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愛の授業

 僕は、今日の夕方の脱走のことを考えながら、教室の扉を開いた。


 目が合うと、にっこり笑って、クラスメイトの女の子が挨拶してくれる。


「おはよう。ロウ君」


「おはよう。メメリちゃん」


 僕も爽やかに、挨拶を返した。


 挨拶してくれたのは、人の長の娘メメリ。

 クリクリとした大きな目と、すらりと長い美しい黒い髪が魅力の女の子だ。

 可愛いとは思うが、それは彼女が特別なことを意味しない。 

 クラスを見回しても極端にブサイクな人間など見当たらない。

 遠い祖先が、吸血鬼によって厳選されたのだ。

 それは今でも……。

 昔ほどではないが、生まれて来た赤子すべてが、生きることを許されるわけではない。


 味見され、極端にまずいと認定された赤子は……。


 処分される……らしい。


 僕らは家畜。

 僕らの命は、血との交換で成り立っている。


「でも、本当にヴァンパイア様っているのかよ?」


 ガリオがそんなことを言う。

 フェイルが慌てて、ガリオの口を塞いだ。


「ち、ちょっとめったなこと言わないでよ。領主様どこで見てるかわからないんだから」


 領主様――ヴァンパイア様の姿を見たものはほとんどいない。

 ガリオがそう思うのも、不思議ではないが。


「いるよ」


 メメリがポツリと言った。


「私会ったことあるよ。それに私のお父さんとお母さんがいつも血を持って行ってるから」


 長の役目はヴァンパイア様に血を運ぶこと。

 そして、みんなにヴァンパイア様の意向を伝えること。

 長の娘であるメメリが会ったことがあってもおかしくはない。


「メメリちゃん、もしかして誰と誰が結婚するか知ってたりする?」


 フェイルがメメリに詰め寄ってきく。

 クラスが一瞬静かになる。

 クラスのみんなも全員盗み聞きしている気配があった。


「それはさすがに教えてもらってないよ」


「そっかぁ」


 メメリの回答に、クラス全体がため息をついた気配があった。


 ガヤガヤとクラスがいつもの喧騒に戻っていく。 

 始業の鐘がなると担任の先生が教室に入ってきた。

 教壇にたった先生が、パンパンと手を叩き注目を集める。


「さあ、授業始めますよ」


「先生、今日の授業はなに?」


 今日は、なぜか授業の内容が事前に知らされていなかった。


「今日は、愛の授業です」


 愛?

 道徳ということだろうか?


 僕が疑問に思っていると、先生は話を続ける。

 

「私達は、ヴァンパイア様の家畜です」


 先生の口からヴァンパイア様のことが出て、クラスに緊張が走る。


「結婚相手が誰であれ、私たちは愛を育み、繁殖しなくてはなりません」


 それはいやというほど言い聞かせられてきた話だ。


「ヴァンパイア様……領主様は、育まれた愛こそが血をおいしくすると考えられています」


 愛が血をおいしくする?

 それは初めて聞いたかもしれない。

 科学的根拠はどこにもない。

 ヴァンパイア様はロマンチストなのかもしれない。

 

「今日は『好きな』人とペアになって、愛を語らってください」


 『好きな』人?

 それを僕らに自分の意志で選べと?


「せ、先生、僕らに結婚の選択肢はないのでは?」


 クラスメイトの一人が、僕が思った内容をそのまま質問してくれた。


「もちろん。私たちに選択肢はありません。ですが、領主様は、綺麗な愛がはぐくまれればはぐくまれるほど、私達がおいしくなると考えています。なので、今日のペアになった相手は、領主様に報告いたします」


 つまり、選択肢はないが、アピールだけはできるということだ。


 クラスメイト達は、それぞれ、牽制しながら、ペアを決めていっている。


 運命が急に回りだしたようだった。

 ほんの数分に、人生がかかっていた。


 出遅れたのは、僕と、ガリオ、フェイル、メメリだけ。


 フェイルが僕に近づいてきた。

 

「ねぇ、ロウ、私とペアになって」


 僕は、寂しそうなガリオの顔がちらりと見えた。

 ペアなんて誰でもいい。

 それが僕の本心だ。

 なぜなら、明日には僕はここにいないのだから。


(だけど、お前たちは違うだろう?)


 声に出さずにそう言う。


(親友だもんな)


 明日からいなくなるとはいえ、それは変わらない。

 僕は親友のために一肌脱ぐことにした。 


「ああ、ごめん。僕は、メメリちゃんとペア組んじゃって」

 

 僕はメメリをちらりと見る。

 意図を理解してくれたのか、メメリはこくりと頷いて言ってくれた。


「そうなの。私はロウ君とペア」


 フェイルは困ったような安堵したような不思議な顔をしていた。

 ガリオも同じような顔をしている。

 僕は追い詰めるようにフェイルとガリオに言った。


「余ってるの、お前らだけだぞ。余りもの同士で組むしかないだろ」


「そ、そうだな。余りだったらしょうがねぇな」


「そうね。仕方なし。仕方なしよ」


 ガリオとフェイルは向かい合うと、見つめ合う。


「ほらガリオ、愛の言葉言いなさいよ」 


「あ、ああああああ」


 壊れたおもちゃのように、ガリオは『あ』の次の言葉が言えないでいる。

 あいうえおでも、次の言葉は『い』だって決まっているのに。


「一言いうだけでしょ。なにしてるのよ」


「うるせぇな。男から言わないといけない決まりはないだろ」


 いつも通りの二人に僕は呆れる。


「でも、まあ、よかったか」


 親友二人が、今日という日を一生後悔するのはしのびない。


「なんだか本当に二人は嬉しそうね」


 メメリちゃんも、二人を見てそんな感想を言う。


「二人ともツンデレだと、普通うまくいかないんだけど」


「ツンデレってなに?」


「素直になれないけど、愛してる? かな」


 結局、二人にとっては、いつものやり取りが、愛の語り合いなんだろう。


「ふーん。そんなのもあるんだ」


 メメリちゃんは、とても興味深そうに二人を眺めていた。


「予防線はってるだけだからな」


「予防線?」


「僕らに好きに恋する自由はない。だから、本当に好きな人には嫌いと言うんだよ。多分ね」


「なるほどね」


 クラスの連中を見渡す。

 いつも通りのペア。

 ぎこちないペア。

 照れているペア。

 楽しそうに、悪口を言い合っているペア。

 本当にいろいろだ。


 それでいて、それぞれの二人っきりの世界を構築しようとしている。


 今日という日は、もう来ないかもしれない。

 自由に愛することを許された今日という日は……。


 なのに……。

 

「ごめんね。僕と組むことになっちゃって」


「あまりものだから仕方ないよ」


「確かに」


 本当の意味で、余っていたのは、僕ら二人の方だった。

 

「メメリちゃんは、好きな子いないの?」


「好きとか、まだわかんない。ロウ君は?」


「僕もかな」


 僕だって、男の子。

 成長するにつれて、女の子の胸の膨らみ、唇の柔らかさ、そんな微かなことが気になってはきている。

 だけど、僕は強すぎる外の世界の好奇心ほど、恋心を抱けずにいた。

 つまり僕は、クラスで一番子供なのだろう。

 

「ロウ君の愛の言葉を聞かせてよ」


 僕は頷くと、あっさり言ってみせた。


「世界で一番君のことを愛してる」


 子供が愛を語るのに、恥ずかしがったりしない。

 多分、そういうことなのだろう。


「すごく嘘っぽい」


「ごめんね」


 あっさりしすぎて、心が、一欠けらもこもっていなかった。

 

「もし私が運命の相手だったら、その言葉本当にしてくれる?」


「そうだね」


 その言葉すらも、授業の一環なのだろうか?

 誰も愛せないのに、愛してほしいとでもいうように。


「なら、私も言うね」


「世界で誰よりも君のことが大好きだよ」


 僕は『世界』のほとんどを知らない。

 僕には『世界』という言葉の意味が大きすぎた。


「本当だよ」


 穏やかに笑う。

 優しく魅力的で、

 なぜか誰よりも嘘っぽく見えた。


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