ちょっと抱きしめてもいいですか?
「~~っ、三樹様、おかわりをお願いできますか……っ!」
「もちろん! でも、飲み過ぎは注意だよ」
新たに注がれた一杯を、意識的に少しずつ口に含む。
(とろみのあるお酒もいいものね)
うっとりとしながら味わっていると、亀さんが「おや」と店内を見渡し、
「オーダーのようです。ちょっと失礼しますね」
胸元からペンを取り出し去っていく亀さんに、こちらの世界の"ペン"は便利で羨ましいわ、なんて考えながらその後ろ姿を見送る。
(ペンだけではないわね。この世界は、あらゆるものが刺激的だわ)
ほんの一杯のお酒に、ほんのひと皿のお料理。
だというのに、味も食感も、この場所に来るたびに新しい"美味しい"がどんどん増えていく。
「……ここに来ると、なんだか私自身の新しい一面が増えていくような気分になります」
呟いた私に、三樹様は「楽しんでもらえているみたいで良かった」と、どこか安堵したように微笑む。
その表情を不思議に思い見つめていると、彼は苦笑気味に肩を竦め、
「なんだか、元気がないように見えてさ。ここにいる間だけでも、気が紛れてくれたらいいなって思って」
(……顔に出てしまっていたのね)
そんなことにも気づけないほど、切羽詰まっていたことを自覚する。
そして同時に、フレデリック様は、何も言ってこなかったことも。
(それこそ、今更ね)
私は沈みそうな思考を打ち消し、一口を流し込む。
「……三樹様が選んでくださる品がどれも美味しいので、嫌なことなど忘れてしまえます。この"ニゴリザケ"というのは、白濁してとろみがある"ニホンシュ"を全てそう呼ぶのですか?」
「よっっっくぞ聞いてくださいました……! 一口に"にごり酒"って言ってもにごり方で分類が変わるし、飲み口も甘口から辛口まで様々な――」
「ちょーーーーっとまったああああああ!」
「!?」
突如眼前ににゅっと現れた掌に、声のした右耳上を見上げる。
(わ、綺麗なご令嬢ね)
店長を睨むようにして見つめる瞳は、美しい琥珀色。
さらさらとしたダークアッシュの髪は、自国でもあまり見ない髪質で、色調のはっきりとしたお化粧とよく似合っている。
「日本酒の話になるとすーぐスイッチ入るんだから! そんなマシンガントークされても困るだけですー!」
「おっと、ごめんごめん。日本酒に興味を持ってもらえたと思ったら、つい嬉しくなっちゃって」
「もー、だから毎回言ってるじゃないですか! ご新規さんを引きずり込みたいなら、慎重にすこーしずつ警戒心を解いていかないとって」
(三樹様のお知り合い……かしら?)
話している内容はよくわからないけれど、漂う気さくな雰囲気に、二人を交互に見比べる。
と、彼女の瞳が私に向いた。あ、と思った矢先、彼女は強気な目尻をふにゃりと下げ、
「ねー! どうしよう近くで見てもやっぱりカワイイ!! ね、よかったらちょっと抱きしめてもいいかな?」
「へ? わ、たしですか?」
「出たよ……あのな、それこそ普通に初対面じゃ怯えるだろーが。困らせてすみません」
女性の両肩を軽く引くようにして私から離したのは、黒く短い髪と同色の瞳をした男性。
(このご令嬢の執事さん……というよりは、護衛かしら? 服装は、騎士らしくないけれど)
白いシャツに、自国でも馴染みのある形のジャケット姿の彼に、なら婚約者? などと考えを巡らせながらも「いえ」と微笑む。
「抱きしめるのは、この国の挨拶方式でしょうか? でしたら、ぜひ私もよろしくお願いいたします」
国によって挨拶の形式が異なることは、お爺様の話でよく知っている。
先ほど彼女がしていたように両手を広げてみせると、男性はやってしまったという風にして額を抑え、
「いえ、違うんで大丈夫です。ただのコイツの悪いクセなんで」
「アタシね、可愛いモノはぎゅっとしたくなるんだよね。あ、お隣座ってもいい?」
「やりたい放題かよ……」
(なんだか面白い方々ね)
裏のない、率直な掛け合いが見ていて清々しい。
女性に隣の席を勧めると、「やったー!」と嬉し気に腰かける。
「尾上香穂です。こっちの大きいのは笹倉辰彦。ほら、デカくて邪魔だから座りなさいって!」
「自由かよ。あの、ホント邪魔だったら言ってもらって大丈夫なんで」
渋々ながら女性の隣に腰かけた男性に視線を合わせ、「お気遣いいただきありがとうございます」と笑む。
「リアナ・クレコと申します。こちらの国にはまだ不慣れですが、お話しいただけますと嬉しいですわ」
「まっ……可愛くて綺麗なうえに優しくてお嬢様口調……? は? 推せる要素しかなくない? 神すぎない?? 三樹さん彼女に一番いい日本酒を」
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