スパークリング日本酒で抜群の調和を
開いたポーチの中身は、紙幣とやらとコインに変わっている。
どうやらこの国のお金と自国のお金は価値が違うようで、先日部屋に戻った際、変換されないままだったコインがいくつかあった。
ひとつはこっそりと保管して、それ以外はこのポーチに入れ一緒に持ってきたのだけれど。
私があれこれ考えるよりも、任せてしまった方が利口よね。
「こちらを使って、お酒とお料理をお願いできますか?」
三樹様は「もちろん」と頷き、ポーチを覗き込む。
「それじゃあ、失礼して……うん、なんでもいけちゃうね」
お金は帰るときにいただくね、とポーチから顔を離した三樹様は、「うーん、そうだなあ」となんとも楽し気に伸びをする。
「うん、決めた。前回とはまた違った趣向に挑戦してもらおうかな。亀さん、"イチジクの白和え"をお願いできますか」
「はいはい、すぐにお作りしてきます」
厨房に向かった亀さんを見送り、三樹様が"レイゾウコ"という大きな保管棚から取り出したのは、なんとも美しい透き通った空色の瓶。
「まずはお酒。雁木という、山口県の蔵のスパークリング日本酒だよ。確かリアナさんのところにも、シャンパンってあったよね?」
「はい。ワインほど流通量は多くありませんが、特別な夜会などで振舞われています」
「これはね、そのシャンパンと同じ"瓶内二次発酵"っていう方法を使って瓶の中で再発酵させて、炭酸ガスを発生させているんだ」
そう言って三樹様は冷えたワイングラスに、ゆっくりと"ニホンシュ"を注ぐ。
前回とは異なる、シュワシュワと軽やかな音。
「シャンパンのように細やかな泡が……! 色も透明ではなく白いですし、とろみがあって……。前回頂いたものと随分と違うように思うのですが、これも"ニホンシュ"なのですか?」
「うん、"にごり酒"って言ってね。日本酒は"醪"っていう状態から色々な方法で液体と固形分を極限まで分けると、透明になるって話をしたのを覚えている? これはワザと滓っていう固形分が残るようにしているんだ。そのぶん、お米の旨味や香りを濃厚に感じられるんだけれど……とろみがあるから、飲み口がしっかりしててね。そこでお勧めなのが、このスパークリング!」
飲んでみて、と差し出されたグラスを摘まみ上げると、ヒヤリと冷たい。
(とろみのあるお酒なんて、初めて飲むわ)
好奇心にドキドキとしながら、くいっと煽る。
「……! とろっとしているのに、シュワシュワとした口当たりで飲みやすい……! お米の甘さもしっかりと感じられるのに爽やかで、酸味も軽やかな味わいですのね」
再び口をつけると、「そう!」と三樹様。
「にごり酒の"ならでは"を楽しめつつ、ぐびぐびいけちゃう! でもね、リアナさん。お料理とも合うから、全部飲み切る前にストップね」
「あ、本当だわ。私ったら、つい」
("ニホンシュ"はゆっくり味わうものなのに、すっかり忘れていたわ)
おかわりもあるから、とクスクス笑う三樹様に、恥ずかしさを覚えつつも礼を告げる。
と、「お待たせしました」と亀さんが。
「"イチジクの白和え"です。イチジクはご存じですか?」
「いえ、初めてみます。うっすらと赤く色づいていて、甘い香り……果実、ですか? この白いソースは、チーズかしら?」
「イチジクは、当たりですね。残りの答え合わせは、食べた後にいたしましょうか」
亀さんに促され、白いソースを纏ったイチジクを一切れ、口内へ。
食むと、じゅわっと甘い果肉が砕け、淡い塩味のあるソースが混ざり合う。
「美味しい……! でも、このソースはチーズではありませんね。もっと軽さがありつつもまろやかな……白いのに、クリームとも違った味わいで」
すると、三樹様がふふ、と笑み、
「それはね、豆腐っていう、この国の伝統的な加工食品なんだよ。本来はもっと固形なのだけれど、それを潰して裏ごしして、ソース状にしたんだ。この間、お刺身につけた醤油は覚えてる?」
「はい。黒い"ショウユ"ですね」
「豆腐の元は醤油と同じ、大豆っていう豆なんだよ」
「え!? こ、こんなに白いのにですか!?」
色だけではないわ。味わいも風味も、全然違うのに……!
すると、亀さんは「そういえば」と続け、
「この白和えにも、塩味を加えるためにちょこっとだけ醤油を混ぜ込んでいるんです。元が同じだけあって、相性がいいですよね」
「そして相性といったなら、もちろんその雁木スパークリングとも」
「!」
笑みを深める三樹様に頷き、イチジクをもう一切れ味わってから、残りのお酒を口に含む。
(ま、まるで一流の楽団のようだわ……!)
イチジクの果実らしい酸味と甘みに合わさる、優しい塩味の効いた"トウフ"のまろやかさ。
それを追いかける"ニゴリザケ"のシュワっとしたスパークリングの華やかな甘味が、お互いを打ち消すことなく重なり合う。
ソース状ながら軽やかな舌触りだからこそ、お酒のとろみが際立って……。
(なんて抜群の調和なの……!)
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