桜咲く特別な盃
「リアナ嬢、この酒器は……"魔道具"ですの? お爺様が愛好家でいらっしゃるとか」
好奇心に瞳を輝かせながら訊ねてくる二人に、「私も"魔法"だと思ったのですが、残念ながら」と首を振る。
「花の部分に、特殊なインクを用いているそうです。一定の温度よりも冷えた際に色づくインクだとか」
話しながら、この"サカズキ"に冷酒を注いだ三樹様の姿を思い出す。
くっきり浮かび上がった"サクラ"に思わず「魔法だわ!」と声を上げた私に、三樹様は笑顔のままあっさりと、
「ごめんね、"魔法"じゃないんだ。花の部分は特殊なインクで描かれていてね、冷えた液体を注ぐとこうして絵が浮かび上がるんだ」
「ふ、不思議なインクがあるのですね……。それに、なんて美しいのかしら」
木と、花。たったそれだけなのに、水面の下で鮮やかに揺らめく幻想的な姿に、見惚れてしまう。
つい、うっとりと眺めていると、
「リアナちゃん、気に入った?」
こてりと首を傾げたのは、香穂様。
私は「はい」と頷き、
「こんなにも素敵な酒器は初めて見ました」
「よかったー! これ、実はリアナちゃんへのプレゼントなんだよね。アタシたち四人から」
「え!? 私に、ですか……?」
「そそ。この間とっても素敵なインクをくれたでしょ? だからアタシ達も、リアナちゃんに何かプレゼントしたいなーって思って。サプライズ感がありつつも、リアナちゃんが持ってても変に思われないようなモノがいいなってことで、最終的に勝ち抜けたのがこの盃だったんだ」
辰彦様が、コツリと指先で盃を鳴らす。
「コレなら小さいから、こっそり持って帰ってもバレないだろうし、仮に見つかっても小皿って言い張れるだろ?」
「いやあ、妻も先日いただいたインクをすっかり気に入ってしまいましてね。なんでも、書きやすさもさることながら絶妙な色味だとか。以前のご来店時に、桜の花も気に入ってくださっていたように見えましたもので。花そのものは難しくとも、絵ならばお持ちいただけるんじゃないかと」
微笑む亀さんの横から手を伸ばした三樹様が、"サカズキ"をついと私の眼前まで寄せてくれる。
「私達は迎えにいけないけれど、リアナさんと過ごせる時間を楽しみに待っているから。いつでも、おいでね」
(どんな時でも私自身を受け入れてくれる場所があるというのは、心強いものね)
「ねえ、リアナ嬢」
アシェル様の声に、はっと顔を上げる。
彼女は"サカズキ"を見つめながら頬を紅潮させ、
「この不思議な酒器はどちらで購入を? 私も、是非とも伺ってもいいかしら」
「わたくしも気になりますわ。本当に、綺麗で不思議な魅力のある酒器ですわね」
(あ……)
お二人の期待に満ちた表情に、自身の失態を悟る。
そうよ。素敵なモノを手にしたいと望むのは、当然なのに。
それなのに私は……。
「リアナ嬢? 顔色があまりよろしくないような……」
気遣ってくれるエステラ様に、私は「ごめんなさい」と頭を下げ、
「祖父の知り合いの……特別な品を扱っている商人に譲っていただいたんです。この国に滞在している方でもないので、手に入れるには難しくて……。それなのに私ってば、お二人にも見ていただきたいって思ったからって、こんな、自慢のように披露してしまって」
「あら、そんなこと」
「リアナ嬢は、本当に可愛らしいですわね。さ、お顔を上げてくださいな」
エステラ様の優しい声に促されそっと視線を上げると、アシェル様は呆れたように腕を組み、
「とっておきの一点モノも、それこそ自慢だって、首都の貴族にとっては道端の小石と同じ。よくある些細な話なの。もっとあっけらかんと、紅茶に入れる砂糖を数えるように言えばいいのよ。ま、それが出来ないあなただからこそ、気に入っているのだけれどね」
「素敵な出来事を共有したいと思った時に、わたくし達を選んでいただけて嬉しいですわ。リアナ嬢にとって、特別な存在となれた証ですもの。今度、わたくしのとっておきもお見せしますわね。わたくしにとって、リアナ嬢は特別な友人ですから」
「アシェル様、エステラ様……。ありがとうございます」
少し前までの私ならば、お二人を招こうとも、ましてや何かを披露しようだなんて微塵も考えなかったに違いない。
行動できるようになったのも、お二人の優しさをそのまま受け止められるようになったのも、勇気を出せば他者と温かな関係を築けると知ったから。
「それよりも、これって注いだ水を捨てたなら、再度花を咲かせることが出来るの?」
「あ……出来るはずです。やってみますね」
水を捨て、タオルで拭う私の手元をじっと観察していたアシェル様が、思案顔で「これは強制ではなく、提案なのだけれど」と口を開く。
「この酒器、お茶会で披露してみない? 主催は私が担うし、招待客はリアナ嬢も一緒に選別してくれて構わないから」
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