第3話:第2部 もう一件だけ――彼女の背中が語るもの
夜の京都の街は、春の気配をほんのり含みながらも、まだ少し冷たかった。私は婚活パーティーで出会った年下の彼女と、いつものように街を歩き、小さなレストランのテーブルに座っていた。1週間に一度会うのが自然になった私たちにとって、この時間は特別なものではあるが、日常の延長のようでもあった。
ある週末、彼女から「ごはんに行かない?」と連絡が来た。少しおしゃれなレストランで、私たちは並んで座る。食事代はすべて私が払っていた。彼女の財布を気にする素振りはなく、私はどこか安心しつつも、心の片隅で「まだ彼女の生活に踏み込めていない」という距離感を感じていた。お互いの家も知らないまま、こうして外でだけ会う関係は、自由でありながら、少しだけ不安もあった。
たわいのない話に笑い合う時間は心地よく、彼女もきっと同じ気持ちでいるのだろう。時折見せる笑顔や目の輝きに、楽しさと期待が混ざっているのが伝わってくる。私はその姿を見つめながら、まだ完全には心を預けられない自分と、少しずつ彼女を好きになっていく自分の間で揺れていた。
食事を終え、私が「そろそろ帰ろうか」と提案すると、彼女は少し残念そうな顔をして「もう一件だけ行こう」と言った。その瞳には、何かを待つような、ほんのわずかな粘りが見えた。
私は一瞬、心がざわついた。前の恋のこともあり、心の準備もできていない。正直なところ、彼女の気持ちに応える自信はなかった。だから私は、あえてそのまま黙って頷いた。
バーに移動して、カクテルを片手に笑い合う時間。彼女は楽しそうで、時折小さく私を見上げて笑う。そんな姿を見ると、心の奥で微かな温かさが芽生える一方で、前の恋の影がちらつき、完全に心を預けることはできなかった。
終電が近づく頃、駅へ向かう道を歩く二人。彼女の肩はわずかに落ちていて、落胆が背中に滲んでいた。歩幅も少し小さく、疲れと寂しさが混ざったような足取りだ。
その姿を見た瞬間、私は胸の奥がぎゅっと締め付けられた。単なる恋心ではない、同情に似た感情が自然と心を支配した。思わず、声が漏れた。
「…付き合ってほしい」
彼女は振り返り、驚いたように目を大きく開けた後、すぐに満面の笑みを浮かべた。小さな声で「うん、いいよ」と答える。その瞬間、私たちの間に小さな、しかし確かな絆が生まれた気がした。
それから私たちは、初めて正式にカレカノの関係となった。戸惑いと期待、少しの不安とたくさんの好奇心が混ざる中、春の夜風が静かに二人の距離を近づけていた。