雨の日の帰り道/柚葉の苦悩
お読み頂きありがとうございます。
「うーん。どしゃ降りだ。」
「慎太、今日くらいギター置いて帰ったら?」
「いや、家で触ってたいから。ギターだけは濡れないように気合い入れるわ」
「身をていするやつか。風邪引くなよ」
「祐樹は雨よけれるんだもんな。羨ましいよ。傘持っておいてあげるな?ほれ、わたせ」
「慎太さん、それは違うやつですやん。ちゃいますやん。」
いつも通り、祐樹とバカな事を話しながら駅でわかれた。
想定通り、背中側はずぶ濡れだ。ギターを前に抱えて濡れないように気を付けるとまあこうなる。
この濡れ具合で電車に乗るのは気が引けると思いつつ、まあ仕方がない。
俺にとってギターはただの楽器以上の思い入れがある。
ギターは気楽に弾けるし、余計な事を考えずに済む。音に集中していると気持ちも落ち着く。
ギターを始めたのは柚葉に振られてからだ。あの時は何をしていてもしんどくて、柚葉を忘れようにも家は隣だし、地元は思い出であふれていて八方塞がりだった。
何も考えたくないのに何をしていても柚葉の事が頭にちらついて「自分きめぇな」なんて思って、無意識に自分で自分を傷つけていた。
そんな時、親父が昔つかっていたアコースティックギターが目に入ってなんとなく触り始めた。自分なりに教本見ながら練習して、ネックは長い年月でねじ曲がっていてチューニングできないし、弦高は高くてうまく押さえられなかったけれど、触っていると落ち着いた。
当時帰宅部だった俺は、祐樹からの誘いもあって、他の生徒より大分遅い、梅雨が明けてしばらくたった高校1年の7月中頃に軽音楽部に入部した。
自分のギターもその時、祐樹と一緒に買いに行って、今ではこのエレキギターは自分の身体の一部みたいなところがある。
このギターで音を紡いで、音で遊んで、仲間と音を重ねて、当時の苦しいばかりだった世界から音楽の世界を見つけることができた。
俺にとって大事なものだ。
地元の最寄り駅につくと雨の勢いはさらに増していた。
「うっわ、すごいな。」
思わずそうつぶやいていると、、、、
「・・・・慎太?」
聞きたくない声が耳に届く。
そこには柚葉がいた。
「・・・・」
「び、びしょ濡れじゃん。えっと、タオル持ってるから・・・ちゃんと拭かないと」
「いや、いいよ。家に着くまでまた濡れるだろうし。」
「そ、そっか。」
「「・・・・」」
久しぶりに見た柚葉は元気がないように見えた。いや、振った相手に元気よく話しかけるってのもないか。この1年間、柚葉とはろくに話していない。顔を合わすことはあったけれど、なるべく距離を置くようにしていた。
「あっ・・そのギターケースも・・・ちょっと濡れちゃってる。」
「っ!」
柚葉がギターケースに手を伸ばそうとしたとき、反射的に引っ込めた。
柚葉には・・・なぜだか柚葉には、これを触らせたくない。
「ご、ごめん」
「いや、ギターケース汚れてて、タオルが汚くなるから。」
「そっか・・・。えっと、家っ!帰ろうか」
「・・・あーいや、さすがにこの雨だと、ギターもっと濡れるし、俺はちょっとやむまで待ってから帰るわ。先に帰ってていいよ。」
相変わらずきめぇな、俺。もう1年前だというのにまだ柚葉と一緒にいたくないと思っている。
まあ、そもそも彼氏いるのに俺と帰るとかないだろ。意味が分からん。
「あっと、うん、そうだよね・・・先に帰ってるね!」
俺はため息をつき、柚葉の背中をみながら
「ほんと、雨は嫌いだわ」
とつぶやいた。
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◆佐々木柚葉 視点
泣いちゃだめだ。
私には泣く資格なんてない。
私と慎太は1年前に別れた。
自分の学力より高い高校に進学した私は、1学期は授業に追いつくのに必死だった。
部活必須の学校で、勉強との両立が大変だったこともあり、慎太がデートに誘ってくれても余裕がなくて断る機会が増えていた。クラスでもうまく溶け込めず、友達はできたけれど、なかなか相談できる相手がいないでいた。
そんななか、一緒のテニス部にいる田中君は、当時私が大変なことを察してくれていて気を使ってくれていた。
田中君は勉強もできて、私がわからないところを教えてくれることがあった。部活やクラスで大変な事があると私の話を聞こうとしてくれていた。もちろん、私には慎太がいるから2人になるのは良くないと思って、適度な距離感を保とうとしていたし、相談はやんわり断っていた。
だけど、帰りの方向が同じだといって、最寄りの駅まで送ってくれたり、心配だからといって、私の為に時間を割いて学校で勉強を教えてくれたりする事が多くなった。
田中君が見送ってくれた時、慎太とばったり出会ったことがあったけれど、田中君の事を友達として紹介して慎太は納得してくれてた。
私もさすがに、田中君が私に好意を寄せてくれている事には気が付いたので、慎太の事もちゃんと彼氏だと紹介した。それでも、田中君からのアプローチがなくなることはなかった。
田中君とは帰り道以外、学校の外で会ったこともない。当たり前だけれど、いかがわしい事なんて何もしていないし、スキンシップだってない。だけれど、その後も好意を持ってくれている田中君と2人になることを私は許してしまっていた。
高校1年の1学期、中間テストが終わり、結果が思わしくなかったある日、部活中に倒れてしまった。寝不足の上で無理して練習していたことが原因だった。
田中君は保健室まで寄り添ってくれて
「僕は佐々木さんの事が好きです。佐々木さんの彼氏よりも僕のほうが近くにいられるし、助けられる。僕の事を見てほしい」
と言われた。田中君は真剣に想いを伝えてくれて、嬉しく思った。思ってしまった。
田中君は真剣だったし、私の事を大事にしてくれていた。それに田中君の言うように今の私の現状をそばで見てくれるのは田中君だった。
それに、好意を持ってくれている人をそばにいる事を許している事実は、きっと私もどこかで田中君の事を魅力的に思っていたからだと思えた。そう考えると、浮気のつもりはなっかっただけで、それは浮気となにも違いはないと感じた。
慎太と別れたほうがいいかもしれない。慎太とは違う学校で環境も違う。慎太だったら誰よりも私の事を理解してくれる。ずっと一緒で私たちの絆が壊れる事なんてない。きっとわかってくれる。
今思えばバカだった思う。言い訳を言えば精神的にも体力的にも弱っていた。
「ありがとう。田中君の気持ち嬉しいよ。でも少し考えさせてほしい」
「わかった!待ってるよ!少しでも嬉しいと思ってくれるなら、前向きに考えてほしい」
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それから数日悩んだすえに私は慎太に別れを告げた。6月の雨の日だった。
「慎太ごめん。好きな人ができたの。だから慎太とはもう一緒にいられない。」
私は今でも後悔している。この1年間、この日この瞬間に戻れたらと何度も思った。
私は慎太に甘えていた。慎太が誘ってくれたデートを断っていたことも、田中君との2人の時間も、別れの言葉も、全部受け止めてくれると思っていた。
普通じゃないと思う。けれど、慎太との時間は、温かくて、お互いの事をわかりあっていて、大事に想っていて・・・普通じゃない事も受け入れてくれると思えるほど、深い繋がりだった。この繋がりが切れることなどないと信じ込んでいた。
その繋がりを断ち切ったのは・・・・私だった。
別れの言葉を伝えた後の慎太の反応は私が想像していたのとは違うものだった。
慎太はすごく苦しそうにしていて、だけど何も聞いてこなかった。
私は不安になって、理由を説明しようとすると
「何も聞きたくない。もう関わりたくない。」
とだけ言うと、私に見向きもせずに帰っていった。
それから慎太は私と目を合わせてくれなくなった。私の事を避けるようになった。
当たり前だった。慎太が私の事を大事に想ってくれていればいるほど、私の言葉は彼を深く傷つけるものだった。
私は何度も慎太と会話をしようと機会を探しては話しかけた。だけど私は慎太から拒絶され続けている。メッセージを送っても返事が返ってくることはなかった。
慎太と話ができなくなって、慎太の事がどれだけ私にとって大事か、すぐに気が付いた。
慎太がそばにいないだけで苦しい。
“今の私の現状をそばで見てくれているのは田中君”だなんて、、、何でそんなことを思ったのだろう。いつでもそばにいてくれたのは慎太だったのに。
田中君とのお付き合いはお断りした。一緒に帰れないし、2人での勉強ももうしないと伝えた。
田中君はそれでも私と関わろうとしたけれど、私は頑なにそれを拒んだ。
自分から手放しておいて、なんて傲慢なのだろうと思う。それでも私は慎太と一緒にいたい。もう一度繋がることをあきらめない。もう何があっても慎太を裏切らないと誓った。
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