セリフの出ない私
よい子の皆はもう寝静まった深夜。
よい子ではない私(高校生)はだらだらとノーパソと向かい合っていた。
パチパチとノーパソを打つ音のみが部屋を支配する。それ以外に部屋から発せられる音はない。
よくドラマやらアニメやらのシーンで出てくるように、真っ暗な下手の中をスタンドライトだけで照らしているわけでもなく、しっかりと部屋の照明も最大光量にして点けていたが、肝心な私の目からは光が失せていた。
――何も思いつかねぇ……
思いつかないとは、ズバリ、セリフである。
セリフが思いつかないのだ。
私は今、wordを使って小説もどきを書いているのだが、キャラクターたちが喋るセリフに違和感しか感じないのだ。
違和感の正体は簡単に形容できる。「主体性が無い」という一言で済む。
キャラクターもセリフも、同じレールの上を等速で進んでいる。そんな印象を一通り書いてみて感じた。セリフから想起出来るはずのキャラクターの人物像がこれっぽちも見えてこない。こんなものをセリフと呼んだら、本業の方から「舐めてんのか!」とお叱りを受けるに違いない。いや、本業の方に見せる予定なんて無いけど。
試しにもう一度セリフを作ってみる。
シーンは中学校で転校してきたヒロインと主人公が初めて相対する場面とでもしておこう。
それでは……3・2・1・・・アクション!
――――――――――――
「あの……」
突然後ろから女子の声が聞こえて、一瞬誰に向けられたものなのかわからなかった。しかし、どうやら自分に向けられたものらしいと分かると、恐る恐る振り返る。
「はい……なんでしょぉ……」
さっきまで喋っていなかったので最後の最後で声がすぼみ、発音が変になってしまった。恥ずかしい。それでも彼女は気にすることなく続ける。
「あの……えっと……私、転校してきた○×子といいます。後ろの席です。その……仲良くしていただければと思います。よろしくお願いします」
「はぁ、○×男です。どうも」
少し、内気そうな女の子だった。目を直接合わせることはなく、チラチラとこちらの方を見てきている。
「……」
「……」
……気まずい。話題を振ったほうがいいのかな。
「趣味とかあったりするんです?音楽とか映画とか」
「読書……?ですかね。強いて言うなら」
「そうなんですか。僕もよく読書するんですよ」
「わぁ……!趣味が同じなんですね」
「そうですね。ははは……」
「良かったです。同じ趣味の人が席の近くにいてくれて、やっぱり転校って心細くて」
「そうですか。でも……」
「でも?」
「『趣味:読書』ってなんか当たり障りのないイメージですよね。ホラ、別に言っても恥ずかしくはないけど面白くもないっていうか。自己紹介としては少し弱い……みたいな?」
「………………」
彼女は黙りこくってしまった。何かしてしまっただろうか……あっ。
「い、いや違うんですよ。さっきのは自虐というか!ホラ、僕って見ての通りひょうきんには見えないでしょ?せめて、自分を犠牲とすることで笑いを取ろうという――」
「フッ……フフッ」
「へ?」
またしても間抜けな声が出てしまった。それでもやはり彼女は気にせず続ける。
「面白いですよ。○×男さんの自虐ギャグ」
そう言って彼女は微笑んだ。
どこが面白かったのかは分からないが、まだまだ心細い学校生活に温もりを与えられたのなら良かった。僕はそう思った。
――――――――――――
カ~ット!
降板だ!この大根役者ども!どこが面白いんだよ!ホントに!
いや、分かっているよ?一番悪いのは原作兼脚本兼監督の私だって。どんな役者呼んでも、こんなありきたりなワンシーンにのっぺりした起伏のないセリフ読ませれば、駄作になるもんだよ。
でもさぁ。与えられた台本から自分でキャラクターを練り上げていくのも役者の仕事ってもんじゃないの?○×男くんに○×子ちゃんさぁ。
え?「キャラクター造形もお前の仕事だろ糞ライター」だって?サーセンwww
いかんいかん。手掛けた時間の割には、あまりにも進捗がないせいでおかしなテンションになってきた。これが深夜テンションってやつですか。
その後、うwwwはwww みwなwぎwっwてwきwたwwwとなるはずもなく。私はセリフ研究を投げ出し、床に就いた。
ちくしょー中々上手くいかないな……そんなことを考え悶々としつつ気づかぬ内に、私は眠りに入った。
朝。ドラマやらアニメやらのシーンでよく見るように朝に雀がチュンチュン鳴いているはずもなく。代わりに聞こえてきたのはカラスたちがゴミ捨て場をカァカァ漁っている音だった。映像作品のワンシーンとして切り抜けるような場面が、日常生活の中でいくつ登場するのだろう。少なくとも私には縁がない。
歯を磨いて、着替えて、朝ご飯を食べて、朝の支度はばっちぐー。華の女子高生としてはずいぶん簡略化された手順だ。
それは朝支度の中で私が一言も言葉を発していないからかもしれない。
1時限目が始まる前に簡単なHRが開かれた。これが定期的に開かれるものなのか、それとも近々ある学校行事のための臨時のものなのかは分からない。
私はこの高校に転校してきたばかりだ。前の高校とは人間関係的にも環境的にもそりが合わなかった。高校一年の2か月目に転校とはなかなかにレアケースだと思う。
そんな私のことを慮ってかそれともただ単に興味がないのか、登校を始めてからここ数日の間に話しかけられることはほとんどなかった。
私は高校で一度も会話らしい会話をしたことがない。
けど、これからもそうであることを望む。大体好きじゃないのだ会話なんて。
「あの……」
突然後ろから女子の声が聞こえて、一瞬誰に向けられたものなのかわからなかった。しかし、どうやら自分に向けられたものらしいと分かると、恐る恐る振り返る。
「あの……えっと……転校してきた○×子さん。後ろの席の△◇美です。その……仲良くしていただければと思って」
まるで昨日の夜(細かいことを言うと今日の夜)どこかで書いたようなセリフだな。思ったのはそれだけだった。
首だけを下げて軽い会釈をする。すると相手は上半身全てを動かした会釈で返した。礼儀正しい人なんだな。そう思った。
「……」
「……」
しばらく沈黙が続いた。△◇美という子はこちらを窺うような目線を送ってくる。
そんな目線がこそばゆい。なんだろうこの感じ。
もう話は終わったよな……?
そう考えて私は体を元の態勢に戻す。すると、少し驚いたような勢いを伴って切り出してきた。
「あの!趣味とかありますか?音楽とか映画とか!」
またどこかで書いたようなセリフが出てきたな。
もう一度振り返る。私が体を正面に向け戻したことに少し慌てたらしいことが目で見て分かった。
私はちゃんと言葉で返す。
「読書……?」
なんで疑問形になるんだよと、俯瞰してみたら私が口にした言葉は違和感のあるものだった。きっとこれは、自分の趣味を素直に答えたわけではないからだ。
私はレスポンスではなくクエスチョンを出したのだ。
こう答えて相手がどう出るか、私は伺いを立てたのだろうと思う。なぜそんな言い方になるのかというと、無意識のうちに言ったから言葉だからだ。
「読書か……へぇー」
「……」
それっきりで会話は今度こそ終わった。その日、△◇美がまた話しかけてくることはなかった。
夜、自宅にて。
「ん~……」
私は今夜もノーパソの前でうんうん唸っていた。
やっぱりセリフに現実性がないのだ。実際に会話の中でそんな淡白な言葉が出てくるか?
リアリティのない会話は作品の完成度を著しく下げる。いや、会話抜きでも駄作なのはわかっているけど。
――実生活でまともに喋れないやつにまともなセリフが書けるはずがない。
いつの間にか、そんな思考に頭は囚われていた。
そうだ。その通りだ。分かっている。
私みたいな人間にとって、世間一般の普通の会話とやらは非日常的で。それこそ、ドラマやアニメでしか聞くことのできないものだ。
会話を広げようともしない態度。自分の意見を言わず、相手に伺いばかり立てて。
そんな会話らしい会話を放棄しておきながら、リアリティだとか主体性だとか語る資格は私にはなかったのだ。きっと。
でも、この小説もどきを書くことをやめることはできない。これを書くのをやめたら、それこそ私は会話自体を捨て去ってしまう。
どんなに淡白でレールが敷かれているような会話でも。私の頭の中にしか存在しないとしても。会話らしい会話を追い求め続けなければ、私は会話することができなくなる。
セリフだ。セリフを考えなければ。
出てこい。出てこい。セリフよ出てこい。
いくら考えても。
どれだけ時間がたっても。
結局、私はセリフが書けなかった。