柚葉の戦い / 涼音の自己嫌悪と逆鱗と
◆佐々木柚葉 視点
肩に手を回され何度も、『やめてください。・・・手をどけてください』と言っても。
「佐々木さん、照れなくても大丈夫だから。僕にまかせて」
といって、聞いてくれなかった。五十嵐君が何を言っているかわからい。
何度もやめてって言っているのに聞いてくれず、嫌がっているのにどうして誰も止めてくれないの?森田さんも他の子も五十嵐君に気に入られて羨ましいとしか言わない。
もしかしたら悪気はないのかもしれない。それでも、駅の近くのカラオケ屋さんに近づくにつれて、もはや恐怖でしかなかった。
ダラダラゆっくり歩いているから、もしかしたら慎太が追いついて来てくれるかもしれないという微かな希望も空しく、目的地にどんどん近づいていく。
怖い。慎太・・・助けて。
何をされるかわからなくて、慎太に電話を掛ける。電話さえ繋がってしまえば、きっと駆けつけてくれる。だけど、繋がらない。
とうとう目的地についてしまった。すぐにお店に入るのかと思ったら、五十嵐君が森田さんに声をかける。
「明美、ちょっと佐々木さん、緊張しているみたいだから、外で2人で話してリラックスしたら部屋に向かうよ。部屋の番号、メッセージしてくれ」
え?やだ、2人にしないで・・・!!
「えー何それー?柚っちの事、めっちゃ気に入ってるじゃん。本当に。早くしてよー、五十嵐君いないと盛り上がりに欠けるからさー」
「ああ、すぐ行くよ。」
私の想いとは裏腹に森田さんたちは先にお店に入ってしまった。
「大丈夫かい?そんなに緊張しなくていい。少し歩こう。実はちょっと佐々木さんと2人で話をしたくて。」
「いえ・・・ここで大丈夫です。その、話って何ですか?」
身体を縮こませて、少しでも五十嵐君から距離を取ろうとする。だけど、私の事をがっちりつかんで放してくれない。五十嵐君は苦笑をすると、話を始めた。
「僕さ、中学の時に思ってたんだ。佐藤じゃ佐々木さんとは釣り合わないって。だから、佐々木さんはもしかしたら、佐藤と別れた事を気に病んでるかもしれないけど、凄い良い事だったと思う。」
釣り合わない・・・?良い事・・・?何を言ってるの?どうしてそんな無神経な事を言えるの?
「僕さ、結構、女の子から告白されることもあるし、アプローチされることも多いんだ。だけど、こんな風に特別扱いするのは佐々木さんだけなんだよ?」
そんなこと私に言われても知らないし、気持ちが悪い。
「今日、佐々木さんと出会えてよかった。中学の時は佐藤が邪魔だったけど、あいつとはもう別れていてくれてそれも本当によかった。ね?佐々木さん、良かったらさ、僕と付き合わないか?僕たち、結構お似合いだと思うんだ。」
何を言ってるの?五十嵐君とはほとんど、お話したこともない。付き合う?本気で言ってるの?
「いくらさ?子供の時から一緒だったとはいえ、平凡な顔で運動もそこそこの佐藤よりか、僕のほうが君を満足させてあげられるよ?心も身体もさ。」
五十嵐君の手が私に伸びてくる。私は全身鳥肌が立ち、身を強張らせる。
このカラオケ屋さんの前の道は人通りが少なく、助けてくれる人は誰もいない。
また、流されるの?何も言えずに、被害者ぶるの?あれだけ、慎太を傷つけて何も学ばずに?
・・・男の人の腕力や、何をされるかわからない恐怖・・・凄く怖い・・・だけど!
あの時のような弱い自分でいつづけるほうが・・・もっと嫌!!!
わたしは思いっきり、自分の頭の天辺あたりを五十嵐君の鼻に向けて・・・・頭突きをした。
「ぐ!何を」
そのスキに腕から逃げ出して人通りの多い駅に続く道へ走り出した。ようやく大きな通りに出たところで五十嵐君に腕をつかまれ、元の場所に引きづられる。
「ほんとイライラさせてくれるね?さっきから逃げ出そうとばかりしてさ?僕の誘いを断るなんて・・・こんな屈辱初めてだよ。何が不満なんだい?」
何が?・・・そんなの!
「ふざけないで!!!私はあなたに興味なんてない!!!!慎太をバカにしないで!!!あなたなんかと慎太をくらべないで!!!!私が好きなのは慎太だけ!!!!わたしに触れないで!!!!」
私は自分でも驚くほどの大きな声で叫んだ。五十嵐君は私に顔を近づけると
「ちょっと静かにしてよ。は?何?まだ佐藤なんかの事が好きなわけ?あんなのより僕のほうがいいに決まってるだろ?身体にわからせてあげないとダメなのかな?・・・無理やりは僕の趣味じゃないけど、仕方ない・・・気持ちよくなればきっと、あいつの事なんて忘れられ・・・・」
-ドゴン!!!-
何だかすごい音が響くと同時に黒い何かが五十嵐君の頭にあたっていた。
「バカなの?」
五十嵐君の手は、今のことで私の腕から離れた。それと同時に急に違う誰かに腕を引っ張られる。
引っ張った人をみると、そこには酷く冷たい目をして五十嵐君を睨みつける・・・慎太のバンドに居たベースの・・・確か宮田さんと呼ばれていた子だった。頭がまとまらないでいると、その子は私の手をつかみ、こんどは大通りのほうに引っ張っていった。
「ぐ・・・・、何をするんだ?ま、待て」
「待たないわよ?ちなみに慎太君呼んだから。近くにいたからすぐ来るわよ?それとどうしてくれるの?ベースが壊れたかもしれないわ?あなた、弁償してくれるんでしょうね?」
あ、さっきの黒いのベース?
「君!バカじゃないのか?そんなもので叩いて・・・」
「喋るな虫けら。キモイ。息するな。私は今、不機嫌なのよ。」
「な!」
凄く綺麗な見た目からは想像がつかない言葉が次々と出てきて、別の意味でパニックになっているなか、宮田さんは私の事を背中に隠して少しづず後退していく。
「失礼な・・・誰だか知らないが、君には関係ないだろ?何を誤解しているか知らないが、これは彼女と僕との関係だ。ちょっと拗れて喧嘩のようになって・・・」
「もう一度いうけれど、バカなの?あんなに大きな声で拒絶されておいて、何が“ちょっと拗れて喧嘩のようになった”よ。これ以上、何かするつもりなら警察呼ぶわよ?」
宮田さんはベースを竹刀のように構えて、相変わらず冷たい言葉を浴びせているけれど、声が少し震えていた。
私はスマホを取り出し、警察を呼ぼうとタップしたものの、指が震えて上手く操作が出来ない。涙で目の前が歪みながら必死にスマホを操作していると
「柚葉!」
今、一番聞きたい人の声が耳に届いた。
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◆宮田涼音 視点
ライブハウスの前で、立夏ちゃんと鈴木君とは、少し今日の事の話をして盛り上がってから別れた。2人は私たちとは別の地下鉄駅経由で帰るらしかったし、そもそも邪魔をしたくもなかったからだ。
振り返ってみると、対バンが決まってから今日のライブが終わるまで、本当に楽しかった。凄く充実したし、慎太君が鈴木君のために時間を削って教えてあげていたり、リハーサルの時の鈴木君への励ましの言葉を聞いた時には、凄くキュンキュンしてしまった。
なのに、今の私は浮かない気持ちでいる。それは慎太君と吉田さんが一緒に帰ったことが原因だった。それぞれ用事があるような事を言っていたけれど、2人での用事があるように思えて仕方がなかった。
この1週間、吉田さんに観客として私たちの練習を見てもらうようになってから、彼女ともよく話をするようになった。彼女は快活で素直で、とてもいい子だった。
そして、こう言ってはなんだけれど、とても分かりやすい子だった。彼女は慎太君に恋をしている。
そして、さきほどの彼女の目、緊張感、変な言い訳を言って慎太君と2人で帰っていった事実・・・。おそらく彼女は慎太君に告白をするつもりなのだろう。
「はぁ・・・」
何度目になるかわからないため息をつく。
(どうして私ってこんなに可愛くないんだろう。)
私は詩織ちゃん見たく、素直になれない。可愛く慎太君に自分をアピールすることもできない・・・。もしかしたら、今頃、慎太君は吉田さんと恋人同士になっているかもしれない。そうやって自己嫌悪と自分の妄想で自分自身を傷つけていると、ふいに前を歩く集団が目に入った。
何となしに気になってみていると、違和感を感じた。男の人が女性の肩に手を回していて、女の子は周りの子にもてはやされているけれど・・・何だか嫌そう・・・
気のせいかしら?と思って聞き耳を立てていると、か細い声で
「やめて下さい」
と言っているのが聞こえ、その声に聞き覚えがあるなと思って、よく見てみると慎太君の幼馴染の、確か柚葉ちゃんという子だった。
え?絡まれている?助けてあげたほうが・・・いいわよね。そう悩んでいると、大通りから離れて人通りの少ない道に曲がっていった。
私は詩織ちゃんの邪魔になってしまうかもしれないと思いつつ、そんな場合ではないと頭を切り替え、
<柚葉ちゃんが変な人たちに絡まれてる。嫌がっているのに肩つかまれて、困っているわ。ここにいるからすぐに来て>
と、慎太君にメッセージと地図アプリの機能を使って、この場所をLIFEで送信した。すぐに既読がつくとともに、慎太君から電話がかかってきた。
『柚葉が、絡まれてるって?たまたま近くに居て、そっちに向かってる。すぐに着くと思うけど、どんな状況?』
どうしたのかしら、少し慎太君の声が暗い。吉田さんと何かあったのかもしれない。いえ、今は・・・
「今、柚葉ちゃん、男の人に肩、抱かれていて、さっき柚葉ちゃんが、やめて下さいって嫌がっていたのに、放してくれないみたいだったわ。今は、あ、柚葉ちゃんとその男の人以外、カラオケ屋さんに入っていったわね」
『え?カラオケ屋?それって、中学校の時の奴らなんじゃ?どういう事だ?』
「えっと、そうなの?ごめんなさい。そうしたら、私の勘違いかしら」
やってしまったわ、私、失敗しちゃったみたい。せっかくライブ上手くいったのに。慎太君に迷惑かけちゃったかもしれない。
そんな事を思いながら、柚葉ちゃんと、その男の人を遠目で見ていると何か話しているようだった。ううん。・・・やっぱり勘違いじゃないと思う。いや、間違いないわ。
「慎太君、やっぱり勘違いじゃなさそうだわ。彼女、凄く嫌がってる。嫌な予感がするわ。お願い、早く来て?電話はこのまま繋げたままにするから・・・いざとなったら私が助けに入る」
『ちょっ・・ま・・・宮田さ・・・・——————————』
耳をスマホから離し、スマホに普段からつけているストラップを手首に通す。これで、何かあっても慎太君に伝わるはず。
男が彼女に何かしようとしてる。もう助けにいくしかない。そう思い、ベースを構えて、柚葉ちゃんを助けに行こうとすると、柚葉ちゃんが男の人に頭突きをして、こちら側に逃げてくる。
男が追いかけて来て、あと少しの所で柚葉ちゃんを捕まえ、元の場所に無理矢理連れて行こうとしながら柚葉ちゃんに何かを言っている。まずいと思って踏み出すと、柚葉ちゃんが大きな声で叫んだ。
「ふざけないで!!!私はあなたに興味なんてない!!!!慎太をバカにしないで!!!あなたなんかと慎太をくらべないで!!!!私が好きなのは慎太だけ!!!!わたしに触れないで!!!!」
・・・何となくわかっていたけれど、胸が苦しくなる。ああ、この子もやっぱり慎太君が好きなんだ。ううん、何を考えているの。今はそんな事を考えている場合じゃない。
柚葉ちゃんを助けないと!そう思っていると、男はこちらに気付いていないのか、大通りから柚葉ちゃんを隠すようにしながら、信じられない言葉を吐き始めた。
「ちょっと静かにしてよ。は?何?まだ佐藤なんかの事が好きなわけ?あんなのより僕のほうがいいに決まってるだろ?身体にわからせてあげないとダメなのかな?・・・無理やりは僕の趣味じゃないけど、仕方ない・・・気持ちよくなればきっと、あいつの事なんて忘れられ・・・・」
気が付いたら、ベースで殴っていた。この世に存在する言葉では言い表せないほどに不快な気持をすこしでも解消するために、男を罵倒するけれどまったく足りる気がしない。
気に障ったのか男がにじりよって来る。少し、頭が冷えたとたんに怖くなってきた。柚葉ちゃんを私の後ろに隠し、少しでも男から遠ざける。
手足が冷たく冷えてきて、震えてくる。
はやく・・・そう思った矢先、慎太君の声が聞こえた。
思わず、座り込みそうになるのを我慢して、柚葉ちゃんと一緒に慎太君の後ろに隠れるように男から離れた。さっきまで息を吸っているのか吐いているのかもわからないほど張り詰めていたものが、慎太君の背中を見ていると、温かくほぐれていくような気がしていた。




