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婚約者の騎士様に放置されたので異世界で日本酒を楽しみます~本当に好きなお相手とどうぞお幸せに~  作者: 千早 朔


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ずっと側にいたかった少女

 大戦続きの時期を越え、現在の騎士の仕事は治安の維持を理由にした"ならず者"の排除や、要人の警護が中心となっている。

 故に帰宅途中だったとしても、問題が生じれば即座に現場に向かわなければならない。


 仕事に戻らなければならないと、屋敷に連絡がいれられるとも限らないとわかっているのだから、わざわざ彼女を振り回す種を増やす必要もない。

 給仕された夕食の肉にナイフを入れると、柔らかなそれは簡単に切れる。

 と、ノイマンはまだ納得がいかないのか、物悲しげに眉根を寄せて「おそれながら」と首を振った。


「そのお言葉を、そのままお嬢様にお伝えなされたほうがよろしいかと。お嬢様がこの邸にいらしてから二年となりますのに、言葉を交わす機会があまりにも少ないように見受けられます」


「それは……」


「お二人は正式な婚約を結んだ間柄です。もっと私的な……それこそデートなど、"婚約者"としての時間も過ごされるべきでしょう。坊ちゃまだって、それを望んでいらしたではありませんか。お嬢様は、坊ちゃまが木に登り嵐に怯えていらした頃から、たった一人の特別な方として密かに想い続けていらしたお相手なのですから」


「……だからこそ、だ」


 手にしていたナイフとフォークを置く。

 俺は羞恥を誤魔化すように咳払いをひとつして、


「相手が俺で良かったと、少しでも思ってもらえる結婚にしたいんだ」


 この婚約は、両家の名をもって結ばれた正式な契約。

 絶対的な効力を約束された契約書に記された通り、一年後には"婚約者"ではなく、"夫婦"となる。


 互いについて理解を深めていくのは、それからでも遅くはないはずだ。

 なんせ夫婦となれば、その後の人生を連れ添うことになるのだから。それこそ、何十年も。


(今は"婚約者"としての時間よりも、騎士として確固たる立場を固めることが優先だ。出来得る限り、一日でも早く)


 亡きお爺様の方針で、結婚と同時に当主の座を受け継ぐ予定になっている。

 故に母上はリアナ嬢が屋敷に来たはじめの一年で、"淑女"と"侯爵夫人"の双方に関する教育を施し、父上と共に領地に拠点を移してしまった。


 それからというものの、リアナ嬢はまだ"婚約者"であるにもかかわらず、"侯爵夫人"としての業務を担っている。

 慣れないお茶会にも積極的に顔を出し、手土産だお礼の手紙だと忙しくしているのも、そのせいだ。

 どれもそれも、俺と婚約をしてしまったがゆえの苦労。


(本当は、彼女にはこんな冷ややかな造物で埋め尽くされた首都よりも、清々しい青空の広がる自然豊かな場所のほうが似合いなのだろうが)


 脳裏に浮かぶのはいつだったかに見た、書斎で難しい顔をしながら書類に目を通す彼女の姿。

 重なるようにして、きらきらと太陽の光を反射する湖を覗き込む、少女の姿が思い起こされる。


 幼い頃、彼女の祖父と交流の深かったお爺様に連れられ、たびたび彼女が住まう邸宅へ訪れていた。

 あの時期、俺がどれだけ彼女と過ごす時間を楽しみしていたか。


 幼少期から表情の変化に乏しいせいか、彼女は俺が"仕方なしに"訪れていると考えているようだった。

 だからこそ俺が退屈しないようにと、決まって相手をしてくれていた。俺は彼女と二人きりで遊べるのが嬉しくて、彼女の"勘違い"を強く否定することはしなかった。


 彼女が案内してくれた気に入りの湖も、秘密のベリーの茂みも。彼女の頭に花弁を降らせた木だって、鮮明に覚えている。

 自然の中を駆け、心のままに笑む彼女は眩いほどに愛らしかった。叶うなら、ずっと側にいたいと願うほどに。


 だが祖父が亡くなり、彼女に会いに行く口実がなくなってしまった。

 勉学の時間が増え、成長と共に理解できることが多くなると、自然と理解した。

 俺が彼女とあの空の下を駆ける日は、もう二度とないのだと。


 そうして彼女への淡い想いは、懐かしい頃の思い出に変えた。そうせざるを得なかった。

 だがいくら歳を重ねても、手を取りたいと。

 "ずっと側にいたい"と思える相手には、出会えずにいた。


 特定の相手が決まらないままでいればいるほどに、女性達から向けられる期待の眼差しの数も、その熱も増し、とうとう許容できない"手段"に出る者まで現れた。


(正直、迷惑だ)


 こうした状況を喜ぶ男もいるのは理解しているが、俺には相容れないものだ。

 以降、パーティーは必要最小限の参加に留め、仕事を理由に剣に没頭するようになった。


 それでも侯爵家の跡取りという立場上、家門のために”結婚”は避けられない。

 このまま女性関係に無関心でいれば、いずれ父が縁談をまとめるだろうとは思っていたし、そうなれば"侯爵家の跡取りとして"どんな相手でも受け入れるつもりだった。


 ――婚約者候補として彼女の名を出された時は、息が止まった。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!

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