第2話:第4部 ひとつ屋根の下で
朝、同じベッドで目を覚ますと、隣に彼女がいる――その光景が当たり前になっていった。
幸せで充実した日々の中、時折ふと、ホテルで彼女を泣かせてしまった夜のことを思い出す。
罪悪感と、もっと彼女を大切にしなければという気持ちが、僕を彼女へと強く結びつけていた。
そんなときに同棲を提案したのは、意外にも彼女のほうだった。
「もう毎日一緒にいたほうがいいんちゃう?」
その言葉を聞いたとき、僕は一瞬息を飲んだ。驚きと戸惑いが入り混じったけれど、胸の奥で、心のどこかでそれを待っていた自分に気づく。
それから僕たちの日常は一変した。
朝、同じベッドで目を覚ますと、隣に彼女がいる。その温もりだけで、一日の始まりが特別に感じられる。
一緒に朝ごはんを作り、並んで食べる。彼女の笑顔に、自然と僕の心も和らぐ。
会社へ向かう道も、昼休みのランチも、帰宅しての夜ごはんも、すべてが二人で過ごす時間になった。
夜、ベッドで眠るときには、今日あった些細な出来事や会話を反芻しながら、互いの存在を確かめ合う。
毎日が詰まっていて、濃密で、楽しかった。
朝の光を浴びながら彼女がコーヒーを淹れる姿、キッチンで料理を手際よくこなす後ろ姿、疲れた僕を気遣う優しい声――どれもが新鮮で、胸を高鳴らせた。
彼女といる時間が長すぎるほど長く、幸せに満ちていた。
でも、密度が高すぎる生活には、少しずつ影も落ちていく。
一人になれる時間はほとんどなく、自由に考えたり気持ちを整理したりする余裕は減っていた。
「一人でぼーっとできる時間が欲しい……」
心の中でそう思う瞬間が増えていく。
でも、彼女の隣で笑顔を向けられると、言い出すこともできず、ただ微笑み返すしかなかった。
最初のうちは広々とした3LDKのマンションで暮らしていた。
家具を一緒に選びに行き、リビングに置くソファや寝室のベッド、観葉植物や雑貨――すべて二人で決めた。
日常の中に二人だけの世界が生まれ、毎日が新鮮で、生活のすべてが特別に感じられた。
しかし、同棲生活も2年を過ぎ、家賃を抑えるために1LDKに引っ越すことになった。
部屋は狭くなり、一人の時間はさらに減った。
お互いの存在が近いのは安心感でもあったが、同時に小さなストレスも生まれるようになった。
互いの動きや生活リズムが気になり、ささいなことが心に引っかかることもあった。
それでも僕は、彼女と過ごす時間を手放せずにいた。
幸せと不安が同居する、そんな日々。
密度の濃い日常の中で、僕たちは笑い、支え合い、時には小さな喧嘩をする。
でも、どんな日も、彼女がそばにいるというだけで、僕の世界は少しだけ色づいていた。
小さなすれ違いの兆し――それはまだ目立たないが、確かにそこにある。
穏やかな日々の影に忍び寄る、不安の種。
この幸せな生活は、いつか試練を迎えるのかもしれない――僕はそれを、薄々感じていた。




