栄光の未来
『V』という文字で浮かべる動画配信者の文化が根付いて久しい。流行り廃りや、様々な事情で活動の引退という情報が発表される度に、『継続すること』の難しさをひしひしと感じるようになった。自らをバーチャルなキャラクターとしてプロデュースしてゆく技術と、常に視聴者に話題を提供し続けなければならない苦しみなど想像に難くないものだが、日頃の疲れを癒してくれる存在として自分も若干ではあるが依存傾向があるような気がする。
過去に比べて新規参入が比較的容易となった印象で、それならばと何となしに居住地である県に縁のある配信者を検索してみたことがあった。
『猫系アイドル べっられいあ』
一番最初にヒットしたキャラクターの名前である。猫と人が融合したような、そして『猫目』の美少女を姿を見た際、少し失礼ではあるかも知れないが<これはちょっとニッチかも…>と感じた。
『え〜!そうにゃんですかぁ?おすすめは5番の子なんですかぁ?現在のオッズは…と』
試しに視聴してみたライブ配信では何故か猫とは全く関係のない『競馬予想』を行っているタイミングだったことに衝撃を受けた。確かに『V』の中でも競馬同時視聴という文化が存在することはまあまあ有名で、中には圧倒的な支持を受けている配信者も存在する。まだ駆け出しの配信者として、その戦法は悪くない気もするが視聴者を選ぶ内容であることには違いない。
<この子がなんで地元に縁があるんだろう?>
素朴な疑問を感じながら視聴を続けていると、とあるユーザーから『今日もラーメンですか?』というコメントが流れてきて、彼女が「そうですにゃ。今日も行きつけの喜○方ラーメンですにゃ」と発言した。じゃあこの人県内在住かと思いきや、事情はちょっと複雑らしい。彼女のSNSアカウントも少し辿ってみると過去にこんな投稿をしていた。
『地元の○○軒が恋しいですにゃ。近くの喜多○ラーメンの店も美味しいんですが、やっぱり地元に帰って食べたくにゃります』
それはほとんど『身バレ』しているようなものだが本人はそれでいいと思っているらしい。彼女の競馬予想配信も、幼い頃に父親に県内の競馬場に連れて行った思い出があるからとか、あまりキャラクターとしての幻想を感じさせない。時折方言っぽい言葉が飛び出しているように感じる『べっられいあ』に言いようのない親近感を覚えるのにそれほど時間を要さなかった。
『出会い』から一ヶ月程経って、競馬界隈は秋の盛り上がるシーズンを迎える。
『明日のメインは乙女達の戦いです!ここは『れいあ』(彼女は自らを『れいあ』と呼んでいる)も外せません』
乙女の戦いとはメス…牝馬の競馬のG Iレースである秋華賞のことだ。夜中に始まった競馬予想配信をほぼ開始と同時に視聴し始め、
『こんばんは!』
とコメント。最近ではそういう短いコメントをしてみるくらいになってはいるが、あまり意識されたくはないのが本心。ただ、ふとした瞬間に『投げ銭』ってどうやるんだろう?とか考えているくらいにはなっている。配信者として生き残るためには知名度はもちろん必要で、日頃の投稿などを追っていても自分としては『推し』と呼んでもいいくらいになっているので、何かで魅力を伝えられたらいいなという気分。
『れいあはオークス(同じく牝馬のG I)でも『グロリアス』が推しですにゃ。人気は現在5番人気』
つまりそれは「推しの推し」という概念なのだろう。『れいあ』が推す『グロリアス』はオークスで5着、前哨戦で2着と好走が続いていて狙い目といえば狙い目。ただ今回は牝馬二冠を達成した一番人気の馬で固い決着になりそうだと言われている。
だが『推し』というのは実力がどうこうで揺らいでしまうものではない。
何となく彼女も、グロリアスも応援したくなる。そして現時点でのれいあの弱点と思われる配信の後半のフリートークの時間になる。まだ実年齢もそれほどいっていない人だからだし、個性である猫撫で声で話を続けていると段々と疲れてしまうのもあるのだろう、話題をもっぱら流れてくるコメント頼りになってしまう。
『今日も○多方ラーメンですか?』
協力するつもりで、ファンの中で恒例となっているコメントしてみたところこの日予想もしないことが起こる。
『そうですけど、今日はちょっと違います!昨日実家から『箱ラーメン』が送られてきたのでそれでアレンジレシピの【焼きそば】を作って食べました!画像ありますよ』
彼女が突然画面にスマホで撮影した謎の「焼きそば」を公開した。上部に紅生姜の乗っているそれは、ほんの少しだけ色合いが黄色っぽく映る。
『実はこれ、箱ラーメンの味噌スープの素を使って、もやしとかを野菜炒めにしてラーメンの麺を茹でたものを混ぜるんです。本当に美味しいですよ!意外に簡単です!』
よほど興奮していたのだろう猫の語尾がこの時には消えてしまっていて完全に『中の人』になってしまっていた。視聴者の中に焼きそばの作り方の詳細を訊ねた人がいた為に、その後SNSでレシピが公開された。
彼女にすっかり毒され(?)て偶然箱ラーメン、お土産用の某社のラーメンセットが冷蔵庫の中に入っていた事を思い出した自分。翌日の昼にアレンジレシピを利用して『焼きそば』を作ってみた。
<これは少しピリッとした野菜炒め的でありながら、中華屋さんで食べるような麺がしっかりした『焼きそば』だ。焼きそばなのに、味噌ラーメンを食べているようであり…不思議な食べ物だ。美味>
一度麺を茹でるという手間はあるものの、太めのちぢれ麺の食べ応えはもやしと合わせると病みつきになる美味さである。謎ではあるが『みんな真似してやってみるといいよ』と心の声が出てきた。
その日のG I、秋華賞の結果であるが、『グロリアスが勝利』とはならなかったが、最後猛然と二冠馬を追い詰めてクビ差まで迫ったところで2着となった。競馬中継とれいあのライブ配信を同時に視聴していた自分は彼女の『きたーぁぁぁあああ!!』という絶叫を聞き届けることが出来て満足した。余談ではあるが、『べっられいあ』の動画ではなくラーメンアレンジ『焼きそば』の投稿はかなりバズり、各所のラーメンアカウントから連絡が来るようになったという。
彼女は『栄光』の未来を、今日もラーメンを食べながら夢見る。