4、階層チェンジ
アースは迷わず迷宮の入り口へと転移した。
幸いにも、鞄には旅支度の時の準備がそのまま入っている。
「ユリシス、死ぬなよ!」
入り口は時間的なモノなのか、それほど混雑していない。
少し情報が欲しいと思い、アースは入口付近の衛兵らしき男性に声を掛ける。
「すいません、階層チェンジがあったと聞いて来たのですが…何階層か分かりますか?」
「なに!階層チェンジが…?ちょっと待ってくれ‥」
同じ衛兵らしき隣りの男性に耳打ちしている。
「その情報は何処で聞いた?」
「どこ……ユリシスが入っているクランのメンバーだという人から聞きました。ユリシスは俺の弟なんです!」
「なるほど。だが、その情報は我々のところには入っておらん」
「そんな……」
アースが途方に暮れていると、その隣りの衛兵が言う。
「おい、ユリシスって確か『風の双剣』の事じゃないか?」
「あ、ああそうか!どこかで聞いた名前だと思っていた。それなら今日は15階で新人の強化を行うとか何とか言って潜ったような……」
「15階……ありがとう!!」
アースはその言葉を聞くなり、迷宮に入って行ってしまった。
「ユリシス…」
迷宮が何階層まであるのか、まだ全ては解明されていない。
5の倍数、5、10、15階……の階層にはエリアボスが存在する。
エリアボスは階層部屋から出る事は無いが、その部屋は一度入るとボスを倒すまで出られない。
ボスを倒すと更に先の階層へと降りて行ける様になるが、倒した階層のボスは二度と現れなくなり、レアドロップと呼ばれるボスが落とすドロップアイテムも取れなくなる。
なので、階層ボスは一番に倒さないと意味が無い。
通常、階層の深さは戦闘職のジョブならばレベルとイコールだ。
15階層なら剣士や戦士のジョブレベル15あればクリアする事が理論上可能、という事だ。
衛兵の話しを信じるならば、ユリシスは二つ名を持っている。
二つ名はその名に相応しい実力を持ち、活躍をしている事が前提条件となる。
となれば、15階層程度でユリシスがやられる事は無いはずだ。
階層チェンジが起きていなければ、の場合だが。
「15階層まで行く事は出来る。だけど……」
だがアースはジョブレベル3だ。
戦闘職でも無い。
万が一、ユリシスでも歯が立たない敵と遭遇していたら、アースでは到底敵わないだろう。
「くそっ!!今考えても仕方ない!」
アースはユリシスを探してひたすら下の階層へと降りて行った。
アースは幸運だった。
新しく見つかった迷宮だからなのか、冒険者が異常に多い。
魔物もいるにはいるが、自分が戦わなくても他のパーティーが相手をしている。
大した苦労も無くアースは15階層へと辿り着いた。
「ユリシスー!!!」
名前を呼びながら歩いていると、15階層の開けた場所へと出た。
そこは鬱蒼と茂った森になっている。
「くそっ、ここまで来て……」
その瞬間、アースは上から押し潰されるかと思う位の圧力を感じ、両手をついた。
「まさか……」
アースの予感は当たっていた。
階層チェンジが、今まさに起ころうとしていた。
地面の揺れと重力で立っていられなくなり、近くにあった木の幹にしがみ付く。
「ユリシスを探すどころではないな」
階層チェンジとは、その名の通り階層が入れ替わる現象である。
従来、階層ボスが復活する事は無いのだが、階層チェンジが起こった場合は新しい階層ボスが現れる可能性があった。
どれ位の頻度で、またどれ位の深度まで階層チェンジが行われるのかは、ハッキリとは判明していない。
しかし、より深く探索されている迷宮の方が、階層チェンジが起こる頻度は高い。
「ようやく収まったか……」
アースは冒険者としてクランメンバーと迷宮には潜っていた。
ゆえに階層チェンジも数回体験している。
まずは、ここが今何階層なのかを知る必要があった。
「辺りの雰囲気は変わっていない…が、魔物の気配は濃くなった?何となく冒険者の気配がしない」
とりあえずゆっくりと前に進むしかなかった。
自分は荷物持ちだったが、パーティーとしては王都迷宮の38階層までは潜った経験がアースにはあった。
「ん?煙が見える!」
先ほどの揺れが原因か?
戦闘があるとしたら危険だが、行くしかない!