断れなかったディナー
リアナ嬢だって茶会以外にも出かけるだろうし、俺の許可など当然必要ない。
ただ……これまでは。事前に報告をされていた茶会以外で彼女が不在にしていることなど、なかったから。
「夕食については、何か聞いているか?」
「いえ。特には聞いておりませんので、お戻りになられるかと」
「そうか。なら、ディナーは二人分で頼む」
差し出したジャケットを受け取ったノイマンは、わかりやすく目を輝かせ、
「かしこまりました。早急に伝えてまいります。ディナー前に、お着替えをお持ちいたしましょうか」
つまり、少しはめかしこめということだろう。
「……そうだな、頼んだ」
彼女との食事は久ぶりだし、衣装室にはまだ袖を通せていない服もあるはずだ。
そんな言い訳じみたことを考えつつ、「では」と下がろうとしたノイマンを呼び止める。
本題を忘れてはならない。
「リアナ嬢なんだが、近頃体調が悪かったり、変わったことはないか?」
「と、いいますのは……?」
「セドから、茶会に出ていないと聞いた。それと……公開訓練の日に、ゼシカ嬢と"ひと悶着"あったようだとも」
ノイマンの肩がピクリと肩を揺れる。
事実、なのか。
「どういうことだ。リアナ嬢には気を配ってくれと頼んでいたはずだが」
語調を強め責める俺に、ノイマンは観念したように息をつき、
「まず、ご体調に関してですが、問題はございません。お茶会へのご出席をお休みされている理由については伺っておりませんが、坊ちゃまがお尋ねになれたフューストン男爵令嬢様との一件もありますし、今は無理にお出にならずとも良いかと考えます」
「やはり、挨拶だけなどではなかったんだな。なにがあった」
「私共も、仔細まではお聞きしておりません。ですがあの日、ご帰宅なされたお嬢様は随分と思い詰めていらっしゃるご様子でした。私の方でも少し調べてみましたが、内容までは突き止められず……お嬢様はフューストン男爵令嬢様とお話になられた直後に、お帰りになったと」
「……なぜ、報告しなかった」
ノイマンは「申し訳ございません」と深々と頭を下げ、
「お嬢様に、坊ちゃまには言わないでほしいと頼まれておりました。自分は大丈夫だから。余計な心配をかけたくはないと」
「余計な心配だと? 婚約者の心身を気遣うことが、余計なはずがないだろう……!」
「ですが、坊ちゃま」
ノイマンは先ほどとは打って変わり、背筋を伸ばしてたしなめるような瞳で俺を見る。
「お嬢様がご相談できるほどのお時間を、お二人で過ごされましたか? 加えて坊ちゃまは、あの日以降もお嬢様と顔を合わせております。お嬢様の変化に、お気づきになられましたか?」
「それは……」
「坊ちゃま。坊ちゃまのお考えは承知しておりますが、ご婚約者であるお嬢様とは異なる女性と過ごす時間のほうが多いというのは、"噂"に真実味を持たせる要因になりかねません。お嬢様と街へ行かれるでも、歌劇をご覧になられるでも、パーティーへ出席するでも構いません。お二人が並び立つ姿を周囲に見せつけ、しっかりと真実を示しておくべきかと」
(そんなにも、状況が悪くなっていたのか?)
俺が婚約をしたのはリアナ嬢で、もう二年も同じ屋敷に住んでいる。
その事実こそが確固たる意思表示なのだから、ゼシカ嬢との"噂"など暇を持て余した一部による"退屈しのぎ"でしかないと、そう考えていた。なのに。
(俺は、大きな間違いを犯していたのか……?)
「っ、ノイマン。至急、花束を用意できるか? 夕食の席で彼女に――」
「――お着替え中、失礼いたします」
コツコツと響いたノックの音と知った使用人の声に、入室を許可する。
すると、現れたメイドはどこか困ったような顔で銀のトレーを差し出し、
「たった今、早馬にてお手紙が。至急、フレデリック様にお渡しするようにと仰せつかっております」
「至急の手紙?」
封書を手にすると、裏面には"ゼシカ・フューストン"の名が。
「ゼシカ嬢が?」
嫌な予感に急かされるようにして封を切った俺は、目を通し、記されていた内容に息を詰めた。
「坊ちゃま?」
「……ディナーに招待された」
「それは……いつのご日程で」
「今夜だ。父親であるギル卿が、大事な話があるからと俺を呼んでいるそうだ」
ノイマンもまた、息をのむ。
あまりに間が悪すぎる。いや、俺が帰宅したと知ったからこその、誘いなのだろう。
教育係として騎士団に身を置いているギル卿ならば、俺の所在など簡単に把握出来るのだから。
(ゼシカ嬢だけの招待ならば、悩む必要もないのだが……)
英雄とも言われた元騎士団であるギル卿は、俺にとって憧れの騎士だ。
左足の膝を悪くしているというのに、短時間とはいえ現役の騎士を相手にした剣さばきは豪快かつ的確で、戦歴書に残されている記録からも彼の活躍がどれだけの窮地を救ったのかよくわかる。
それに、騎士の職についたばかりの俺にも目を配り、剣技の指導はもちろん、なにかと気にかけてくれた。
俺の"優秀な騎士"たる面は、ギル卿に育てられたといっても過言ではない。
これまでの恩義はもちろん、更なる重役への登用を狙うには、ギル卿と良好な関係を続けていく必要がある。
だからこそ、娘であるゼシカ嬢には最大限の配慮をしていた。
それが原因で、"噂"が離散するどころか現実味を帯びていくだなど、夢にも思わずに。
(ギル卿のことを考えれば、招待に応じるべきなんだろうが)
俺の直感が告げている。
早急にリアナ嬢と話し合わなければ、それこそ取り返しのつかない事態になるだろう。
(……ギル卿は、感情的な人ではないはずだ)
「執務室へ向かう。ノイマン、断りの手紙を書くから、急ぎフューストン男爵家へ届けるよう手配を――」
「た、大変でございます!」
血相を変えて飛びこんで来たのは、先ほど下がらせたメイド。
「フューストン男爵家から、お迎えの馬車が到着されました!」
「なんだと?」
あり得ない事態に、部屋を飛び出し急ぎ門へと駆け向かう。
すると、待機していた男は恭しく帽子を取り、頭を下げた。
「ゼシカお嬢様からの招待状はお受け取りになられましたでしょうか。男爵様より、お迎えにあがるよう申し付かっております」
上げられた顔には見覚えがある。確か、ギル卿が時折連れ立っている側近だ。
見れば馬車には、フューストン男爵家の家紋が。
(俺が断るはずがない、ということか)
この"信頼"も、俺のこれまでの振る舞いの結果なのだろう。
"婚約者"のいる邸宅に久しぶりに早く帰宅したとて、食事に誘っても問題ないと。
そう思われている証拠だ。
「……すまない、ノイマン。リアナ嬢とのディナーは取りやめだ」
「坊ちゃま!?」
「フューストン男爵家の家紋が掲げられた馬車と、男爵の側近だ。追い返したとなっては、ギル卿の面目を潰すことになる」
言いながら気乗りしない足を動かし、門をくぐる。
着替えの必要はないだろう。
未練を断ち切るようにして彼女のいない屋敷を見上げ、視線を切った。
「……なるべく早く帰ってくる」
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