田中君 / 小雪のわがまま / 逃げてはならない時
長くなってしまった。
◆佐々木柚葉 視点
次の日の放課後、私は美紀ちゃんと一緒に、学校の最寄り駅から3駅ほどの隣町にある喫茶店に田中君を呼んで来てもらっていた。田中君とは部活で見かける事はあったけれど、この一年間、あまりお話をしないでいた。
私たちは丸い形のテーブルに、田中君と距離を置くように席についた。
田中君への気持ちは複雑だった。慎太に対して嘘をつかれた許せない気持ちと嫌悪感。だけれど、この状況を作ったのは初めから田中君の気持ちに答えられないと態度に示さなかった私自身の過ちによるもので・・・・罪悪感もあった。
だから・・・これは、私の過ちから始まったものだから、ちゃんと自分の言葉で田中君と向き合おうと思っている。
「苦しくなったら、ちゃんと頼ってね。」
美紀ちゃんは私の気持ちを気遣ってくれて、優しく私だけに聞こえるようにつぶやくと、私の隣で心配そうにしながら、傍にいる事だけに徹してくれた。
「・・・こうやって面と向かってお話をするのは久しぶりだね」
「うん。佐々木さん・・・・・元気だった?」
お互いにギクシャクしながら、簡単な挨拶をすませ本題に入った。
「今日、来てくれてありがとう。それと、1年前はごめんなさい。田中君の気持ちに答えられないのにあやふやな態度をとってしまいました。」
「いや!それは!僕が君に強引に迫ったからで・・・いや、その」
「ううん。私はちゃんとはっきりとした態度で示すべきだったの。本当に全部、中途半端で、甘えてた。」
緊張で声がかすれる。嫌な汗が出て来る。だけど、ちゃんと言わなきゃ。
「田中君。今日は、田中君にお願いがあってきたの。」
「・・・お願い?」
「田中君が慎太についた嘘を、慎太に嘘だったと説明して下さい。」
田中君が顔をしかめて、固まっていた。
「彼から・・・・聞いたの?」
「うん。昨日、はじめて聞いた」
「・・・」
「過去の事はもういいの。そう言わせてしまったのは私だと思うから。だけど、せめて慎太への誤解をちゃんと解いてほしい。」
「・・・嫌だ」
「・・・え?」
「僕は・・・僕は今でも君の事が好きだ!僕でいいじゃないか!そうすれば、嘘じゃなくなるんだから!」
酷いとも思ったけれど、正直気持ち悪いと思った。あんな嘘をつかれて・・・だけど、田中君もあの時から、時間が止まってしまっているんだ。私が止めてしまった。けれど私はもう動き出すことを決めたから・・・1年前に伝えた言葉より、さらにはっきりとした言葉と気持ちを込めて彼に言った。
「田中君。ごめんなさい。私は慎太の事が好きです。この気持ちは変わらない。田中君の気持ちに答える事は、この先もありません。」
私はその場で立ち上がって、田中君に頭を下げた。
「田中君には残酷な事を言っていると思う。だけど、どうか、どうか慎太の誤解を解いて下さい。」
田中君への罪悪感もある。だけれど、これだけはどうしても譲れなくて、私は必死に田中君へ頭を下げた。
・・・・
どのくらいそうしていただろう。
「頭を上げてよ。ごめん。わかってるよ。僕がしたことは最低の事だ。見苦しくて・・・ごめん。頭を下げられる資格なんて僕にはない。むしろ、僕のほうが謝るべきだ。許してくれないだろうけれど。」
田中君が自虐的にそう言った時、私は気づいてしまった。・・・許されないのは・・・私だ。・・・そうだ、私は慎太に許されないかもしれない。こんなにも田中君を許せないのに、慎太の私に対する失望はそれ以上のはずで・・・
それでも私は・・・厚かましくても・・・それでも・・・慎太に許しを請う。誰からも理解されなくても、後ろ指さされても、みっともなくても・・・“慎太の事が好き”この気持ちにだけは嘘をつけいないから。
許されなくても、人に許しを請うのなら・・・
私は頭を上げて座り直し、・・・口を開いた。
「・・・許すよ。」
「え?」
「これからも田中君とお話したり、仲良くすることはできない。だけど、嘘をついたこと・・・許すよ。」
「・・・何で?あんなに酷い嘘をついたのに!」
「私も・・・私も間違えたもの。一番大切な人を私の弱さで傷つけてしまった。私は許されるかわからないけれど、それでも前に進もうと思ってる。・・・私は前に進む。だから・・・田中君を許すよ。」
田中君は驚いた顔をして、その後、諦めたかのように言った。
「・・・は、はは。あーあ・・・。そんな君だからこそ・・・僕は・・・。・・・わかった。ちゃんと、彼に説明します。それと、ちゃんと君の事を諦めるよ。今まで・・・すまなかった。」
その言葉を聞いて、少し安心してまた涙が出そうになった。・・・ダメだ、まだ・・・大事なのはここからだから。
隣を見ると、美紀がそっと近づいてきて耳元で
「良く頑張ったね。柚葉。もう!本当は田中へ土下座でもさせようと思ってたくらいなのに・・・柚葉の事しか考えられなくて、私のほうが視野狭くなっちゃってたよ。ゴメンね。」
そういって、またギュッてしてくれた。
「ううん。美紀ちゃんがいたから勇気がでたの。美紀ちゃん、ちょっと、席を外すね。話がついたって、小雪ちゃんに連絡してくるから。」
「わかった。幼馴染君の妹さんだよね?・・・その、今更だけど、大丈夫かな?」
「きっと、大丈夫だと思う。・・・行ってくるね。」
ここからだ。どんな結果になるかわからない。罵倒されてしまうかもしれない。もう私に興味が無くて、何も聞いてもらえないかもしれない。それでも・・・それでも・・・慎太に謝りたい。
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◆佐藤慎太 視点
午後の授業が終わるころ、小雪からメッセージがとんできた。
<お兄ちゃん。今日の放課後、ちょっと買い物付き合ってよ。>
おぉ?珍しいな。でもな、今日、部活あるんだよなー。てか、妹よ。授業中に携帯とはけしからん。お仕置きしなきゃなるまい。秘儀!慎太は『自分の事を棚に上げてみた』を発動!
<妹よ。授業中に携帯を使ってはならぬぞ。まったく。兄は妹が道を踏み外さないか心配でなりません。>
<お兄ちゃんだって、今、この瞬間、携帯見てるじゃん。>
小雪!『自分の事を棚に上げる』の弱点を看破!攻撃を回避した!
慎太は魔法『次の話題に移る』を選択!
<それはそうと、スマン小雪。今日、部活なのよ。他の日じゃダメ?というか小雪、部活は?>
<部活の買い物なの。買い物終わったら、学校にまた戻る。お願い、どうしても今日がいいの>
ん?小雪にしてはえらく強引だな。部活の買い物なら、他の部員と行くじゃダメなのかな?
まぁ?お兄ちゃんと??どうしても??行きたいと言うのなら????やぶさかではないのだがね!!(※鼻息注意)
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放課後になり、祐樹に断りを入れて校門で小雪と待ち合わせ、買い物に出かけた。どうやら楽譜を買いたいのだとか。
いや、俺いるか?これ?いやまぁ、アレか・・・。まいったなもう・・・兄離れできないってやつか?いやもう、ホントまいったな。(※キモ兄さん発動中)
小雪に案内されて何駅か乗り継ぎ、楽器屋に到着。俺もふらっとギターコーナーに足を運んで見ていると、小雪が足早に近づいて来て
「お兄ちゃん!買い物終わったから、近くの喫茶店によりたい!」
とおねだりしてきた。おねだりと言うにはキャワワな響きが足りない。むしろ圧を感じるな。あれか?前に言っていたパフェをご所望か?納期おくれちゃった感じかな?
そんな事を考えながら、何やら足早に移動し、喫茶店についた。良さそうなところじゃないかーとか思っていると、視界の端に見たくないものが見えた。
あれは、柚葉と・・・田中?それと・・・誰だ?知らない子だな・・・
向き合う決心をつけたばかりだけれど、さすがにまだ心の準備が整っていないし、タイミングが悪い。それと組み合わせが悪すぎる。
「あー・・小雪、ちょっと悪いんだけど、別の所行かないか?」
そう小雪に提案すると、小雪は硬い表情で俺の事をまっすぐ見つめていた。
「ごめんね、お兄ちゃん。今日、本当はお兄ちゃんをここに連れてくることが目的だったの」
「え?」
「何も知らない私が口をはさむの・・・・良くないのかもしれないって思ってる。だけど、一生で一度のわがままでいいから!・・・お願いだから、柚葉お姉ちゃんと話してほしいの。」
ああ、なるほどな・・・。小雪が泣きそうな顔で見てくる・・・兄としてはこうなると弱いな・・・まったく、そんな顔しなくて大丈夫だから。
祐樹にも背中押してもらったばっかりだ。妹にも心配かけて、ここで気合い入れなきゃ兄としてすたるってもんだな。そっと、小雪の頭をなでて安心させるように
「おっけー・・・兄ちゃん、行ってくるわ。心配かけてごめんな。大丈夫だから。」
そう伝えた。小雪は柚葉に無言で会釈をすると、学校に戻っていった。そうだな、柚葉とのメッセージでやり取りした昨日の件も、そのままってわけには行かないだろ。ちゃんと話し合おう。
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「・・・慎太、ごめんね。小雪ちゃんに無理言って私がお願いしたの。」
柚葉、声、震えてる。久しぶりにちゃんと柚葉を見ている気がする。苦しそうな、だけど負けずに前を向いて、傷ついても進もうとしている・・・そんな表情だ。
ああ、何か覚悟を決めてきた感じだな。田中との事を俺にちゃんと話して、ちゃんと胸張ってお付き合いしていく・・・とかかな。
何だろうな、やっぱり胸が痛い。1年も前の事なのに、柚葉に別れを告げられたあのシチュエーションが、ついさっきの事のように思い出せる。いかんいかん、しっかりしないと。
「いや、大丈夫だよ。こうでもしないと、俺もちゃんと話し合おうってならなかったかもしれない。あー・・・と、昨日、あのあと家に来てくれたよな。わるい、ちょっとあの時は余裕なかった。」
「そんなことない。私が悪かったの。慎太を苦しめた。慎太は何も悪くない。」
柚葉が震える声を抑えるようにして、それでもまっすぐに俺を見て次の言葉を紡いだ
「今日、慎太に来てもらったのは、昨日のメッセージの事。それと・・・私の気持ちを伝えたいの」
・・・
「うん」
受け止めよう。もしかしたら・・・一般的には浮気をした彼女の言葉を、わざわざ受け止める必要もないのかもしれない。お人好し・・・いやただの馬鹿かもしれない。
それでも、俺たちは家族のように一緒に育ってきて、お互いを思いやって、そして今がある。俺は確かにこの1年間、苦しかった。だけど、それは柚葉を許せなくて苦しかったんだ。
柚葉がどうでもいい存在じゃないから。大切・・・だったから苦しかった。柚葉の言葉を聞いて、受け止められるのか、どんな結論が出るかわからない。
それでも、ちゃんと真剣に話を聞こう。柚葉から目をそらす事をやめよう。ようやく心の準備が整った。そう思っていて身構えていると、俺が想像していたこととは違う内容を柚葉が話し始めた。
「まず・・・昨日、慎太とやり取りしていたメッセージだけれど。改めて・・・だけれど、私は慎太とお別れしてから、お付き合いした人はいません。田中君が慎太に伝えた事は、全部嘘です。」
え?いや、え?どういう事?
「佐々木さん。僕が・・・説明します。佐藤さん・・・本当に・・・本当に申し訳ございませんでした!」
いきなり田中が俺に向かって机に頭を付けて謝罪してきた。
「いや、どういう事だよ。」
「僕は、1年前、彼女に惹かれて、彼女との帰り道が一緒だったことをいい事に、無理やり2人で帰ったり・・・彼女が勉強に苦しんでいるとき、放課後、彼女が教室に残っていることを知って、勉強を教える事を口実に近づいていました。」
・・・
「ある時、確か中間テストの後くらいに、部活で彼女が倒れた事がありました。僕は、彼女を保健室に連れて行き、告白しました。彼女に・・・待ってほしいと言われました。」
柚葉の顔が歪む。・・・・あぁ、なるほど、これは本当みたいだ。“待ってほしい”・・・か。・・・まあ、既に俺から心が離れていた・・・ってことだよな。
俺は目をつぶると。深呼吸をして気持ちを整えた。
「それで?」
「その数日後、僕は彼女から振られました。彼女は苦しそうで、その後話しかけても取り合ってくれませんでした。・・・僕は、きっと君が何かしたんだと・・・。今ではわかってます。・・・・都合よくそう思い込んで、君のせいにするほうが楽で・・・。」
・・・
「僕は君のせいにして、君と前にあった駅で待ち伏せをし・・・君へ・・・・作り話を・・・嘘をつきました。」
・・・・
「彼女は私と一定の距離をいつも保っていましたし、キスも・・・身体を重ねた事も・・・全部、僕の作り話です。申し訳ございませんでした!」
柚葉やこいつの表情・・・おそらくこれも嘘ではなさそうだ。だとすると、昨日の柚葉のメッセージの主張は本当のことだったのか。あぁ、こいつの顔見て思い出した。そうか、俺が振られたって言った時、よくわからない反応してたよな。・・・・それは、こういう事か。
あー・・ダメだな。心・・・狭いんかな?俺・・・でもダメだ。
「いや、ふざけるなよ?おまえ。正直、お前の事をぶん殴ってやりたいわ。何を言っても許せる気がしねぇ。悪いけど、お前からの謝罪の言葉は受け取らない。殴らないのを我慢しているのがやっとなんだ。目障りだから。帰ってくれ。」
・・・子供じみてるよな、俺。・・・いや、これくらい許してほしい。簡単に許ししたら、あの時の自分が報われない。どんだけ、辛かったと思ってやがる。
「えっと、佐藤君!柚葉の・・柚葉の話を・・・」
今まで黙っていた子が、急に話しかけてきた。
「あぁ、うん。大丈夫。ちゃんと聞くよ。ただ、悪い。田中の事は許さない。」
「それは、うん。大丈夫。あいつの事はどうでもいい。私は、柚葉の話を聞いてほしいだけ。急にごめんなさい。もう話を聞いてくれないかと思っちゃって。」
その子は、安心したようで席についた。柚葉の・・・友達かな?田中は、最後まで謝罪し、お会計をすませ、喫茶店を出て行った。
ふぅ・・・ちょっと冷静になろう。
「・・・飲み物、頼んでいいかな?ちゃんと話聞くよ。」
店員さんにカフェオレを頼み、のどを潤すと大分気持ちが落ち着いた。そして改めて柚葉に向き合った。
「昨日のメッセージのやり取りで、柚葉が送ってくれた内容が本当だったってこと、信じるよ。」
柚葉は目を見開いて、泣きそうになるのを我慢していた。
「ただ、良くわからないのが・・・いや、俺の事を振ったのは気持ちが冷めたからなのだろうけれど、田中を振ったのはどういう事なん?好きになったのは田中じゃない別の人とか?」
視線を落とすと、柚葉が手を固く結んでいる事がわかる。ああ、これは、言いたい事あるけど言えないパターンだな。
「責めてないから。ゆっくりでいいから教えてくれ。」
柚葉は何かを言いかけては引っ込めるを数回繰り返したあと、少しづつ話し始めた。
「・・・信じてくれないと思う・・・だけど、私の好きな人は慎太しか・・・いなくて・・」
「・・・そう言われても・・・いや、ちゃんと聞くよ。」
「・・・私は・・・慎太と高校が別になった後、もともと自分の学力以上の高校だったのもあって、勉強が追いついてなかったの・・・。部活も必須で入らなきゃならなくて、家に帰る時間がおそくて・・・いつも学校に残って勉強してた。」
そうだったな・・・
「うん。それで、なかなか会えなくなったんだよな。俺ら。」
「うん・・・・。それで・・・クラスにも最初の頃はなかなか打ち解けられなくて、相談できる人がいなくて・・・そんな時、田中君がクラスで残っている私に、勉強を教えてくれるようになったの」
・・・柚葉の口から“田中”と聞くたびに、暗い感情が心を這うように広がっていく。いかんな・・・。落ち着け、俺。
「時間が遅いからと言って、最初のほうはお断りしていたのだけれど、電車の方向が同じだからといって、お家の最寄り駅まで送ってくれるようになって・・・」
・・・・
「私は、田中君が・・・私に好意を持っているって気が付いていたの」
柚葉の眉が寄って、手は白くなるくらい固く結ばれている。
「それでも、田中君に勉強を教わって、帰り道に送ってもらっている事が・・・・慎太への裏切りだと思った。」
「・・・・そうだな。」
俺の言葉に反応して、凄く辛そうに、それでも俺の事をちゃんと見て話を続けた。
「私は・・・私は・・・」
柚葉はまた、言葉を上手く出せないようだった。
「ちゃんと聞いてる。」
しばらく待っていると、また話出した。
「田中君に告白されたとき、私は・・・待ってほしいって・・・答えた。」
・・・俺も、気が付いたら手に爪を立てて、血がにじんだ。
「私は・・・逃げたかった。高校で、あの時は一人で・・・頑張ろうと思っても・・上手くいかなくて・・・その時、たまたまそこに居た田中君に逃げようとしたの。」
「・・・いや、何でそうなるんだ。俺は頼りにならなかったか?忙しそうだったけれど、休みの日とか一緒に居た事はあっただろ。」
柚葉は、頭を横に振って、我慢しきれなくなったのか、涙を流しはじめた。
「違う。慎太が頼りにならないんじゃない。私が・・・ダメで・・・。慎太は私の高校には・・いないから・・高校の事は・・私が頑張らなきゃって・・・」
・・・・
「慎太に・・・甘えたの・・・私の事をきっと慎太はわかってくれるって・・・。辛さから逃げるために・・・田中君に頼ってしまったことも・・・お別れを言ったことも・・・。・・・慎太との繋がりが途切れる事なんてないって思いあがって・・・」
「・・・・」
甘えるって・・・なぜそうなるんだ。俺だって許せないことはある。どんだけ辛かったと思っているんだ。
「柚葉・・・さすがに無理だよ。何をわかればいい?・・・俺の気持ちは・・・どうなるんだよ。」
「・・・ごめんなさい。・・・ごめんなさい。」
「佐藤君、待ってほしいの。柚葉は!」
柚葉の友達が焦ったように俺に声をかけると、柚葉が震える手でそれを遮った。
「美紀ちゃん。ごめん。・・・私に・・・私に話をさせて・・」
「柚葉・・・」
・・・
「慎太が、許せないのは・・・わかってます。信じて・・・くれない・・かも・・だけど・・・どうか、どうか、聞いて下さい。」
柚葉が涙をいっぱい溜めて
「私は慎太への気持ちが揺らいだことはないです。田中君に男性として魅力を感じた事もありません。」
「・・・なにを。じゃあ、どうして好きな人が出来たなんて言ったんだ?別れようと言った理由はなんだよ?」
「・・・それは・・・私が・・・慎太じゃない男の子に頼って・・・裏切ってしまったからっ・・・慎太と一緒にいちゃダメなんだと・・・おもっ・・思って。罪悪感から・・また・・逃げようとして・・・田中君の事を魅力的に思っているって・・・・自分の心に嘘ついて・・・。」
・・・・
「信じられないと思う。だけど・・・だけど、私はずっと慎太の事が・・・本当に・・・今でも好きです。」
心が酷く乱れている。全部嘘だと言って、目をつむってしまいたい。・・・だけど、だけど、今だと思った。今、ここで逃げたら、俺と柚葉の関係は終わる。
祐樹に背中を押してもらった。俺がそれで前を向けたのは・・・それは・・・柚葉と一緒にいた長い時間と大切な思い出があったからだ。
ずっと引っかかっていたのは・・・諦めきれなかったのは・・・柚葉が人を貶めるようなやつじゃないと・・・心のどこかで信じていたから、そして、心のどこかで柚葉を大切な存在だと思っていたからだ。
だからこそ、苦しく、辛かった。であればこそ、、、ここで逃げてはだめだ。どう転んだとしても・・・真剣に向き合おう。俺の今の気持ちをちゃんと伝えよう。
「柚葉」
「・・・はい。」
「俺は・・・」
意を決して言葉を紡ぐ。
「柚葉の気持ちに答える事は出来ない。ちゃんと言うと・・・俺は恋愛をしたくない。」
柚葉は目を見開き胸を抑えるようにして・・・
「柚葉の事は、あんな事があっても、心のどこかで、やっぱり大切に想っていた。」
涙を流しながら俺の言葉を真剣にきいていた。
「だからこそ苦しかったし、辛かった。大切にしていた過去の思い出も丸ごと壊れてしまって。」
柚葉の肩がビックと跳ねる。
「っっ!・・・ごめ・・ごめんなさい。」
意図しない伝わり方をしたと感じ、少し焦りながら言葉を並べた。
「いや、そうじゃなくて、言いたいのは・・・恋愛は脆くて、こんだけずっと大切に想っていた2人を簡単に引き裂くものなら、最初から恋人同士なんてならなければ良かったんだと考えるようになったんだ。」
柚葉が苦しそうにしている。辛そうに・・・している。それでも言葉を続ける。
「こうやって、付き合って、別れて、・・・俺たちこれだけ傷ついて・・・意味わからないだろ?恋愛ってさ。だから・・・」
「・・・」
「だから俺は、柚葉とも、誰とも恋人同士にならない。柚葉が、誰かを好きになってもいい。俺の事を好きだと言ってくれるのも・・・否定しない。柚葉の恋愛も考え方も否定するつもりはない。」
「・・・」
「だけど、俺は恋愛をしない。することに意味はない。ガキの俺らには恋愛はデメリットが大きすぎる。・・・これが俺の今の正直な気持ちなんだ。ごめん・・・何様だよって感じだし・・自分勝手だと思うけれど・・・」
柚葉はブンブンと頭を横に振って言った。
「そんなことない。ごめんね。私のせいだね・・・。」
「違うよ、柚葉。責めてるわけじゃないんだ。俺の考え方を理解してほしいという事でもない。ただ、普通に考えてさ?こうやって、関係が拗れてダメになる人達ばかりだろ?もうそんなのはゴメンだと思っただけなんだよ。」
ただ単に恋愛に臆病になってるというのもあるかもしれない。ただ、客観的にみても恋愛をする意味はやはり無いだろう。
「柚葉とまた恋人同士になるってのは無理だけど、だからって、別にばいばいしようって事じゃなくてさ。昔みたいに仲良くしよう。また一緒に小雪とご飯を食をべよう。俺の高校の友達も紹介するよ。・・・それじゃ、ダメかな?」
すこしの沈黙の間、柚葉は無理やり下手くそな笑みを浮かべて。
「ううん。ありがとう・・・。私の想いを聞いてくれて。慎太の想いを教えてくれて。私との関係を途切れさせないでくれて、ありがとう。慎太が仲良くしようって・・・そう言ってくれるだけで・・・私は・・・幸せです。」
まだ心の傷が癒えたわけじゃない。それはきっとお互いに。お互い傷つけあいながら、それでもようやく、俺と柚葉は、若干のぎこちなさを残しながら、永遠と続くように見えた暗いトンネルの出口に、たどり着くことができたのだった。
やっと書けた・・・。昨日から皆さんのご指摘、めっちゃ厳しくて(汗
おっしゃる通り、最初から全て元通りは難しい。ただ、人間は完璧じゃなくて、失敗もするし成長もする。作者は、そう信じたい。
さて、ようやっと、ここまでたどり着きました。過去のごちゃごちゃから、ようやく未来へのお話スタートです。




