今更気付いた婚約者の変化
「……キースの言う通り、謝る必要はありません。もちろん、キースも。くれぐれも、怪我には注意してください」
「怪我……あ、そうですね。勿論です」
(そうですね?)
リアナ嬢はなにやら納得したようにして頷いているが、気を付けてくれるのならば問題ない。
キースが「私もよく注意しておきます」と頭を下げたので、俺は「ああ、頼んだ」とリアナ嬢へ視線を戻してから、
「せっかくですし、俺も一緒に庭園に――」
「まあ、いけませんわ、フレデリック様。それでは朝食をとる時間がなくなってしまいます。お身体のためにも、しっかり食べてから出発なさってください」
「……リアナ嬢がどのような花を選ばれるのかも、気になりますし」
「でしたらお花は、後程フレデリック様もご覧になれる場所に飾っておきます」
「……ありがとうございます」
「お見送りが出来ずに申し訳ありません。では、お気をつけていってらっしゃいませ」
哀愁など微塵もない、からりとした笑みで挨拶を告げ、リアナ嬢はキースと楽し気に話をしながら扉を出ていった。
わかっている。彼女の予定を考慮せず、勝手に朝食を希望した俺が悪い。
わかってはいるが……。
「坊ちゃま、一度お部屋に戻られますか?」
「……いや、このまま朝食にする」
(いつもの彼女なら、見送りくらいはしてくれたような気がするのだが)
決して事前に決まっていた庭園の散策よりも、俺の見送りを優先してほしかったわけではない。
そんな言い訳のような思考を繰り返しつつ、食堂の扉を開く。
途端、ふわりと鼻に届いた、甘いバターの香り。普段の朝食時にはないものだ。
見れば机の上には、パン用のバスケットが。
(白いクロスが開いたままということは、リアナ嬢の朝食時に出されたものか?)
いつもならば俺が席についてから運ばれてくるバスケットへと歩み寄ると、
「申し訳ありません、フレデリック様! すぐにお片付けして、ご朝食をお持ちいたします!」
慌てて駆け寄ってきたのは、料理人の一人。
急ぎバスケットを抱える彼に、俺は椅子に腰かけながら、
「片付けずとも、残っているパンで構わないが」
「あ……ですが、これは違うのです」
「違う?」
はい、と頷いた料理人が、おずおずとバスケットを傾け中を見せる。
そこには、いつもの朝食時に出されるバケットではなく――。
「これは……クロワッサン、か?」
「はい! 実は、以前より様々な種類のパン作りに挑戦してみたいと考えていたのです。その話を知ったリアナお嬢様が、ご自分だけの食事の席ならばどんなパンを出しても構わないと、お許しくださいました。あ、もちろん、フレデリック様のバケットもちゃんと準備しております! すぐにお持ちいたしますね!」
ペコリと頭を下げた彼が、バスケットを大切そうに抱えて小走りで厨房に戻っていく。
その姿をぽかんと見送る俺は、さも間抜けな顔をしているに違いない。
幸か不幸か、気付く相手もいないのだが。
(リアナ嬢は、料理人たちとも交流を深めていたのか)
俺にとって食事は、空腹を満たすための作業にすぎない。
特に朝食はさっさと腹に収めて仕事へ向かいたいからと、常にバケットと卵料理、焼いたベーコンに野菜のソテーで構わないとメニューを固定していた。
優秀な料理人たちは、俺の指示を間違えない。
現に、運ばれてきた本日の朝食も、俺の指示通りだ。
先ほどのクロワッサンは、どこにも見当たらない。
(彼女はいったい、いつからパンを変えていたんだ?)
俺は"婚約者"なうえに、彼女と同じ屋敷に住んでいるというのに。
リアナ嬢がこの屋敷でどう過ごしているのかも、使用人たちとの交流も、驚くほどに知らない。
今更ながら当然の事実に気落ちしつつ騎士団へ向かうと、待ち構えていたかのようにセドが「こっち来い!」と俺の腕を引いた。
俺を書庫へと押し込むと、「セドリック、お前……俺の忠告を忘れたのか?」と焦りを露わにしながら、
「昨日、あれだけ言って帰したっていうのに、フューストン男爵家でゼシカ嬢とディナーを楽しんだって? 婚約者ちゃんはどうしたんだよ?」
「誤解があるようだが……確かに招待状を送ってきたのはゼシカ嬢だが、ギル卿から大事な話があるから呼ぶように言われたと書かれていたんだ。断りの返事を書く間もなく、迎えの馬車を寄こしてきてな。ギル卿の顔を立てるためには、応じるしかなかった。ディナーにはギル卿が同席していたし、望んで向かったわけでも、楽しんだわけでもない」
「はあ……そんなことだろうとは思ったけど、社交界でそんな"つまらない事実"が通じるはずがないだろ? ったく、大事な話ってなんだよ。騎士団じゃ出来ないような内容となると……もしかして、とうとう婚約を破棄してゼシカ嬢と結ばれるのか?」
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