのかもしれない。
(フレデリック様も、この招待状の数を見たら安心して婚約を破棄できるかしら)
そうでなければ、彼の決断を先延ばしにしているのは、私の実家の問題が主だということ。
婚約にあたり私の屋敷まで挨拶にきたフレデリック様は、私の両親とも、お爺様とも懐かし気な瞳で接していた。
彼は義理堅い。
この婚約を受け入れたのは、幼い頃に接した私の両親やお爺様への同情からくる、義務感なのかも。
(やっぱり、私が自分で資金問題を解決しなきゃ)
そうすれば、きっとフレデリック様も決心がつくはず。
(投資……は、時間がかかりすぎるわ。あとは……事業を始めるとか?)
例えば……あのマルガレット様の心も掴んだこの不思議な"サカズキ"のように、向こうの技術をこちらで再現して、目新しい品を作れないかしら。
向こうの知識を活用できるのは、私だけの"強力な手札"だもの。
(三樹様たちにも、相談してみよう)
月の煌めく夜。
人払いをした自室でペンダントを握り、久しぶりに対面した扉を開く。
「三樹様、お久しぶりで――っ!?」
刹那、驚愕に足を止めた。
視界に飛び込んで来たのは、見慣れた居酒屋の店内――なのだけれど、三樹様と思わしき男性がカウンターで伏せている。
「み、三樹様!? どうなさったのですか!?」
(まさか、体調が!?)
急ぎ駆け寄りその背を撫でると、「あれ? その声は……」とのそりと顔が向けられた。
「ああ、やっぱりリアナさんだ。いらっしゃい。しばらくぶりだね」
「はい、中々都合がつけられず――いえ、私の話よりも、いったいどうされたのですか? 医者をお呼びしなくては」
「ああ、大丈夫」
三樹様は「ごめんね、ビックリさせちゃって」と苦笑交じりに身体を起こし、
「実は今日、亀さんが急遽お休みになってね。奥様が風邪をひいてしまったらしいんだ。まあでもこれが初めてでもないから、いつも通り店を開けたんだけれど……久しぶりの大盛況で。ついさっき、大きな波を越えたところなんだ」
いやあ、ありがたい限りなんだけれど、まいったね。
そう言って肩を回す三樹様は、微笑んでいるけれどもげっそりとしている。
見れば店内は多少の空席はあれど、けして空いているとはいえない。
片付けられていない机も目立つ。
(私の記憶通りなら、この店はこれからの時間がもっと賑やかになっていたような)
私は決めた、と手を握り、
「あの、三樹様。ご迷惑でなければ、私にお手伝いをさせていただけませんか? 簡単な給仕程度になってしまいますが……」
「え!? いいの!?」
顔を輝かせる三樹様に、「はい」と頷く。
「亀さんのようにはいきませんが、出来ることは全力で頑張らせていただきます」
***
「ご令嬢ちゃん! ドリンクの注文いい?」
「はい! こちらを運びましたら、すぐにお伺いいたしますね」
「ゆっくりでいいよー! 落とさないよう気を付けて!」
「ねえ、ご令嬢ちゃんってどこの化粧水使ってるの? 日本でも買える海外ブランド? お肌がすっごく綺麗だから憧れちゃう!」
「ありがとうございます。手入れは侍女に任せきりでして、申し訳ありませんが詳しくは……」
「え!? やっぱりご令嬢ちゃんってご令嬢なの!? 侍女って存在するんだ!」
「店長おー! 席空いて……」
「いらっしゃいませ。あちらがまだ空いております」
「ええ!? なになに!? よく見かけるお嬢様がエプロンつけてる!?」
「不慣れですが、少しばかりお手伝いをさせていただいております」
「ひえー、こりゃ驚いたな。なになに、ネームプレートが……『ご令嬢』? はは! なるほどピッタリだ!」
ネームプレートなるものは、三樹様にエプロンを貸していただいた際、「これも付けておこうか」と渡されたもの。
本来は名を記す箇所に、三樹様は"ご令嬢"と記載した。
「名前を聞かれたら、これでやり過ごしてね。リアナさんには、これからもお客様として来てほしいから」
なので今の私は、"ご令嬢"の名で呼ばれている。
なんだか自分であって自分ではない存在になったようで、わくわくする。
(それに、お客様も優しい人が多くて助かるわ)
手際も悪く、戸惑ってしまうこともあるけれど、お客様も協力してくれるおかげで、ひとまずは大きな混乱もない。
三樹様もお料理とお酒の準備に時間をさけるようになったからか、先ほどよりも随分と顔色が良くなったように見える。
「お待たせ。三番テーブルのお酒とお料理だよ」
カウンターに乗せられたのは、小皿とグラス。
私は「ありがとうございます」とお盆を置き、
「では、運び……っ!?」
小皿に伸ばした手を、ピタリと止める。
「あ、あの、三樹様。このお料理……間違いありませんでしょうか?」
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