3、アース再び迷宮へ
アースは全く見慣れない建物で、見慣れた人達と夕食を囲んでいた。
見慣れた顔ぶれだが、皆それぞれに成長していた。
ユリシスはその夜、帰って来なかった。
「ユリシスは今は冒険者になってるわ。この町が迷宮都市になってからクランに入って、自分なりに孤児院の事を考えてくれているのかも知れないわね」
小さい子供たちを寝かせた後、パインが入れてくれた紅茶をアースとその横に座っているチェリーとで飲んでいた。
「俺は王都で冒険者になった。けど、ジョブが向いてなくて……結局、駄目だったよ」
アースは二人に今までの経緯と、グールナットへ戻って来た理由を話した。
「そう、良い仲間に出会えて良かったわね。どれだけ凄い冒険をしても、死んでしまっては意味が無くなってしまうものね。アースの得意なもので仲間を喜ばせてあげましょう!」
「アース兄ちゃん…僕、ジョブが強かったら冒険者になるつもりなんだ!」
チェリーは嬉しそうにアースに話している。
「それも良いかもな。俺のジョブは全く戦闘には向かないけど、冒険者として活動した経験は多少なりともお前の役に立つかもしれないな」
「うん!その時は頼りにするよ!」
パインは心配そうにアースの顔を見ているが、チェリーはいつでも元気だった。
翌日、アースはこれからの事を考えて家を探しに出かけた。
予てより考えていた、マッサージ屋計画を実行する為である。
「さて、良い物件はあるかな?」
自分が居た頃とはほとんど変わってしまった街並みを見ながら、アースはやはり心のどこかで迷宮への未練を捨て切れずに悩んでいた。
「何もない田舎でやり直そうと思ってたのにな…」
橋の上からぼんやりと川の流れを眺めていた。
「ユリシス達の……」
そんなアースの後ろを走って横切った男の声に、知ってる人間の名前を聞き、アースの腕がその走っている男の肩を掴んだ。
「ちょっと待ってくれ!!あんた今、ユリシスって言わなかったか?」
「あぁー?言ったが、それがどうした?俺は今急いでるんだ!!」
「ユリシスは俺の弟だ!何かあったのか?教えてくれ!」
その男もアースの言葉が嘘じゃないと思ったのか、早口で話し始めた。
「ああ、あんたユリシスの兄貴か?ユリシスはな、俺たちのクランメンバーなんだが…。ユリシス達が今潜っている迷宮の階層チェンジが始まっちまったんだよ!あいつらのレベルじゃ、まだあの階層の魔物には勝てねえ!だから他のクランの強い冒険者に頼みにいくところなんだ!分かったか?じゃあな!」
男が去った後、アースはどうするか悩んでいた。
パァン!とアースが自分の両手で顔を叩いた。
「悩んでる場合か!ユリシスが危ない!階層チェンジには何度も潜った事がある!」
アースには根拠は無いが、何とかなるんじゃないかと思っていた。
階層チェンジがあったとしても、強い魔物が上がって来るかどうかは分からない。
運が良ければ一番上の階層迄上がれる事もある。
「待ってろよユリシス!!」
アースは迷宮に向かって走り出していた。
「そう言えば……」
アースはこの街に戻って来たばかりで、迷宮の場所を知らない。
「すいません!この街の冒険者協会の場所を教えて下さい!」
アースは近くに居たガタイの良い男性に尋ねた。
「あそこに見えている建物だ!」
「あ、ありがとう!」
教えられた建物まで急いで行き、勢いよく扉を開けて中へ入る。
人はあまりおらず、扉が勢いよく開けられたので、みんな何事かとこちらを見ていた。
「あの、すいません。迷宮の場所を教えて下さい!」
カウンターに立っていた女性はキョトンとして、そして急に笑い出した。
「何を笑っているんですか?私は急いでるんです!お願いします、教えて下さい!」
「ふふ、ごめんね急に笑ってしまって。迷宮の場所を知りたいのね?この街は初めてかしら?」
「初めてなもんか。ここで俺は生まれ育ったんだ!頼む、早く教えてくれ!弟が……ユリシスが……」
「とりあえず……所属しているクラン名を教えて下さい。個人での迷宮探索は禁止されていますので」
「クラン名……王都の『カラーズ』だ。俺の名前はアース…」
「カラーズ…ちょっと待っててね。え~……と。アース…さん?」
「ああ、そうだアースだ!」
アースは分かっていて賭けに出た。
クビになってからまだ2週間だ。
冒険者協会へ届けが出てから処理され、一般に公表されるのは2ヶ月は掛かるはずだ。
迷宮都市になったとは言え、ここが辺境である事に変わりはない。
「はいアースさん。では、右を見て下さい」
素直にアースは右を向いた。
「あの奥の部屋にある転移門から迷宮に入れます。他のメンバーが見当たりませんが、お一人で入られても当協会は一切の責任を負いませんので、悪しからずご了承の上お願いいたします!」