観覧車の迷惑なバカップルは幸せそうです
観覧車を降りずに十周回る事が出来れば、一緒に乗った二人は幸せになれる‥‥そんな噂を聞いたカップルがいた。
「乗ったは良いけれど、計画はあるの?」
「五周までね。あとは繰り返しよ」
一周二十分かかる観覧車に乗り続ける為の準備はバッチリだ。
一周目はベタに忘れ物をして降り損ねてみた。
「この策はいいね」
「でしょ? 一度一人は降りるのが良いフェイントになるの」
降口のタイミングを逃すと、次の乗客も乗り込みづらい。
二周目は口喧嘩だ。これは三、四周目にも関わるので、乗り込ませなければ良い程度だ。
三周目は降り口で彼女が激昂。彼氏が彼女に激しくビンタされた瞬間に乗り込める強者はなく、職員も安全を考慮し、見なかった事にした。
「ちょ〜痛いんだけど。頬も心も」
「しょうがないでしょ。本気度見せないと降ろされるもん」
「次は泣くんだろ。泣けんの?」
「乾燥対策の目薬があるのよ。ただ泣くだけだと駄目だから酷い事言って泣かせて」
周回中は貴重な作戦と折り返しへ向けての改善を練る時間。あのやり取りをもい一回やるのかと思うと幸せって何だろうかと考えずにはいられないと、彼氏は思ったようだ。
四周目は彼氏が反論し彼女が大泣きする作戦。観覧車を降りないカップルに対して、降車口では職員と警備員が呼ばれていた。あちらも準備体制が整った。
「泣けば済むと思ってるのか? ふざけんなよ!」
バシィィーーーッ!!
激昂ターンの変わったはずの男女。しかし、観覧車の回る音に負けず良い音を鳴らしたのは彼氏の頬だった。
「そんな酷い事を大きな声で言えば気が済むと思わないでよ!」
「ちょっ‥‥おま、話が違‥‥」
四周目も修羅場をスルーした皆さんにより、降車を回避出来た。彼氏に憐憫の目のおまけ付きだ。
「⋯⋯」
「うまくいったね」
両頬を腫らし無言の彼氏と良い笑顔の彼女。付き合い始めたのは昨日からだと言うのに、人生は深いと彼氏は悟った。
五周目は泣き疲れた彼女が伏せて降り過ごす作戦だった。しかしもう職員達に止める気はなかった。
気の済むまでやり合えばイイという、皆の優しさ。繁忙期なら強制退去させられたのだろう。閑散期の平日の寒い中、乗りたがる客は少ない。
好きなだけ乗らせてあげようと、周回中の職員会議で決まったようだ。
こうして暖かい応援もあり、バカップルの願い通りに、観覧車で十周回る事が出来た。十回分の料金で彼氏の懐は寒くなったが、両頬を包む彼女の冷えた手に癒されたという。
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