第4章 不幸な体臭野郎はサーベルでさされようが爆発しようが死なない。
「お父様! すごーい! お父様強い強い!」
シャルロットは次々と敵艦を粉砕するフランソワに夢中になっている。
いや、たんなる、ドカーンに夢中になっている。
その日の夜、彼女は特別に用意された広い赤い絨毯が敷かれた部屋で、ベッドに横になっていた。
これも小さい彼女にはもったいないほどの、クイーンサイズのベッドだ。
しかしシャルロットは何かに怯えているのか、ピンクのフリルに包まれた体を毛布の中に沈めて、背中を丸めている。
そのとき、トントン、とドアをノックする音がした。
「お嬢様。 クロードです。」
「は、入って。」
ぎこちない口調で彼女はそう指示した。
あまり自分では言いたくはないが、そうでもしなくては夜寝付けない。
彼女は一人で寝るのが怖くて、彼を呼んだ。
「どうしましたか?」
「あ、あのね。 少し、夜のお話しない?」
「はあ。」
彼はなんだそんなことかと思ったが、彼女にベッドに寝かされて戸惑い、その幼い顔を見た。
「お、お嬢様?」
シャルロットは彼の背中にしがみつくように腕をまわして、顔をうずめている。
「クロードって、良い香り。」
「よしてください。 香水なんて付けていませんよ?」
そうではなくて、と彼女はもう一度さりげなく言葉をかける。
「クロードの香水じゃなくて、クロードの香りなの。」
「私の、ですか?」
彼は自分で体のにおいをかいでいる。
「もう加齢臭がしたんですか? あ、ありがとうございます! さっそく香水でカバーしてきます。」
「もう、違う!」
彼女はクロードを自分の正面に向けると、頬を赤くして言う。
「昼間、私と寝てって言ったこと、覚えてるよね?」
「ああ、お嬢様、まだワインに酔われているんですか? 今お水をお持ちいたしますね。」
どこまでこの男は鈍感なんだと、彼女はついにキレた。
「クロードの、バカァァァァァァー!」
「ぶっ!」
これで今日で二度目の平手打ちを食らった。
「お嬢様、何を…」
「私、本気なんだから! なのに、クロードってば、バカ…」
そう言ってシャルロットは彼の額にキスをした。
「え? それってつまり、え、え、えーーーーーっ!」
彼はこのとき初めて事の重大さに気づいた。
自分はいつの間にかシャルロットに好かれていたのだと。
「あ、あの、お嬢様、いけません。 私のような男と、そんな。」
「黙って言うことききなさい! 今夜は私と一緒に寝るの!」
そして彼女が一人で寝るのが怖いと気づき、この見栄を張る彼女のしぐさに少しだけときめきを覚えた。
「お嬢様、く、苦しいです…」
その晩彼は、彼女に締め付けられたまま、眠れぬ夜を過ごすはめになった。
シャルロットはスースーとかわいい寝息をたてているものの、まるでぬいぐるみを抱くように、クロードを放そうとはしなかった。
「誰かーーーーー! 助けてくれーーーーっ!」
クロードの断末魔の叫びが艦内中に響いたが、気づいた者は誰もいない。
「クロード少将。 一体どうされた? 目が充血しているが…」
次の朝ヨアヒムに言われ、彼はしわがれた声で眠ったままの彼女を、まるで猿にしがみつかれた樹のように連れ歩きながら、片手をあげてあいさつした。
「お、おはようございます。 元帥閣下。 昨夜は、この通りです。」
「お嬢様が、一体なぜ?」
しかし、自分を好いている上に、添い寝までしていたとは言いにくい。
「気づいてみたらこの通りで、提督は私を放さないんです。 このまま私は樹になってしまうのでしょうか?」
彼はグズグズと泣く素振りをする。
だがそれよりもっと不幸なことが起きた。
「ん、ここは…」
シャルロットが目を覚ました。
彼女はぼやける視界をはっきりさせようと目をこする。
そして自分が大勢の家臣たちの前で、寝巻のままクロードを抱いていることに気づくと、わなわなとふるえてクロードを殴った。
「あ、ああ。 もう、どうしてこんなところにいるのよ! バカーーーーーーっ!」
「ぐはっ!」
そう、哀れなクロード。
彼はお嬢様の恥ずかしさの犠牲になってしまったのだ。
「あ、お父様! じゃなかった。 フランソワ中将?」
彼女はやってきたフランソワに気づくと、ことを紛らわそうとフランソワの後ろに隠れた。
「どうしました提督。」
「クロードが、クロードがいけないの!」
彼はそのとき、私のせいですかお嬢様ーーーーーっと言う声が届かないことを悟ったのか、いさぎよくあきらめた。
「クロード、貴様。 お嬢様に手を出したのか?」
本当に哀れなクロード。
彼は早朝から二発もこぶしをくらったのだ。
だが、その様子を遠くから望遠鏡で見ていた男がいた。
「ふっふっふ…」
男は不気味に笑うと、搭乗兵たちに命令を下した。
「これより、私ジェルマンは、あの艦を抹殺する。 準備せよ!」
「はっ!」
― 「余談ですが、いつになったら魔晶石を探す展開になるのでしょうか? なんだか話がどんどん関係ない方向にズルズルと引きずられていっているような気が…」
クロードはソワンにそう言った。
「わしに聞かれても、そんなことは知らん! すべてはお嬢様次第なのだからな。」
「そんな、無責任な…」
しかしそこへフランソワがやってきて、彼の首にサーベルを突き刺した。
「そんなに責任を取りたいのか、なるほど…。 ではこうするしかないな!」
「ぐはっ!」
首から大量に出血するクロード。
「って、どんな責任ですかーーーー! お嬢様にそんなヘビーな責任を負わせたのは誰だーーーー! 責任者出てこーーーーい!」
もうクロードはやけになっている!
「犯人はお前だ!」
「中将ーーーーっ!」
クロードはフランソワに指を刺されて実にクールに指摘され、頭を両手で抱えた!
「犯人は貴様だ!」
「そ、ソワン閣下まで…。 一体どんな理由があって私が犯人に?」
二人は声を合わせて言う。
「お前の不幸な加齢臭が、全てを物語っている!」
「うわああああー! 何やってんだ、私の体臭ーーーー! それ以前に臭いで犯罪を犯すとか、どんだけすげ~んだよ自分ーーーーっ!」
それに追い打ちをかけるように、ソワンが付け加える。
「それだけではない。 お前の体臭のせいで、この艦の船員は九百三十一日分の汚れがたまっていて不潔だとうわさになってしまったのだ!」
「そんな、臭いが艦内中に充満しているなんて。 というか、その日数ってただ臭いを九三一にもじっただけじゃないですか! とにかく、どうにかして臭いを消さないと!」
「ならば…。」
「やっぱりそうなるんですかああああああーーーーーっ!」
「ブラックジャスティス!」
さようならクロード、達者でな!
「私を、勝手に、はあはあ、殺さないでくださいよ…。」
― 完 ―
「こらああああああーっ! 作者ーーーーっ!」
次回に続く。
なぜクロードは死なないのか?(あの余談はジョークだからです。)まあ、おわかりだと思いますけど。 別の言い方をすれば、あまりにも不幸すぎて刺されても痛みだけを永遠に感じるようにできています。 つまりいくら痛みを感じても死ねないと言う、地獄の輪廻にとらわれてしまっているほど不幸なのです。(笑)