私の"好き"を受け入れてくれる場所
すると、香穂様は「あっちは気にしなくていいよ、リアナちゃん」と私のおちょこにお酒を注いで、
「それより! この焼き味噌はねー、日によって具材が変わるんだけど、蟹味噌があって良かったあ。アタシの一番の"オキニ"なんだよね」
パチリと片目を瞑ってみせる香穂様に、胸がほっこりと温まる。
「香穂様のお気に入りを体験できて、本当に嬉しいです。オススメいただき、ありがとうございました」
(やっぱり、ここは居心地がいいわ)
社交界で交わされる話題はほとんどが誰かの"噂"か、権力や資金力を誇示する自慢ばかり。
こうして言葉の裏に込められた真意を推し量ることなく、身分への忖度も必要ないままに会話が出来るなんて、考えたこともなかった。
私は自身の鞄を手に取り、
「あの、実は皆様に貰っていただきたい品がありまして」
「え? アタシ達に?」
きょとんとする四人に頷き、赤いリボンをかけた小瓶をそれぞれに手渡す。
「皆様に助言を頂けたおかげで、私も好きなものを見つけました。書きやすくて気に入っているインクなのですが、よかったら貰っていただけませんか?」
刹那、香穂様は感極まったように「もう!」と私を抱きしめ、
「どれだけ優しいのリアナちゃん……!! 一生に大事にする!」
「喜んでいただけたなら、嬉しいです。ぜひ、いいように使ってください」
ほこほことした気持ちと共に香穂様を受け止めていると、「俺達までいいのか?」と辰彦様。
私が「はい、ぜひ」と頷くと、三樹様と亀さんも「ありがとう」と嬉し気にお礼を述べてくれる。
香穂様は私から腕を解くと、"スマホ"と呼ばれる光る板を取り出し、
「せっかくだし、綺麗なガラスペンも揃えちゃおー。あ、これなんてどう思う?」
見せてもらったそこには、色から形状から様々なガラス製のペンが。
(なんて綺麗な……この世界では、ガラスでペンも作れるのね)
あまりの美しさについ見惚れてしまったけれど、はたと気が付く。
「もしかして、インクをペンにつけて書く習慣はないのでしょうか」
そうだった。亀さんが持ち歩いているペンも、わざわざ自分で補充しているような素振りはなかった。
もしや迷惑な贈り物をしてしまったのでは。
焦る私に、辰彦様は「んー、まあ」と、インク瓶を目線の高さに合わせて中身を観察しながら口を開く。
「俺なんかは普段使ってないけど、こっちでも好きな人はこだわっているくらい人気だな。そこに表示されているガラスペン以外にも、大量のペンが売られているくらいだし。好きなもんを共有したいって思ってくれたのは普通に嬉しいし、知らないモノってきっかけがないと手を出すこともないから、すっげえわくわくしてる」
三樹様もまた、「そうだね」と頷き、
「リアナさんが、日本酒に興味を持ってくれたのと同じだね。きっかけがあると、新しいことにも挑戦しやすくなるから。ね、亀さん」
「ですね、ですね。それこそ、かけがえのない"好き"に繋がる始まりなんかも、案外些細な出来事がきっかけだったりしますからね」
「あ、なら俺も今度クッキーでも焼いてきていいか? リアナさんが食べるとどう感じるのか、すっげえ気になる」
「はい! アタシも! リアナちゃんとお出かけしたい! そして欲を言えば動くノアくんをもっと見て欲しい……!」
(やっぱり、ここでは自然体でいられるわ)
自分の"好き"を受け入れてもらえて、相手の"好き"で新しいものを知る。
こんなにも嬉しくて楽しくて、わくわくした気持ちになれるなんて。
(お爺様が"魔道具"に感じているのも、似た気持ちなのかしら)
「ぜひ、お願いします。私も、お二人の"好きもの"をもっと知りたいです」
嬉し気に笑んでくれる二人に、改めてこの場所の特別さを噛みしめていると、
「そうだ。リアナさんに素敵な贈り物を頂いたお礼に、私もひとつとっておきの"魔法"をお見せしようかな」
「え!? 三樹様、やはり魔法をお使いに……!?」
ちょっとまっててね、とカウンターに戻った三樹様は、戸棚から何かを手にすると、そそくさと戻ってくる。
コトリと机に置かれたのは、一枚の"サカズキ"。
真っ白なそれには、枯れ木が一本描かれている。
「やはり、三樹様がお使いになるのはお酒の魔法なのですね」
ドキドキと高鳴る興奮を隠せないままでいる私に、三樹様は「ふふ、そうなるのかな」とどこか得意げに腕を組む。
と、香穂様は「ちょっと、三樹さん」とどこか怒ったようにして睨んだ。
三樹様は腕を解いて苦笑し、
「大丈夫、ちゃんと種明かしはするよ。辰彦くん、ちょっとその冷酒もらうね」
そう言って辰彦様のグラスを手にした三樹様は、「見ててね」と"サカズキ"にゆっくりと冷酒を注ぐ。
刹那、現れた"魔法"に、私は思わず息をのんだ。
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