恋は血の味
華やかな鳥たちのさえずりが聞こえてくる。
今日は結婚式。
もちろん僕たちの結婚式……ではない。
ガリオとフェイルの結婚式だ。
綺麗な白いドレスを来たフェイルに聞いてみる。
「結婚ってどんな感じ?」
「幸せだよ」
言葉通り、幸せに満ち足りた笑顔を僕に向けてくる。
フェイルが持つ指図書にはこう書かれていた。
『ガリオと結婚するように』
同じような紙を持ったガリオがやってきた。
ガリオが持つ指示書にはこう書かれていた。
『フェイルと結婚するように』
ヴァンパイア様からの繁殖指示。
拒否権のない幸せの強要。
「似合ってるじゃないか、ガリオ」
「ああ」
いつもより言葉が少ない。
ガリオは僕の前を通り過ぎると、花嫁姿をしたフェイルの手を取った。
「良かったな」
ガリオは目に涙を浮かべている。
誰がどう見てもわかる。
うれし涙だ。
ヴァンパイア様からの指示はあくまで『結婚』についてだけ、二人の間に愛があるかどうかは関係ない。
これから二人でどのように歩んでいくかは、二人しだいだ。
もう二人には自分をごまかす欺瞞に満ちた言葉は必要ない。
「フェイル愛してるよ」
「私もよ。ガリオ」
二人が約束の口づけを交わす。
覆い尽くす万雷の拍手。
僕は、花びらをばらまいて、二人を祝福した。
◇ ◇ ◇
結婚式の後、僕は待ち合わせをしていた喫茶店の中に入った。
待ち合わせの相手はメメリ。
机の上には、飲み物が一つ。
ストローは二つ。
中に入った液体は赤く、僕らの間になる場所に当たり前のように置かれている。
僕が外の景色が見えるように隣の席に座ると、メメリは得意げな顔をしてみせた。
「私の完璧な恋の調査結果では、二人はお似合いだとおもったの」
僕は、肩をすくめてみせる。
「僕が教えてあげただけだよね」
「つまり、二人が幸せじゃなかったら、あなたの所為よ」
「ああ、ずるいよ。責任は押し付けて手柄だけ自分の物にする気だ」
なんてずる賢いヴァンパイアの主様なのだろう。
ヴァンパイア、世界で一番幸せを強要する残忍な魔物だ。
そして、今では僕もその一員ではある。
下っ端の新人ではあるけれど。
「ねぇ。私達が初めて会った日のことを覚えてる?」
メメリの言葉に頭の中を巡らせる。
「えーと、子供のころだったかな」
うまく思い出せなくて、僕は、曖昧に答えた。
「正解は、愛の授業の日が初めてでした」
「えっ!? 嘘だよね」
想像もしていなかった答えに僕は、狼狽した。
メメリはいたずら好きの子供みたいにクスクスと笑う。
「じゃあ、私との思い出教えてくれる?」
なんとなく同じクラスにずっといた気がしているのに、具体的な思い出と言われるとなにも思い出せない。
何百年とこの地を支配してきたヴァンパイアにはいろんな能力があるに違いない。
それにしても、
「なんであの日クラスに混ざっていたの?」
「ちょっと人数調整うまくいかなくてね。去年女の子が一人、流行り病で死んじゃったでしょ」
「確かに、そうだったね」
「だから、男の子が一人余っちゃうから可哀想だと思って」
愛は基本1対1。
数が等しくなければ、悲しみが生まれる。
ということは、つまり、
「ああ、僕に同情してくれたのか」
「結果としてその男の子はヴァンパイア様の言いつけも守らない不届き者だったから、同情する必要なんてなかったね」
「ごめんって」
僕は、素直にあやまった。
勝手に許可なく外に出ていこうとしたことを言っているのだろう。
「結果として、いい下僕が手に入ったわ」
「それは、あんまりな言い方だよ」
あまり敬った言い方をしていないが、ヴァンパイアは主従関係がはっきりしている。
ヴァンパイアに噛まれたものは下僕になる。
つまり、僕はメメリの忠実なしもべだ。
まあ、今までだって、家畜だったわけだから、あまり変わりはないかもしれない。
「この領地の外にいきたかったんでしょう? だから、ロウ君に目的をあげる」
「目的?」
「幸せになる孤児を探すこと」
メメリは、語る。
生まれてくる子供の男女比がいつも同じとは限らない。
この領土の人々の数は種族を維持するには少なすぎるので、血が濃ゆくなりすぎないように定期的に外の血を入れるのだという。
その血は、もちろんヴァンパイア本人が決める。
「行きたかったよね?」
「そうなんだけどね」
幼稚な僕は思い知った。
きっと外の世界には、あの商人たちのように、醜い心を持った人間たちが沢山いるのだろう。
ここは優しい揺り籠だった。
きっとみんな本能でわかってた。
理解できなかったのは、僕だけだった。
「今更、外に行きたくないなんていわないよね?」
「それは……僕に首輪も付けずに外に出していいの?」
僕が逃げ出すとは考えないのだろうか。
「他の魔物たちも、人を飼っているわ。
人間だって、同じ人間を道具のように使っている者もいる。
きっとあなたはここに帰ってきたくなる。
渡り鳥も、いつかは故郷に戻るように、この場所がきっと恋しくなる」
同じ景色を見ながらメメリがいった。
「ほら見て、今日も夕日が綺麗よ」
「綺麗か……」
そうなのだろうか?
僕はメメリの言葉に同意する答えを持ち合わせてはいなかった。
この場所がどこよりも美しいのだとしても、
僕は、ここしか知らない。
比較できないのだから、その価値がわからない。
「世界の醜さを見に行っておいで」
だから、僕は……
この場所を好きになるために、
世界の醜さを見る必要があるのかもしれない。
渇望していた自由がそこにあった。
だけど、僕は首をうまく縦に振ることができなかった。
「いくじなしね。私を助けてくれようとしたときはあんなにかっこよかったのに」
「別に商人たちに怖気づいたわけじゃないよ」
「じゃあ、どうしたの?」
どうしたの? と聞かれれば、どうかしてしまったのだろう。
体は人の物ではなくなった。
ただ、それ以上に心が蹂躙された。
落ちたといってもいい。
あの日、見た月明かりの元で血まみれに笑うヴァンパイアの美しい姿に僕は恋をした。
自由を望んでいたはずの心は束縛を望んでいた。
僕の口から素直な言葉がついて出る。
「行くのなら、君と一緒に世界を見たい」
「甘えん坊ね? でも少しうれしいかも? もっと愛の言葉をくれるなら考えてあげでもいいわ」
ぞくりとするほど、妖艶な瞳を向けられて、僕は頭がおかしくなる。
頭がぐらりと揺れる。
もうメメリのことしか考えられない。
君のすべてが欲しい。
それは下僕の僕が口にするには憚られる。
ならば、今の僕が言い表せられる最適な言葉は……。
「あなたに僕の血を飲み干して欲しい」
手には入らないなら、僕のすべてを奪って欲しい。
全てを飲み干して、僕の魂ごと取り込んでほしい。
酩酊したような視線を向けると、メメリは満足そうにうなずいた。
「ああ、たまらないわ。やっぱりあなたを選んで良かった」
メメリの唇が僕の唇に触れる。
お互いの牙が、ほんの少し唇にふれて、お互いの血の味が口の中に混じり合う。
僕は貪るように、一滴もこぼさるように嘗めとった。
ああ、甘い。
人ではなくなった舌が血から甘味を感じとっていた。
まるで破滅的な恋の味のようだった。
少しでも面白かった方は
広告下の評価【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると嬉しいです。