初恋を成就させるには
「なんなの、あの田舎女! 余裕ぶって!」
自室で力任せに床に放った枕が、ボスリと鈍い音を立てる。
ああ、それすらも腹が立つ。
あらゆる憎悪をぶつけるようにして足で何度も踏みつけながら、
「ついこの間まで、おどおど笑っているだけだったくせに! わたくしに恥をかかせるなんて……っ!」
そもそもがおかしいのよ。
どうしてフレデリック様の婚約者が、わたくしではないの!?
初めてお会いした時からずっと、彼だけを一途に慕っていたのはわたくしなのに……!
「お父様が、うかうかしているからよ!」
彼ほどに顔が良く、身分も実力も優れた騎士なんていない。
だから他の女に取られる前に、早く婚約をさせてほしいと何度も頼んだというのに。
お父様もお父様で、騎士としての成長がどうだとか言って時期を見誤るから……!
「だいたい、フレデリック様もフレデリック様よ! どうして婚約の話が出た時に、わたくしがいると進言なさらなかったの? それどころか、あの女との婚約に不満を持ったことがないですって?」
美しさも、貴族としての品位も、フレデリックへの愛だって私の方が上なのに。
あの女もそれをわかっていたから、これまでの"噂"を否定してこなかったのでしょう?
早々にフレデリック様のことは諦めて、田舎に帰ると思っていたのに。
アシェル様とエステラ様に取り入ったばかりか、妙な手を使って仲間を増やして……!
「なにもかも気に入らないわ!」
いっそう強く踏みつけた枕が破れ、飛び散った羽が舞う。
恨みがましくその軌跡を追っていると、ふと、閃いた。
「ああ……分かったわ。フレデリック様はお優しいから、ご自分の父親が選んだ相手を拒絶できないのね。ましてや相手が困窮していると知れば、哀れに思って、手助けしてやりたいと考えるのも無理ないわ」
この婚約に、あの女の家族と領民を救うという使命を見出した。
だからこそ、この婚約に"不満がない"と言っているのね。
「ああ、本当にどこまでも誠実で、お優しいのだから」
歌うように呟いて、散らばった羽を踏みつけながら鏡台の引き出しを開ける。
取り出した真っ赤なリボンは、昔、フレデリック様に贈っていただいたもの。
一緒に街を散策していた時に惹かれ、素敵だと思わないかと尋ねたら、すぐにその場で買ってくれた。
「よくお似合いです」
そう言って、眩しそうに眼を細めて微笑んでくれた彼。
他のご令嬢に、あんな顔をしている姿など見たことがないもの。
私だけに向けられた、私だけが、彼にとっての"特別"な相手。
面倒なしがらみさえなければ、私を妻に選びたかったに違いないわ。
「待っていてください、フレデリック様。わたくし、負けませんわ」
ぎゅっとリボンを抱きしめ、誓う。
心のままに、わたくしを求めていいのだと。
あんな女よりも、わたくしが大切なのだと。
純粋なたった一つの愛を貫けるようにしてさしあげますから。
「必ずやわたくしが、あなたの"婚約者"に……いいえ、"妻"となってみせますわ」
***
狙いを定めて剣を振り、斬りつけた足から鮮血が舞う。
ズサリと転がった男から発される獣じみた醜い悲鳴は、痛みからか、それとも、逃れられなかった悲観からか。
「フレデリック! 加勢に……って、ひと足遅かったみたいだな」
捕らえた男を後ろ手に縛りあげる俺を見て、現れたセドは構えていた剣を下す。
「そっちも捕らえたのか」
「ああ、他の奴らが連行してる。けど……今回も、"本命"はいないみたいだ」
「……そうか」
(また、空振りか)
これまでに数名、狙いの賊を捕えてはいるが、未だリーダー格の姿はない。
捕らえた奴らは尋問にかけているが、よほど忠誠心が強いのか、有力な情報も得られずにいる。
(ここまで手こずるとはな)
「……早いところ、誰か一人でも口を割ってくらたらいいのだが」
「へえ? 珍しく焦れてるじゃん?」
「早く家に戻りたい」
結局、なかなかタイミングが合わず、リアナ嬢とゆっくり話も出来ないままの出立となってしまった。
どうにも落ち着かなくて手紙を送ってしまったが、幸いにも、返事が届いた。
(俺の体調を気遣って薬まで送ってくれるなんて、やはりリアナ嬢は優しい人だ)
今すぐ彼女に会いたい。
この目で見つめ名前を呼び、話がしたい。
彼女の好きなもの、大切にしていること。忘れられない思い出や、行ってみたいところ。
なんでもいい。ほんの小さな思考でも、彼女を知れるのなら。
(本当に、これまで無駄にしてきた時間が口惜しいな)
「フレデリック、今お前が思い浮かべている人物を当ててやろうか? 婚約者ちゃんだろ」
「! そ、そんなに顔に出ていたか」
「はあー、初々しい通り越して情けなくなってきたぞ、俺は。お前に憧れる他の騎士が幻滅する前にとっとと片付けて、一日も早く婚約者ちゃんのトコに帰らせてやらないとだな」
俺ももうちょい本気出すかあ、と。
捕らえた賊の縄を引き上げたセドに礼を告げると、彼は「けどさあ」と肩を竦め、
「ちょい遅すぎたっていうか、絡まりすぎているっていうか。ともかく、大事な"初恋"を成就させたいんなら、かなり頑張ったほうがいいと思うぜ」
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