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Ⅱ.十字架の乙女1



 翌日の朝、まりあは小ぶりなバック一つを持って『オリエンタル・エンパイア・ホテル』に向かった。


 初めてのアルバイト、そして初めて親元を離れての生活だった。八月いっぱいということなのでニ週間足らずのこととは言え、多少は緊張していた。


 ホテルまで数ブロックのところまで来た時だった。


 不意にまりあは背後から呼び止められた。


「斎藤まりあさんね」

「はい?」


 振り向くと、そこには見覚えのある人物がいた。


 背の高い若い女性。その女性は警察バッヂと身分証明書とを提示した。


「神奈川県警捜査第一課の津田蓉子警部補です。少し、お話しよろしいかしら」

「あの」


 まりあは昨日の津田女史の剣幕を思い出して思わず足をすくませた。


「困ります、私これからバイトで」

「ナターリャ・ブラヴァツカヤのところでしょう」


 そしてニッと笑う。


「そのことで話があるの。これはあなたにとっても重要なことよ」

「あの、でも」

「いいからいいから」


 津田警部補は男性的なしぐさでまりあの肩に手をまわした。


「あのっ、やめてください」


 けれど、津田警部補はしっかりとまりあの肩を掴んで離さなかった。切れ長の目に射すくめられて、まりあは抵抗する気が失せた。


 上級生によくいる、押し付けがましい強引な性格のひとだ、と思う。まりあの苦手なタイプだった。


「あなた知ってるの」


 と、津田女史はまりあの耳元でささやいた。


「なにをでしょうか」


 息を耳朶に感じ、まりあは身をよじって避けようとした。


「あなたの前任者がどうなったのか」

「え」


 津田は、つと体を離した。


「興味があるなら話を聞いて。十分とかからないわ」

「・・・本当に十分ですよ」

「約束するわ」


 結局、まりあは津田の話しに付き合うことにした。近くの二十四時間営業のファミリーレストランに入る。二人ともアイスコーヒーを頼んだ。


「私はある事件を捜査しているの」


 ちらりと腕時計を見ると、前置きもなく津田は話し始めた。


「ニュースで見なかった? 横浜港に女子高生の死体が浮いてたって事件」


 そのニュースなら知っていた。まりあと同い年の子だったということもあり、両親がずいぶんと気にしていたからだ。


「自殺だったと聞いていますけど」

「マスコミはそう決め付けているみたいだけどね」

「違うんですか」

「それを調べているのよ」


 津田はそう答え、また時計を見た。


「死んだのは市内の県立高校に通う秋津今日子さん。心当たりは?」


 まりあは首を横に振った。


「そう。まあいいわ。この子はね、六日の早朝に横浜港で、夜釣り帰りのプレジャーボートに発見されたの。前日の夕方、散歩に行くと言って、ふらりと家を出たのは家族が確認している。だから死んだのは五日の夜から翌日の朝にかけて、ということになるわ。

 でもね、検死の結果は死後三日と出たの。おかしいわよね? いくら今年の夏が暑いからって検死結果が一日以上狂うなんて」


 ウェイトレスがアイスコーヒーをテーブルの上に置いた。だが、二人とも手を付けようとはしなかった。


「で、ここからが本題。今日子さんは亡くなる三日前まで『オリエンタル・エンパイア・ホテル』でアルバイトをしていたの。夏休みいっぱいの契約で、七階で小間使いをしていたそうなの。ところが、なにかトラブルがあって辞めさせられたらしいわ」


 携帯電話だ、とまりあは思った。ジェミーさんの言っていた、携帯を鳴らして首になった子だったんだ、と。


「だから奥様・・・ナターリャさんやジェミーさんに話を聞こうとしていたのですね」


 短い沈黙の後でまりあがそう言うと、津田は笑った。


「呑み込みが早いわね。好きよ、そういうの。さて、でもこれで終わりではないのよ」


 と津田はまた時計をちらりと見てから言った。


「これまでもエンパイア・ホテルでバイトをしていた少女が何人も不審死を遂げているの。もう何年も、何十年も。それこそ戦前からよ。横浜で発生した少女の不審死や自殺のうち、かなりの率でエンパイア・ホテルで働いていた経験のある者がいるの。しかも、どのケースでもホテルを辞めて数日後に死んでいる。これは偶然かしら」

「何を疑ってらっしゃるのですか」


 まりあは津田の目を見て聞いた。


「疑う? 違うわ。知っているのよ」

「何をですか」

「少女たちの死にナターリャ・ブラヴァツカヤが関わっていることに」


 沈黙がふたりの間に落ちた。


 ありえない。


 まりあはそう思った。この刑事さんは何を言っているのだろう。たまたまエンパイア・ホテルで働いていた子が死んだからって、それだけで疑うなんてどうかしてる。


 まりあは押し黙り、なかば睨み付けるように津田を見た。ふいに、津田の胸元のブローチに気がついた。五角形の、ホームベースのようなかたちをしたブローチ。表面には薔薇の花らしい浮き彫りが施されていた。男性的な津田女史にはなんだか似つかわしくないような気がした。


「そう。ではあなたもナターリャ信者ということね」


 津田はまりあの表情を見てため息をついた。


「私はあなたを助けようとしているのよ。それだけはわかって」


 津田は時計をもう一度見た。そして伝票を持って立ち上がる。


「約束通り十分たったわ」


Ⅱ.十字架の乙女2 に続く

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