婚約破棄したほうが良いと思うのです
急だったとはいえ私に手紙を送ってくるほどだから、てっきりゼシカ様にもお手紙なりでお伝えしているものだと思っていたけれど。
フューストン男爵から伝わっているだろうと安心していたのか、いちおうは外聞を気にしたのか……。
いずれにせよ、ゼシカ様はフレデリック様と連絡が取れなくて、拒絶されているのだと勘違いしているのね。
「わかりました。フレデリック様は先日から長期任務に就かれていますので、戻り次第お伝えしておきます。他に、なにかご伝言はありますか?」
「な……っ、ありませんわ! ごきげんよう!」
赤い髪を大きく揺らし、つかつかと足早にゼシカ様が去る。
その背が見えなくなると、張り詰めていた緊張が解けると同時に、「リアナ嬢!」とご令嬢たちに囲まれた。
「私達、お助けできずに、申し訳ございません……!」
ゼシカ様はフューストン男爵の娘だからと、社交界での影響力が強い。
そんな彼女に歯向かえないのは、当然だわ。
(むしろ、彼女に肩入れせずに沈黙を保っていてくれただけでも、心強かった)
「いえ。私こそ、申し訳ありませんでした。まさか密貿易を疑われるだなんて思ってもいなくて」
「何をおっしゃいますの! リアナ嬢は何ひとつ悪くなどありません……っ!」
「腹が立ちますわ! ゼシカ嬢がこんなにも無礼だったなんて!」
「フレデリック様とのことも、どうかお気になさらないでください。きっと、大袈裟に話しているだけですもの!」
お座りになって、とか、新しいお紅茶をとか。甲斐甲斐しいご令嬢たちに頬が緩む。
本当、少し前の私には想像も出来ない光景だわ。
「まったく、少しは大人しくなったかと思えば……。呆れるほどに幼稚なうえに礼儀も知らない、愚か者ね」
「その点、素晴らしい対応でしたわ、リアナ嬢。下品な挑発をいなす華麗さに、惚れ惚れしてしまいました」
「アシェル様、エステラ様」
私の両隣に腰かけた二人に「庇ってくださり、ありがとうございました」と頭を下げる。
と、二人は困ったように眉尻を下げ、
「ありがたられるほどの働きは出来ていないわ。ホラ、ベリーのクッキー。食べなさい」
アシェル様が口元まで運んでくれたクッキーを、行儀を無視してそのままありがたく口に含む。
これが彼女なりの謝罪だと、理解しているから。
エステラ様もまた、私の紅茶にミルクを注ぐとくるりとスプーンを回し、
「本当に、申し訳ありませんでした、リアナ嬢。わたくしとアシェル様がいる場ならば、大きな問題は起きないと考えていたのですけれど……リアナ嬢を、傷つけてしまいましたわ」
「いえ、本当に、私はなんとも」
「思い出しましたわ……!」
ハッとしたように声を上げたご令嬢に、注目が集まる。
彼女は興奮交じりに私へと詰め寄ると、
「セド様をご存じですか? フレデリック様とは、戦場で背を預け合う仲だという……!」
「え、ええ。直接ご挨拶をしたことはありませんが、お名前とお姿は何度か」
「そのセド様が、先日の夜会でお話ししていたのです! フレデリック様がフューストン男爵家で食事をしたのは仕事の一環で、フレデリック様はご用件が済むと、デザートも食べずに急ぎ屋敷へ戻られたのだとか。ゼシカ嬢が引き留めになられたけれど、リアナ嬢が待っているからと取り合わなかったと……。カフスボタンは、その時に取れてしまったのですわ!」
「私、納得がいきました! ゼシカ嬢はリアナ嬢に、嫉妬していらっしゃるのだわ!」
「以前よりゼシカ嬢は、フレデリック様を気に入っていらっしゃいましたから……。自分が婚約者に選ばれなかったからと、リアナ様を困らせていらっしゃるのね」
ゼシカ嬢の言葉など、気にする必要ありません!
そう言い募るご令嬢方は、なんとか私を励まそうとしてくれているよう。
(私のために憤ってくれるのは、素直に嬉しいのだけれど)
「ありがとうございます。確かにゼシカ様には困ったところもありますが、その葛藤を思うとお気の毒で……。フレデリック様も、早くゼシカ様とご婚約なさるべきですわね」
え? と。ご令嬢方の声が重なる。
制止した周囲に、何か変なことを言ったかしらと小首を傾げると、アシェル様が慎重な声色で、
「卿は、リアナ嬢と婚約をしているのよね?」
「はい。ですので私との婚約を破棄して、ゼシカ様と結び直されるのが良いかと。ご存じの通り、私とフレデリック様の婚約は互いの条件が一致したが故に結ばれたものであって、特別な愛情があったわけではありません。それでも良いと思っていたのですが、やっぱり……好いた相手がいらっしゃるのなら、その方と一緒になれるのが一番ですから」
ご令嬢方が、なぜか静まり返る。
私は慌てて、
「フレデリック様には、本当に感謝していますわ。だからこそ、一人の男性として幸せになっていただきたいのです。ですが未だに私との婚約を継続されているということは、ゼシカ様にまだ想いをお伝え出来ていないか、何か別の問題が生じているか……。いずれにせよ、フレデリック様のお心が定まるまでは、形だけとはいえ"婚約者"の役割を全うすることで、ご恩を返していけたらと」
「~~~~っ!!!」
沈黙を保っていたご令嬢方の緊迫した表情が、なぜか涙目に。
(わ、私、何かいけないことを言ってしまったのかしら)
途端、両肩に力強い手が触れた。アシェル様だ。
彼女はどこか怒りを含んだ瞳で笑みながら、
「そう……私が間違っていたわ。これほど愚鈍な男に、リアナ嬢は勿体ないもの。安心なさい、必ず私がもっと良い相手を見つけてあげる」
すると、エステラ様も私の頭を撫で、
「こんなに健気でいじらしいお方に、なんて酷なのでしょう。侯爵家では口に出来ないことも、わたくし達には打ち明けてくださいな。必ず、お力になりますわ」
他のご令嬢方も、目元を拭いながら「私達も協力しますわ!」と同意してくれる。
「リアナ嬢にぴったりの、お優しい殿方がいるはずです!」
「そうですわ! リアナ様こそお幸せにならなくては……!」
(皆様、本当にお優しいのね)
婚約を解消して領地に戻ることになっても、きっとこの感謝は忘れないわ。
勇気を出してみてよかった、と。
私は胸が温かくなるのを感じながら、"サカズキ"で揺らぐ桜を見遣った。
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