気持ちのよどみ / 温かいクラスメイト / 梅雨明け
今日は曇りだ。そろそろ梅雨も明けるころかね。俺はというと天気と同じで気持ちがよどんでいた。というのも昨日の柚葉とのやり取りが原因だ。
昨日は頭に血が上っていたし、この一年間、ため込んでいたものがこぼれてしまって柚葉にメッセージ越しに全部吐き出してしまった。あの後、家のチャイムを鳴らしたのは柚葉だと思ったけれど、会いたくなくて応対しなかった。
きっと柚葉、傷ついたと思う。あいつのことは許せないけれど、悲しませたいわけじゃない。配慮も足りなかった。ちょっと自己嫌悪だ。
それに、一日経って冷静に考えるてみると釈然としない自分がいた。昨日、柚葉は誤解だと言った。浮気した奴の言い訳・・・ととらえてもおかしくはない。
ただ、“振られてきつかった。田中から聞きたくもない事を聞かされて苦しかった”ということに目が行き過ぎて、何か見落としている気がする。
田中と二人で歩いていたのは事実。柚葉に好きな人ができたと言われて振られたのも事実。好きになった人が田中である前提での昨日の会話も、柚葉は否定しなかった。
・・・・いや、黒だろ。客観的に状況を見ても真っ黒だろ。
「・・・結局俺が信じたいだけなのかね。」
信じたい?信じる?・・・・いやいや、だから真っ黒なんだって。なのに何が引っかかるというんだ。本当、俺はどうしたいんだろうな・・・・。
------------------
「おはようー」
「あ、佐々木君おはよー」
「体調良くなったか?」
「熱、40度だったんだって?やばいじゃん。無理するなよ」
「ノート写させてあげるね!お値段は今ならなんと300円!」
クラスの面々があったかい。一人、ビジネスしようとしているやつがいるけれども。
「慎太君、おはよ!顔色良くなったみたいで良かった!」
「おはよう。吉田さん。お見舞い来てくれてありがとね。今度何かお礼させてもらうよ」
「気にしないでいいよー。でもそうだなぁ・・・今度、スイーツをおごって貰おうかなー」
にししーと笑顔で吉田さんがねだってくる。吉田さんって人懐っこいよな。
「あれか、ケーキをホールでだな。了解だ。5号・・・・いや、吉田さんなら6号か」
「ちょーと、慎太君。私を何だと思ってるのかな??」
ちなみに6号だと6~8人前ね。
「お、慎太!良くなったみたいだな!」
「お、祐樹もサンキューな。本当に助かった」
「いいってことよー・・・あー、慎太、昼、購買でパン買って軽音楽部の部室で食べようぜー!」
ん?急だな。珍しい。
「えー、屋上行こうよー、部室だと私いけないじゃん!仲間はずれだー!ひど!祐樹ひど!」
「ばっかお前、久しぶりに男同士の語り合いをしたいんよ。それとも何か?吉田もエッロエロの会話に混ざるか!?」
「全然混ざれるよ?私を誰だと思ってるの?吉田詩織よ?」
「何者だよお前。何か無駄にかっけーよ」
「いや、吉田さんの美貌でエッロエロの会話などされたら校則に引っかかる可能性あるな」
「なっなっなっ!」
ん?吉田さんの様子がおかしい。
「ああ確かにその可能性は否定できな・・」
「/////っっっ慎太君のバカ!」
え?これはダメ?吉田さんが走り去ってしまった。失敗したかな?祐樹はセーフで今のはアウトか・・・ボーダーラインを読み違えたぜ。
「俺、明日、停学くらうかもしれん。セクハラで」
「うん。そういう事じゃない気がするけどな。ま、いいや。取りあえず昼に部室でなー」
------------------
キーンコーンカーンコーン
「よっし!購買ダッシュするわ!慎太の分も買ってくるから先に部室行って待っていてくれ!」
今日は一段と元気あるな、祐樹のやつ。ま、俺が本調子じゃないからちょうどいいか。何だかんだ昨日の事、引きずってる自分がいる。部室に誰もいなくてそれも気持ち的に助かった。
「ぜぇぜぇぜぇ・・・買って来たぜ。焼きそばパン。やっぱ、これっしょ」
「祐樹、サンキュー。お金払うわ」
お金を手渡して、祐樹の息が整うのを待っていると、祐樹のほうから話を切り出してきた。
「んで?どうしたよ?」
いやいや、部室に呼んだのは祐樹だよな。それはこっちのセリフだわ。そう返そうとすると、
「今日、元気ないだろ?」
と続けてきた。
「・・・いや、まあ、ちょっとな。つか、秒で気付くの怖えよ。」
「さすがに1年も友達やってれば雰囲気違うのくらいわかるっての」
祐樹は人の心の機微に敏感なのか、こういう事にすぐに気が付く。それでいてこっちの気持ちが整うのを待ってくれる。それに嫌な事は強引に聞かないようにしてくれる。だからなのか、祐樹には心の内を素直に話せるんだ。本人には言わんけど。
「あー、まあ、実はさ・・・・」
俺は、昨日柚葉とのメッセージのやり取りと、冷たい対応をしてしまったこと、何か釈然としないことをかいつまんで話した。
「あー、なるほどなぁ・・・。」
祐樹は考えをまとめているようで、しばらくすると再び口を開いた。
「俺からすると、慎太の幼馴染も田中ってやつも、やっぱりふざけるなってなるし、本当かよ?って思っちまう。ま、俺っちは慎太のダチだからさ。あの時のお前の事を思い出すと、直接関係無くても頭に来る。」
祐樹は慎重に言葉を選んでいるのか、少し間をおいて話を続けた。
「だけど、ここ一年、おまえと一緒に居て、思ってた事があるんよ。慎太って恋愛とか好き嫌いとか、それに関連する悩みとかについて、ちょっとドライなところあるじゃんか?そういう話題に対して感情ではなく、理屈で考えているというかさ。」
「そりゃまぁ、感情に振り回されて結果が伴わないんじゃあダメだろ。」
「結果が全てじゃないと思うんだけどなぁ。いや、俺っちが言いたいのはそういう事じゃなくてさ。」
何だよ?要領得ないな。
「普段、自分の事でも他人の事でも理屈で判断して動くのに、どうして幼馴染の子の事になるといつも苦しそうにしてるんだ?」
・・・・
「普段の慎太だと、『もう1年も前の事だし、家も隣だしな。昔の事言ってもデメリットしかないから、適度な距離感で仲良くしとけばいいや』とかなってるよ。」
・・・・
「そう出来ない理由は何よ?」
・・・・
「いや、もちろん、あんな事があったのだから、嫌な気持ちになるのはわかるよ。けど、普段の慎太なら昔の事掘り返さないだろうし、掘り返したとしても、少なくとも裏切られた相手に対して『冷たくしてしまった』って悩まないだろ?」
・・・・
「慎太は本当はどうしたいのさ?」
どうしたい・・・それがわかれば・・・
「・・・・わかんねぇ。」
「・・・そうか」
「今のままでいいのか、昔仲良かった時のように戻りたいのか」
「うん」
「許したいのか、許したくないのか」
「うん」
「ただ・・・悲しませたいわけではない。それだけは確かで、それ以外はずっと何もわからない」
・・・・
「慎太さ、あの時、ギターに怖いくらいのめり込んでさ、めっちゃ上手くなってったじゃん?」
・・・?なんの話だ?
「え?あ、いや、上手くは、どうだろうな」
「論点はそこじゃねぇよ。・・・多分それってさ。音楽に逃げてたろ。」
「っ!」
・・・多分、いや、間違いなく、そうだ。特に意識していたわけではないけれど。苦しい時はいつもギターを触っていた。
「いや、俺っちはいいと思ったんよ。音楽って苦しい事からの逃げ場みたいな側面あるじゃん。苦しい想いを音楽にぶつけて・・・心が少しでも救われれば、それでいいじゃんて。」
・・・・あぁ、そうか。ようやくわかってきた。
「あの時は慎太にはそれが必要だったんだよ」
あの時は確かにそうだった・・・だけど、そろそろ変わる時なのかもしれない。
・・・もしかしたら遅かったかもしれないけれど。
「だけど、そろそろいけるだろ?今の慎太なら・・・向き合えるよ」
本当、こいつには頭あがらない。確かにそうだ。向き合えてなかった。向き合えてないから何もわからなかったんだ。そんなことに気が付いてもいなかった。あーあ・・・
「なんか、祐樹に言われえるとムカつくなー」
「ちょぉ!?結構、今、いい流れだったくない??」
いい加減ちゃんと向き合おう。ちゃんとぶつかっていこう。
「てか、暑くなってきたな。そろそろ夏かー!」
祐樹が女子の薄着がどうだとか、水着がどうだとか騒いでる。まったく、騒がしくて本当に・・・悩んでいる事がバカバカしくなる。
「晴れてきたな。本当、空とか久しぶりに見たわ」
きっとこれからも悩むだろう。だけど、迷うのはもうやめだ。
部室の窓から見えるいつもと変わらないはずの景色が、今日はやけに綺麗に見えた。




