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運命の愛


 感じたことない胸の奥の奥の部分から痛みが弾ける。


「なにが……」


 起きたのかわからない。

 嘲笑うような商人の顔。

 驚きに染まるメメリの顔。


 自分の体が重力に引かれて倒れる。


 空に輝く星々が歌を歌うように、記憶が駆け抜けた。

 胸から零れ落ちていく血液と一緒に魂が流れ出ていく。


 ああ、死ぬのか。


 幸せにも不幸になることもなく。


 心がどちらにも振れず、ゼロになる。


「ロウ君!」


 誰かが僕を呼ぶ声が聞こえた。

 もう誰の声かもわからない。


 何かが近くで吹き荒れるのを感じた。

 

「ごめんね」


 耳元で語られる謝罪。


 何かが、首筋に突き刺さり、強烈な痛みが魂の楔へとなった。

 時が凍り付くように、呪いが体に刻み込まれていく。

 体が熱く燃えるようで、燃えた端から冷たい何かに作り替えられていく。

 

 目に前が真っ赤に染まり、何もかもが変わっていく。


 命が少しずつ削られていく。


「強くもないのに、勝てないのに、それでも守ろうとしてくれたんだね」


 誰かの腕に抱かれて、産まれたての赤子のようにあやされる。


「すごく嬉しい。嬉しいよ。これが恋かな。そうだといいな」


 諦めることの強制力が働く。


「だから、もう少しだけ聞かせて、君の声を」


 魂が、闇色に染まっていく。


「人でなくなったとしても、死ぬよりはいいよね」


 命が終焉を迎え、新たな命が芽生えた。


 僕は人を辞めた。


 ◇ ◇ ◇


 誰かに引き上げられるように、僕は目を覚ました。


 夜になっていた。

 だというのに、世界がものすごく明るく感じる。

 感覚が鋭敏だ。


 お腹はすいていない。

 それよりも喉が渇いた。

 心から。


 見上げると、メメリがなにか赤い物体のうえに座っていた。

 自分の手に着いた液体を長い舌で嘗めとっていた。


「ああ、おいしくない。タバコかな? 不純物だらけね」


 斑に着いた赤い水玉模様。


 大地に散らばる無数の肉塊。

 どう見ても死体。

 元商人達だ。

 

 冴えた月がメメリを照らす。

 だれよりも、凄惨。

 血まみれでも美しい。


 感性が壊れていく。

 今まで感じたことないぐらいメメリが魅力的に見える。


「メメリちゃん?」


 僕は、目の前の人物が本当にメメリかどうか確かめるために声をかけた。


「ああ、ロウ君? 起きたんだ?」


 姿を見れば一目でわかる。

 長くとがった犬歯。

 血管が浮き出るほどの白い肌。

 その特徴を宿すのは……。

  

「もしかして、メメリちゃんがヴァンパイア様?」


「もしかしなくても、そうだよ。私が血を啜る化け物ヴァンパイア。この地を治める領主だよ」


「商人たちは……」


「私の言いつけを守らなかったから、罰をあたえたよ。こっちのエリアには入らないことが条件だったのにね」


 商人の手と思われる物体から、十字架を拾い上げる。

 月に向かって掲げてみせる。十字架がきらりと光った。


「ヴァンパイア様は、十字架に弱いんじゃ?」


 メメリは、クスクスと僕の言葉を笑う。


「そんなの私が流したデマに決まってるよ。十字架掲げて神様助けてとか本当に笑っちゃうよね。私こそが神に愛された存在だというのに」


 ぎゅっと、十字架を抱きしめてみせる。


「でもね。本当に欲しいのは神の愛なんかじゃないんだよ。こんな化け物の私でも抱きしめてくれるささやかな愛」


 なにかを思い出すように静かに目を閉じる。


「今日の授業は本当に良かった。人の愛は見ていて幸せな気持ちにしてくれる。互いを思い合って幸せを願う心は美しいよね。いいなぁ。私も欲しいなぁ」


 メメリは、物欲しそうに僕を見ながら言葉を紡いでいく。


「人のまま死にたいのなら、殺してあげる。だけど、人からの愛を諦めて、化け物になり、私を愛してくれるのなら、自由をあげるよ。どうする?」


 愛か自由かではなく。

 愛と自由か、それとも死か。


「ロウ君は言ったよね。私が運命の相手なら愛してくれるって、運命を受け入れてくれる?」


 僕の身に起こったことは、メメリに聞かなくてもわかっている。

 僕の運命はすでに血の色の染まっている。


「まだ今日の授業は終わってないよ。さあ、私の手を取ってくれる?」


 僕は覚悟を決めて、メメリの手を取った。

 自由が手に入るのなら、僕は受け入れるよ。


「僕は、君を愛するよ」

 

 人としての全てを失い。

 僕は自由を手に入れた。


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