第2話:第3部 背徳のディナー
彼女の旦那は、長期の出張で家を空けていた。
僕と彼女が関係を持ち始めてから、一度も顔を合わせたことがなかった。
「今度、帰ってくるんだって」
彼女がそう言ったとき、胸の奥がざわついた。
――自分がやっていることは間違っている。
頭では理解していた。けれど、妙な好奇心と、どこか挑発的な気持ちが勝ってしまったのだろう。
結局、彼女に誘われるまま、旦那と食事の場に同席することになった。
会食の場に集まったのは、彼女、旦那、僕、そして僕の女友達。
とあるレストランで待ち合わせ、テーブルを囲んだ。
旦那は、想像以上に誠実で、清潔感のある男前だった。
会話の中心は、彼の出張先での出来事。
仕事の苦労や現地の話に彼女は楽しそうに笑い、二人の間には夫婦らしい親密さが漂っていた。
僕はグラスを握りながら、ただその光景を眺めていた。
胸の奥がじわじわと痛む。
「自分は何者なんだろう」
彼女の隣にいる資格なんて、本当はどこにもない。
けれど、その寂しさを隠すように、僕は突拍子もない行動に出た。
隣に座っていた女友達に、そっと耳打ちした。
「なあ、ちょっとイチャイチャしてるふり、してみん?」
友達は半ば冗談のつもりで笑いながら頷いた。
僕たちは軽いスキンシップを装い、恋人同士のように振る舞い始めた。
最初は小さな悪ふざけだった。
けれど、酒も入っていたせいか、次第にそれはエスカレートしていった。
ふと視線を上げると、彼女の顔が曇っていた。
笑顔は消え、眉間には皺が寄っていた。
その目に射抜かれた瞬間、背筋が凍った。
「……ちょっと、来て」
彼女は強い口調で僕と女友達を呼び出した。
レストランの外に出た瞬間、彼女は声を荒げた。
「なんで、そんなことするん!? ふざけてんの?」
彼女の瞳は怒りで震えていた。
返す言葉を失い、ただ立ち尽くす僕に、彼女の手が飛んだ。
鋭い音が夜の空気に響き、頬に熱が走った。
「……最低や」
その言葉は、ビンタよりもずっと深く胸に突き刺さった。




