第3話:第4部 城崎の夜、初めての距離
付き合って半年が過ぎ、私たちは城崎温泉への旅行を計画した。二人でプランを練り、行き先を相談する時間は、どこか特別で楽しい日常の延長のようだった。当日、彼女は少し風邪気味だったが、「どうしても行きたい」と笑顔で言うので、私はため息混じりにうなずいた。電車に揺られながら駅弁を分け合い、車窓に流れる景色を眺める。彼女の小さな仕草や笑い声に、心がじんわり温まる。旅館に到着し、荷物を置き、薬を飲み、浴衣に着替えた彼女は少しふらつきながらも、嬉しそうに街へと繰り出す。その姿を見ているだけで、自然に笑みがこぼれた。
温泉に浸かり、夕食を楽しみ、夜になって布団が横並びに敷かれると、旅の疲れが心地よく体を包む。ふとんの中でたわいない話をしているうちに、沈黙が訪れる。私は勇気を振り絞り、そっと尋ねた。「そっちのふとん、入ってもいい?」 彼女は小さく頷き、優しい笑みを浮かべた。その瞬間、胸の奥がざわつくのを感じる。キス、手を重ねる指先の温もり。半年間、遠慮と不安で抑えてきた距離が、ようやく縮まった気がした。
だが、身体が思うように反応しない。心は彼女を求めているのに、前の恋で受けた深い傷が、無意識にブレーキをかけている。触れられるたびに胸が締め付けられ、意識は焦りと恥ずかしさでいっぱいになる。キスを重ねても、身体は反応せず、むしろ緊張と恐怖に支配されていく。心臓の高鳴りは彼女の期待に応えたい気持ちなのか、過去のトラウマの不安なのか、判別がつかないまま混ざり合う。
彼女は微笑みながらも、少し不安げに「風邪だし、今日はやめようか」と言った。その声に私はほっとしつつ、同時に胸にせつない感情が広がった。愛おしさと申し訳なさ、トラウマによる自己嫌悪が渦巻き、初めての距離で抱き合う温もりが、どこか遠く感じられた。夜の城崎温泉、静かな街の灯りの下、私たちはお互いの温もりを感じながらも、心と身体に生じた微かな影を抱えたまま、初めての夜を終えた。