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プロローグ

今日の夜は、いつもより一際澄んでいる。

この良き日、良き夜を”神さま”も祝ってくれてると、村の大人たちは飲んで騒ぎまくるのに忙しい。

他の子どもたちも食べたり遊び回ったりに必死だ。

今日は特別な日。

私の住んでいるアイーロ村で、年2回しか行われないお祭りの日。

この日を一生懸命楽しむため、みんなずっと前から少しずつ準備してきた、大切なお祭りの日。

この日が訪れる度に、みんな狂ったように様相が一変するのでびっくりする。

けど当然のことだ。それでいいと思う。

いつもだったらあのように大声で歌う事はできない。

門限や囲いがあるから、”ちょっと遠くで冒険ごっこ”、なんて事もできない。

1年で2回しかないハメをはずす日。この日以外でそんな事をしようものなら、どんな凄惨な事件が起こるか分からない。

だから今日の間、みんないっぱい食べて、飲んで、歌って、遊んで、いっぱい笑わなきゃいけないんだ。いけないんだけど・・・

私もその中に混ざるべきなのに・・・そんな気分にはなれなかった。そもそもなってはいけないんだ。

だって――

雑念を追い払うように頭をぶんぶんと振る。

あぶないあぶない、また村のみんなに迷惑をかけるところだった。

もう一つの目的に集中しよう。むしろこっちが本命。

私がお祭りに混ざれない理由、それは、アイーロ村からほんの少し離れた場所に広がる森林にあるんだ。

あたりを見まわして、人がいないか確認。そして一気に走る。

村を離れ、畑を通り過ぎ、ただひたすらに森を目指す。

追い風が冷たい。

祭りの喧噪から逃げるように駆ける自分が、まるで巣から追い出された脱兎のように思えて少し悲しくなる。

でも、あの場所に辿り着いてしまえばきっと忘れるだろう。

村の中でたった一人、私だけしか知らない”ともだち”。彼女がそこで待っているんだ。



アイーロ村から畑で隔てた先にある広大の森林。

葉の雲海を形成する亭々たる木々と、果てなく広がる苔の絨毯。その様は太古から姿を変えておらず、樹海といって差し支えないほどだ。

アイーロ村の民にとって、畑で補えない自然の恵み――主に肉や魚といったたんぱく源――を享受する為にかかせない場所。自分たちに日々の糧を分け与えてくれる、大切で大事な場所。

だから常に敬い感謝を捧げなさいと、大人たちは次代を担う子どもたちへ代々教えを継がせてきた。

だがそれは教育上の話。実際のところ、敬う理由は全く別である。

老人たちが噂し、それを聞いた大人たちが論議し、それを見た子どもたちが真実と受け取る。これが昔から繰り返され続けた結果、いつしか無意識下で理由がすり替わってしまっていた。


『この森には、”神”がいる―――』


古い先人たちからの伝承。

アイーロ村ができるより前にあった伝説。

村人たちに関わらず、この世界に住んでいる生命にとっては、畏怖を抱かせるには充分すぎる噺だ。

さらに拍車をかけたのが、村民たちが実際に森の中で体験した不思議な出来事だ。

・周りに男しかいないはずなのに、女の歌声を聴いた

・タンポポの種を植えたが、翌日その一帯はタンポポの花畑になっていた

・迷子になった子どもが、数日後ひょっこり無傷で帰ってきた

これらと似た事象が、この村では昔からごくたまに発生する。全て森の内部で起こった出来事だ。

他の場所では一切発生しない。

調査隊派遣が幾度か実施された事があったが、その悉くが失敗している。どの隊も、森の奥地へ進んだはずなのにいつの間にか村へ帰ってきてしまうのだ。

幸いなことに、この不思議な体験によって村/村人が不利益を被ったことは一度も無い。

「この森には、超常的な何かが存在することは確実です。言い伝えの通り”神”かもしれません。ですが、これまでの事を考えると私たちに危害を加えようとする意志は恐らく無いでしょう。念のため、下手な刺激を与えないよう、くれぐれも行動に気を付けてください――」

この村長の言葉に従い、村人たちは”神”に粗相の無いよう森からの恩恵全てに感謝するようになった。

やがて、”神”に関することは、村人にとってタブーとなっていった・・・



アイーロ村に住む一人の小さな女の子”ミコ”。

流れるような金色の長髪、宝石のような碧眼を持つ彼女は、村で一、二を争う美人になるだろうと大人たちから一目置かれている。だが、そんな事で彼女の心はちっとも満たされることはなかった。

ミコは、幼い頃に両親を喪っている。兄弟や親戚もいない。

ひどい嫉妬を覚えるので、村の子どもたちとも積極的に関わろうとしない。

自分の欲しい言葉、視線、感情はこの村で誰一人もくれなかった。

そんな中、森の中で偶然出会ったのが”ともだち”だ。

顔、髪の毛、スタイルの全てが端正で美しいお姉さん。しかも広くて暖かい性格を持っている。

彼女はミコの心の穴を少しずつ、しかしとても優しく埋めてくれる。

いつしか、ミコにとって”ともだち”は、家族のように大切な存在となっていた。

だが、残念ながら”ともだち”は森の中から動く事ができない。故に、頻繁に会う事はできない。

だから、会える時に会っておきたい。どんな物事よりも優先して、会いたい。

だから、隙を見つけてはいつも――村人たちから聞いた”神”やタブーなんぞお構いなしに――森を駆けた。目的地で待ち合わせている”ともだち”に会う為に。


村人たちが浮かれまくるお祭りの日――今日はまさに絶好のチャンスだ。

ミコにとっては、自身の存在が相対的に薄れる”隙だらけ”の日。

少しでも長く楽しむために早く会いたいと、速度を上げる。

森の外と違い、ひんやりとした風がとても心地よかった。

今日の夜は、いつもより一際澄んでいる。

まるで"神さま"が、自分と"ともだち"との時間を祝福してくれているようだ。きっと、お祭りなんかよりとっても楽しい一時になるだろう。

その確信が、ミコにはあった。

自分の世界が、少しずつではあるが、ようやく輝きを取り戻してくれたと嬉々として感じていた。

そして、皆が各々のやりたい事に興じるこの日がずっと続けばいいのにと、密やかに祈っていた。



アイーロ村から西に8里。

砂漠の中心で黒く巨大なモノが蠢く。

自身の胴に匹敵するほど肥大化した前腕、頭部に備わった計10個の複眼、背部から延びる腸のようなケーブル。

外見だけで判断するならば、それはゴリラに昆虫を複合させたような怪物だった。

周囲には、その場所がかつて集落だった事を思わせる無数の残骸が散らかっている。

無残に引き裂かれたテント。

木片となった木箱やタル。

そして――ヒト。 正確には、ただの肉塊。

怪物の付近では、中型の犬ほどのサイズがある四足歩行動物たちが肉を奪い合っている。余程腹が空かしているのだろう。奪い合っていた内の1頭が肉を放した――瞬間、自由になった顎で片割れの首に喰らいつき、そのまま嚙み殺した。

勝ち取った肉に満を持して食らおうとした瞬間、その肉は第3者――近くでずっと戦いを静観していた――に奪われてしまった。

怒りに叫び、追いかけ――

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

怪物が咆哮した。

辺り一帯に雷鳴のような爆音が響き渡り、取り巻きの犬もどきたちが一斉に萎縮する。

怪物に対し頭を垂れる姿は、怪物と彼らの関係性を示すに充分だった。

怪物は手下どもにひとしきり目を配らせた後、右前腕を振り上げ、彼らの前に突き出す。

2本の指が、それぞれ2匹の犬もどきを指していた。つい先ほどまで肉を取り合っていた奴らだ。

2匹の体は震え、懇願の声を鳴き散らかす。だが、怪物の指は無慈悲に地面に向けて下げた。それを合図に、他の犬もどきが2匹へ一斉に飛び掛かった。

臓物と骨が踊り狂ったように舞い、血が砂原を赤黒く染め上げる。

仲間の肉を喰らい、タンタン、と歯をかち合わせる手下ども。その様子に、怪物の口角は不気味なまでに吊り上がっていた。

ふと、東の方角を振り仰ぐ。遥か先に広がる藍色の夜空。

だが、この醜い怪物が美しい夜空に対して感慨の念を抱く事は決してありえない。

怪物にあるのは、その先にある"獲物"を捕らえ、犯し、喰らい、蹂躙すること。

無能な手下のせいで一瞬だけ忘れてしまっていたが、たった今"獲物"の事を思い出すと、下卑た笑みを浮かべた。

手下が食事(粛正)を終えた事を確認した怪物は前進を開始する。

行き先は、先ほどまで見つめていた東の方角。そこから8里先にある場所。

―――アイーロ村であった。


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