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帰り道での口説き方

 学校を離れ、先生から見つからない所に来ても、メメリは手を離してくれなかった。

 

「もっと愛を語ってくれる?」


 それどころか、小悪魔な笑みを浮かべて僕をせかしてくる。

 僕は仕方なしに、足らない語彙力をフルパワーで働かせた。

 

「えっと、月が綺麗だね」


「月出てないよ」


「君の瞳に乾杯」


「飲み物持ってないよ」


 メメリは不服そうに唇をとがらせながら言う。


「……ちょっと真面目にやってるの?」


「やってるんだけどなぁ」

 

 本で読んだ、魅力的な愛の言葉だったはずだ。

 なにがいけないんだろう?


「もっと場面に最適な愛の言葉を選ばないとダメだよ」


「場面か」

 

「あとは飾らない素直な気持ちが嬉しいかな」


「素直な気持ちね」


 場面は、手をつないでのデート中と仮定していいのだろうか?

 それに僕の素直な気持ちを重ねた言葉は……。


「このまま二人で手をつないで、どこか遠くへ行きたいね」


 言葉がすんなり出てきた。

 メメリはちょっと笑顔になる。

 

「それはちょっと嬉しいかも、70点」


「良かった」


 さっきより点数がいい。

 少しはお気に召してくれたらしい。 

 

「ほらもっと私をその気にさせてみてよ」


 ただ、まだまだ満ち足りてはいないらしい。


「いや、でも過剰摂取もよくないんじゃないかな?」


 何事も適量というものがある。

 愛の言葉も取りすぎは体に毒だろう。


 というか、ちょっと僕の方が限界だ。

 砂糖菓子を食べたわけでもないのに口の中が甘ったるい。


「愛の言葉はね。無限に摂取しても、いいんだよ」


「それは本当の恋人同士の場合じゃないかな?」


「じゃあ、本当の恋人同士になってみる?」


 メメリは、いたずらっぽく笑う。

 蜘蛛の糸のように絡みつく恋の罠。

 一度はまってしまうのもいいかもしれないと思えるほど、魅力的だった。


「でも僕らに選択権は……」


「ロウ君は頭が固いね。選択権がないのは、結婚だけ恋人になることは禁止されてないよ」


「それはちょっと詭弁じゃない」


「ロウ君は、真面目ね? 私は長の娘よ。結婚相手だって、交渉できるわ」


「確かに、そうかもしれないけど」


 このままメメリとゴールインそれも悪くない未来だったかもしれない。

 だけど、僕はいなくなる。

 愛よりも自由が欲しくて。


「なにか望みはないの?」


 僕が困った顔をすると、心の内を見透かすようにメメリは言う。


「あっ。人には言えないことなんでしょ?」


 察しもいい。

 

「好きな人がいないっていうのは、本当っぽいし、他にしたら、ダメなことは……さっきの素直な言葉から考えると……」


 なんだか追い詰められている気がする。

 手を繋いでいるので、逃げ出すこともできない。


「あっ。わかった。外に出てみたいんでしょ?」


 メメリはあっさり正解にたどり着いた。


「そ、それは……」


「その反応は、当たりね!」


 メメリは名探偵にでもなったみたいに得意気だ。


 メメリが、そのことをヴァンパイア様に報告したら、僕はすぐに処分されて……。


 僕は周りを見渡す。

 みんなとは真逆の帰り道。

 近くに人はいない。

 今なら……。


 僕は、頭にかすめた考えを振り払う。


 僕は、誰かを――メメリを不幸にしてまで叶えたい願いではない。


 メメリも毎日ヴァンパイア様に会っているわけではないだろう。

 僕がこの場所を出て行くのは、今日だ。

 大丈夫。

 きっと逃げ切ってみせる。

 

 そう思っていると、メメリが僕に言った。


「私をその気にさせてみたら、外に出られるように交渉してあげようか?」


「えっ?」


 想像もしたことない言葉だった。


「だって、勝手に外に出たら殺されるって……」


「だから、勝手にでしょ? 承諾もらって出ればいいじゃない。私は外にでたことあるよ」


「本当に?」


「出たといっても、壁の外にちょっと出ただけよ」


「そう……なんだ」


「ロウ君は、長になるといいと思うよ」


「長に?」

 

「長になれば、外の商人などと交渉する必要もあるもの。外に出なければならない機会もあるわ」


「そっか。そうだよね」


 まさかそんな外に行くための正攻法が、存在しているだなんて思いもしなかった。


 結婚相手はヴァンパイア様が決める。

 勝手に外にでてはいけない。


 そこに嘘はない。


 ヴァンパイア様は結婚相手を考慮してくれる。

 承諾をもらって外にでることができる。


 僕らが子供だったから、教えてくれてなかっただけだった。


「そのためには、私を口説かないとね?」


「そうなるのか」


 逃げ出すように、この場所から出て行かなくても、外のに行く手段はあった。


 愛か自由かの二択ではなく。

 愛を手にすることで、自由を手にする選択肢が。


 メメリの顔を見る。

 それは、それで、険しい道のりな気がする。

 だけど、後ろめたさを感じない生き方のほうがずっといい。

 

「なら、断らないと」


「断る?」


「あっ……」


 僕は無意識にそんなことを言ってしまっていた。

 メメリはいぶかしい目を向けてくる。

 察しの良いメメリのことだ。

 多分誤魔化しきるのは、難しいだろう。

 僕は観念して、ことのあらましを話すことにした。


「ヴァンパイア様には、言わないでほしいんだけど……」


 僕は昨日の商人とのやりとりを説明した。


「そこまでして、外に出たかったの?」


 メメリは呆れている。


「そうなんだよね」


「ヴァンパイア様はやさしい方よ。あなたたちを無理やりここにとどめるために勝手に出て行ったらダメだと言ってるわけじゃないの。例えば……」


 メメリは語ってくれた。

 

 人が人を物のように扱う奴隷制度。

 人が食べられるために、繁殖させられているオーガ領などなど。

 メメリちゃんの口から世界の残酷さが次々語られる。


「人さらいだっているし、ヴァンパイア様は強いけど、全員ずっと監視しているわけじゃないから、勝手に出て行かれれると助けられるわけじゃないよ」


「ヴァンパイア様にとって、僕らは家畜なんだよね」


「そうね」


 メメリはうなずいた。


「だけど、家畜だったとしても、愛情はあるよ。ロウ君だって、食べてしまう牛や豚だってまるで愛情がないわけではないでしょう?」


「そうだね」


 僕らは家畜。

 だけど、首輪など付けられているわけではない。

 多分、それがヴァンパイア様の愛情なのだろう。


 会話が通じない相手というのは世の中にいる。

 だけど、実際に話をしたことのあるメメリの言葉を信じるのなら、ヴァンパイア様は僕の話をきいてくれるかもしれない。


「間抜けで、素直なロウ君には、まだ少し外の世界は早いかな?」


「そこまでいうことないじゃないか」


「まずは、女の子一人ぐらい簡単に口説けるようにならないとね?」


 僕は、観念して肩をすくめた。

 

 ヴァンパイア様に交渉するために、口説いてみせろということだろう。


 僕が、気合いを入れて、愛の言葉を言おうとした時、少し遠くに、商人二人組の姿が見えた。


「昨日の商人だ。ちょうど良かった。ちょっと断ってくるよ」


「変ね? どうしてこんなところに商人が?」


 メメリが首を傾げている。


 僕が後ろから近づくと、商人達の会話が聞こえてくる。

 

「本当に馬鹿な連中だよな。いもしないヴァンパイアに怯えてるなんて」


「本当だよ。俺達が殺したことにすれば、国からたんまり報酬もらえるからな」


「ああ。あと城に宝がとかが、あれば最高だったんだが」


「金銀財宝はないが、ここにいる連中自体がお宝みたいなもんだ。昨日の馬鹿な小僧だけでなくて、何人かさらってこうぜ」


「そうだな。男より女の方が高く売れるしな」


 内容が頭に入ってくる。


 ヴァンパイア様が城にいない?

 いや、それよりも僕をさらって売りつける?


『人さらいだっている』


 メメリの言葉が頭の中で、木霊する。

 動揺した僕は、落ちていた枝を踏みつけてしまい、バギッと大きな音を立ててしまった。


 商人二人が振り向く。


「さらうってどういうことですか? 弟子が欲しいって……農作物だってあんなに馬車にいっぱい載せていたのに」


「会話聞かれたようだな」


 商人が舌打ちをする。


「どうして?」


「お前は知らないのさ。この土地の子供こそが一番値打ちがあることに」


「捕まえろ!」


 もう一人の商人がせかす。


 商人が僕に襲いかかってくる。

 掴まれる瞬間僕は、横から突き飛ばされた。


 突き飛ばしたのは、メメリ。

 僕の代わりに捕まってしまう。


「ロウ君、逃げて!」


「メメリちゃん!」


 さっきの話が本当なら、僕が今逃げ出せば、僕は助かるだろう。

 だけど、商人たちは、メメリを誘拐して逃走するに違いない。

 メメリを見る。

 どうみたって、可愛い女の子だ。

 ヴァンパイア様によって、厳選され育てられた僕たちは、生きた宝石のようなものなのかもしれない。


 落ちていた木の棒を握りしめ、商人二人組に向き合う。


「そんな木の枝一本でどうするというんだ?」


 僕の姿を嘲るように笑う商人二人。


 武器もしょぼく、構えもなっていない。

 ものすごく滑稽に見えることだろう。


 それでも。


 僕が僕の選択で不幸になることは、仕方ない。

 だけど、他の人がそれで不幸になることは耐えられない。


「逃げて! 私は大丈夫だから」


「そんなわけにはいかない!」


 その不幸は、僕の物だろう。


「僕が、メメリちゃんを助けるんだ」


 商人は、見たことない変な筒状の物体を僕に向ける。


「逃げられる方が面倒だ。女ひとりさらえれば十分だ」


 僕が、思いっきり踏み込み、商人に立ち向かった瞬間。


バンッ!


 聞いたことのない破裂音とともに、なにかが筒から飛び出した。

 瞬きの内に何かが、僕の胸の中心を貫いた。

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