わからなくなってしまった私の"好き"
刺さるような刺激的な冷たさをしているのに、気付けば解けている滑らかさとしっかりとした甘さが後をひいて、つい次をすくい取ってしまう。
再び口に含むと、やはり冷たくもとろりとした甘味に頬が緩んでしまう。
と、香穂様がそんな私の様子をじっと見ながら、
「可愛すぎるでしょ……っ! って、リアナちゃん、もしかしてアイスを食べるの初めてだったり……?」
「はい。氷菓子とのことですが、固まっていても柔らかいなんて……この国の技術は素晴らしいのですね」
「キラキラおめめ大感謝すぎる……もっと食べる? 何個でもいいよ?」
「腹壊すだろ。リアナさん、口ん中が冷たくなってきたら、そのウエハースを齧るといいっすよ」
「! この菓子はそのように食べるのですね」
てっきり見目を良くするための飾りかと思っていたけれど、ちゃんと理由があるよう。
もう一口アイスを食べてから、ウエハースを摘まみ食む。
さくさくとしたそれはからりと乾いていて、口の中を支配していた冷気を吸い取ってくれるよう。
すると、はい、と三樹様。カウンターに置かれたのは、先日もいただいた温かなお茶。
「初めてだし、冷えすぎないように気を付けてね。ロイドさんは感動したからって一気に大量に食べようとして、頭が痛くなってたな」
「ああ、アイスあるあるのキーン」
同意する辰彦様の様子からして、頭が痛くなるのが珍しくもないお菓子のよう。
「気を付けます」と頷くと、香穂様が「あ、でも」と私のアイスを指さし、
「のんびりしていると溶けてきちゃうのが、また難しいところだよねえ。あ、リアナちゃん、きてるきてる」
見ればたしかにアイスの一部がとろりと雫を垂らし、液体に変化しつつある。
急ぎ過ぎないよう気にしつつ、溶けた箇所からスプーンいれ食べ進めていくと、小さな丸はあっという間になくなった。
(少量でも満足感が高いわ。それに、濃厚なようで、後味はさっぱりとしている)
「ありがとうございました、香穂様。香穂様のご厚意のおかげで、素敵なお菓子を体験できました」
「お礼を言うべきはアタシの方だよ……! 推しが幸せそうに食べるてる姿とか尊すぎ……浄化された……」
両手を合わせる香穂様に、私は少しだけ迷ってから、
「あの、"オシ"とはどのような意味なのでしょう?」
香穂様が何度も口にしているから重要な単語なのだろうけれど、残念ながらさっぱり検討がつかない。
にんまりと口角を吊り上げた香穂様は、「それはね」と嬉し気に、
「"推し"ってのは、とにかく大好きで、存在してくれているだけで元気をもらえる対象のことだよ! 人でもいいしモノでもいいし、なんでもあり! で、アタシはその"推し"に投資するのが生きがいなの」
でねでねー、と香穂様は何やら掌ほどの大きさをした、四角く薄い板を指で撫で、
「この子が今のアタシの一番の推し! 二次元アイドルの"スター★エンジェル"っていうグループの、龍ヶ崎ノアくん!」
(にじげん? アイドル?)
またもや知らない単語の羅列に戸惑ってしまうけれど、なによりも驚いたのは、香穂様が見せてくれた先ほどの薄い板。
キラキラと眩い光の中で、絵とも立体ともとれる青年たちが数名、歌に合わせて踊っている。
「香穂様は魔法をお使いになられるのですか? もしかして、辰彦様も? 絵を人のように動かしたり、歌を閉じ込めたりできるなんて……こんな"魔道具"、見たことがありません……!」
興奮に凝視する私に、香穂様と辰彦様は面食らったようにして顔を見合わせた。
すると、三樹様が二人にもお茶を出しながら、
「いろいろと気になるだろうけれど、詮索しないであげてね」
「……うん、了解。えとね、リアナちゃん。これは魔法でもなければ魔道具ってやつでもなくて、この国でもたくさんが人が持ってるんだよ。あ、ほら見てこのパート歌ってるのがノアくん! カッコよくてカワイイでしょ。ホラ! この一瞬の横顔とか国宝級じゃない!? この子のグッズを集めたり、曲を買ったり、ライブに行ったり。そういう"推し活"っていう応援をしながら、感動や元気をもらってるんだ」
心底楽し気に語り"推し"の姿を追う香穂様は、不思議な板から届く光に負けないくらいにキラキラとしている。
「……いいなあ」
「え?」
「え? ……あ! 申し訳ありません、私ったら、つい」
どうやら無意識に声が出てしまったよう。
私は羞恥に両手で口元を覆いながら、
「好きなものを教えてくださる香穂様のお姿が、とても素敵で……羨ましいなと」
「どこまでいい子なのリアナちゃん……! え、リアナちゃんは? リアナちゃんは何が好き? アタシもリアナちゃんが好きなもの知りたいな」
言われて、はたと気が付く。
私の、好きなもの?
「あの……辰彦様も、好きなものがおありですか?」
「俺? あーっと……デコ弁っていって、弁当の食材を色んな形に加工して、可愛い見た目にしたりするのが案外楽しくて……。これとか、俺が作ったやつっす」
そう言って辰彦様の板を見せてもらうと、花やら動物やら、なんとも可愛らしいお料理が。
「この全てが食材で作られているのですか? 辰彦様は、料理人でいらっしゃったのですね」
「や、完全に趣味っすよ。試しにやってみたら、けっこう面白くて。今じゃ専用のナイフも持ってるっす」
(これが"趣味"だなんて……この国のお料理が、どれも美味しいはずだわ)
ともかく。香穂様は"オシ"の応援を、辰彦様は"デコベン"を。
三樹様はいわずもがな、"ニホンシュ"が大好きでお店をされているほどで……。
(私は、何が"生きがい"なのかしら)
領地にあらゆる"大好き"を置いてきて侯爵邸に生活を移してからは、"侯爵夫人"らしくならなくてはの一点ばかりを考えてきた。
本当に、ただそればかり。
「私は……今の私には、好きなものも、熱中していることもありません。求められている姿になろうと、必死なばかりで」
なのに婚約者は他の女性にご執心で、社交界では未だに陰口をたたかれているだから、情けないにもほどがあるわ。
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