俺以外とは打ち解けているのだが
(これからは本気で、考えを改めなければ)
晴れやかな朝陽が、ほとんど休めなかった目に染みる。
自室で着替えていた俺は、ゆっくりと瞼を閉じて不眠の気だるさを振り切ってみるも、一晩かけて膨らみ続けた後悔は微塵も拭えない。
何を言われても"噂は噂"だと。真面目に取り合わず、楽観視していた己の浅はかさが恨めしい。
(ゼシカ嬢が、本気で俺との婚約を考えていたとは)
昨夜の"答え"に頭が痛む。
彼女から向けられる好意は、あくまで気に入りの騎士に向ける、いわば主従関係に憧れる少女の羨望に近しいものだと考えていた。
だが"アレ"は、違う。彼女は間違いなく女性として、欲と恋慕を持って俺を誘惑しようとしていた。
驚くべきことに、俺がリアナ嬢との婚約に不満を抱き、解消を望んでいると信じて。
(ギル卿には申し訳ないが、今後はゼシカ嬢との関わりを控えるべきだな)
今になって、ノイマンがあれほど必死に"忠告"してきた理由がわかる。
あの時さっさと家に帰れと送り出してくれたセドも、ゼシカ嬢の本意に気が付いていたのだろう。
リアナ嬢との婚約を破棄する意志はない、と。
伝わっていると信じたいが……念のため、セドにも事情を話して協力を頼むべきだろうか。
俺のいない場で"噂"の的となるのはリアナ嬢だろうし、彼女はゼシカ嬢と顔を合わせる機会が嫌でも――。
「まさか、公開訓練での"ひと悶着"は、俺が原因か?」
ゼシカ嬢は、リアナ嬢と"代わって差し上げられたらよかった"と言っていた。
元より欲しいモノは、手に入れなければ気が済まない性分だ。
リアナ嬢に何か――例えば、俺との婚約破棄を迫っていたとしたら。
家門のためにと"契約"しているリアナ嬢が、俺には話せないと口を噤んでいたのにも納得がいく。
(確かめなくては)
急ぎジャケットを羽織った俺は部屋を出て、一階へと続く階段を駆け下りる。
途端、ノイマンと出くわした。彼は「おや」という顔をすると、
「お伺いしていた時刻よりもお早いようですが、もうお出になられますか?」
「いや、リアナ嬢との朝食の準備を頼みたい。……昨晩は結局会えずじまいだったからな」
すると、ノイマンは眉間に皺を寄せた。どこか気の毒そうな表情に疑問を発する前に、「フレデリック様?」と声が届く。
リアナ嬢だ。声のした方向を見れば、先ほど駆け下りた階段に身支度を整えた彼女が立っている。
彼女はにこりと晴れやかに微笑むと、
「おはようございます。今からご出発を?」
「いえ……。よろしければ、朝食を一緒にどうかと」
階段を下りて来る彼女をエスコートするため、右手を差し出す。
と、残り数段のところで歩を止めたリアナ嬢は、パチリと瞬き、
「ごめんなさい。朝食はもう済ませましたわ」
「……え?」
俺の手をとることなく、リアナ嬢が階段を降りきる。
「昨日、長らく見守っていた蕾が開きそうだと、キースに教えてもらったのです。うまくいけば開花の瞬間を見られるかもしれないと言うので、朝食を早めていただきました。キースが案内してくれるそうなので、庭園に行ってきますね」
(キースが?)
キースは俺が生まれる前からこの侯爵邸の庭園を管理している、信頼のおける庭師だ。
いつの間に名前で呼ぶばかりか、早朝から共に蕾の開花を見届けるほどに仲を深めていたとは。
「リアナお嬢様、ご準備はできましたか。どうやらあの蕾以外にもいくつか――これは、失礼いたしました。フレデリック様とお話し中でしたか」
俺に気が付いたキースが、帽子を外して深々と頭を下げる。
すると、リアナ嬢は「いえ、ちょうど終わったところです」とキースに歩み寄り、
「言われた通り、羽織物を増やしてきました。これで良いですか?」
「ああ、温かそうでいいですね。まだ早朝は冷えますもので。お預かりしていたお嬢様の鋏を持ってきましたから、気に入った花がありましたら切っていただきましょうかね」
「ありがとう。楽しみだわ」
(今、"お嬢様の鋏"と言ったか?)
「鋏を、購入されたのですか?」
尋ねた俺に、彼女は「ええ」と頷き、
「あ、もちろん、私につけて頂いている予算から出していますので、ご安心ください」
「いえ、そこは特には……」
「フレデリック様。リアナお嬢様に新しい鋏を薦めたのは、私です。私の物ではお嬢様のお手には大きく、扱いが難しかったものでして」
「キースにも一緒に選んでもらったので、とても実用的な一本を手に出来ました。ただ、手入れはキースに任せていて……申し訳ありません」
「リアナお嬢様の鋏を預かると申し出たのは、私です。お嬢様には、なんら非はありません」
「…………」
(本当に、随分と打ち解けているんだな)
良い傾向のはずなのに、胸の内がもやもやとするのは、何故なのか。
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