第02話 クロエにマイルームのことを教えてもらいます!!
目を覚ますと、宿屋の居室のような8畳くらいの部屋のベッドの上。
部屋には俺が今起きたベッドと鏡台が置いてあるだけの、やや殺風景な部屋だった。
ベッドの横にはメイド姿のクロエが立っていて、何かを期待する子供のような表情で俺を見つめている。
「お目覚めになりましたか?ご主人様ぁ。おはようございます」
クロエと目が合うと、にっこりと微笑みかけてくれた。
俺はふと目線を自分の体に移し両手で両胸を押さえる。
胸にはクロエほどではないにしろ、あるべきじゃないものがある確かな手ごたえ。
今度はそっと両手を股に挟んでみると、やはりあるべきものがない。
「それではご主人様、まずは基本的な……」
「バッ!!」
「ところから説明……」
「美ッ!!」
「させて頂きたいとおも……」
「肉ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
俺はおもむろにベッドの上で立ち上がり、右手でガッツポーズ。
ヒャッハーーーーーー!!
「うんですけどぉ……って聞いてないですね」
「声までカンペキ!ボイチェンいらず!!完全バ美肉!!あぁぁぁぁぁこれもう一人称『俺』は絶対に違和感!!これはTSじゃなくてRP!!かわいいんだからかわいく演じないと損だよねっ☆」
両手を胸の前で握ってかわいくポーズを取ってウィンクしてみる。
ネトゲでは一人称『私』にするだけで他は丁寧語。
女性言葉までは使わずにチャットするようにしてたけど、これなら女性の言葉遣いにしても全く問題なし!!
「あの~ご主人様ぁ?盛り上がってるとこごめんなさいです」
後ろからクロエの声。
振り向くと、クロエが困ったような張り付かせた笑顔を見せていた。
「きゃーーー!!クロエかわいいかわいい!!」
クロエのかわいさに耐えられずベッドの縁まで飛び寄り、クロエに抱きついて頭を撫でまわす。
「ちょっ、ご主人様ぁ!あ、あたま撫でないでくださいよぉ!!」
「あぁ~ごめんねクロエ、それでなんだっけ?」
わたしはクロエから手を離し、ベッドの上で少し後ろに下がって正座する。
「なんと言うか、いきなりもうそのお姿に馴染んでるのはすごいです」
コホン、とクロエが咳払い。
「ではではご主人様、まずは基本的なところから説明させて頂きたいと思いますので、ベッドからお降りくださいです」
「はーい……よっと」
クロエに促され、ベッドから降りてクロエの横に立つ。
「こちらの部屋はご主人様の『マイルーム』になりますよ。今は最低限スタート時に必要なものだけ置かれた状態なんですが、あとで部屋を拡張したり家具を置いたりもできるんですよ」
「えっ!?ここわたしの部屋だったの!?宿スタートとかじゃなくて?すっごーい!!前に住んでたワンルームより広いし、角部屋で日当たりも良くて電気点けてなくても明るいし、すっごくいい感じじゃない!!」
部屋全体の説明の後クロエが移動し、わたしもクロエに付いていく。
クロエは鏡台の前で立ち止まって、鏡台を左手で指しながら、わたしの方を向いて脇に避ける。
鏡にはアバターメイキングで作った通りのイズミの姿がある。
「あはっ、やっぱわたしかわいい♪」
鏡の前でくるくる回って姿を確認する。
鏡に映った自分の姿を見て不快にならないのはマジで感動だ。
「ご主人様ご機嫌ですね。と言うかほんとに馴染み方がすごいです。」
元々の姿からしたらキモいの一言だが、クロエはそんな素振りも見せずに微笑んでくれている。
「こちらの鏡台が『コンソール』になります。鏡に手をかざしてみてくださいね」
言われるまま鏡に手をかざすと、鏡が不透明なグレーの板になり、板の前に半透明のパネルが現れた。
パネルには『端末』『サポート』『オーダー』『ショップ』『ガチャ』『システム』の六つのボタンが表示されている。
そのうち『ショップ』と『ガチャ』の二つはグレーアウトされて押せなくなっているらしい。
「ねぇクロエ、このグレーアウトされてる二つは使えないの?」
横に立っているクロエの方に顔を向けて質問してみる。
「この二つは一般ユーザ様向けなんですよ。ご主人様は定額制施設からの接続ですので使えないのです」
クロエ曰く、過去に課金アイテムの買いすぎやガチャにハマるなどで施設利用料が支払えなくなり施設からの退去を余儀なくされたケースが発生したことがあるとのこと。
そう言う事例が起こらないように、定額制施設からの接続では追加課金要素を利用できないようにしているとのこと。
なんとも世知辛い。
逆に一般ユーザは『オーダー』と『サポート』の項目が表示されないらしい。
「『オーダー』は定額制施設ユーザ様向けサービスでして、一日三枚までフードチケットが利用できますよ。注文したフードは食堂まで食べに行ってもいいですし個室まで運んでもらうこともできますよ。」
「パンフに食事付ってあったけど、こうやって注文すればいいのね。」
「あとですね、VR内でお食事取られてもちゃんと味も感じますし満腹感も得られますよ。ただあまり続けるとリアルの方が危険になってしまいますのでご注意です。けどメニューの『サポート』を利用することで、ログインしたまま施設の医療スタッフさんが栄養補給及び筋力維持サポートをしてくれますのでご安心くださいませ」
つまり、やろうと思えば24時間365日常時ログインしっぱなしで、リアルを忘れてVR世界の住人になることも可能なようだ。
筋力維持サポートもあるとのことで、長期間寝てたからと言って歩けなくなることもないでしょう。
ちなみに、一般ユーザだとそんな医療スタッフのサポートなんて当然のことながらなく、うっかり連続ログインしてお亡くなりにならないよう、一日最大8時間のログイン時間制限があるらしい。
「『端末』はVRデスクトップ機能でして、普通にリアル世界のネットもご利用になれるんですよ」
なるほどー、と思いつつ『端末』ボタンをタップすると、手元に半透明のキーボードとマウスが現れ、見慣れたデスクトップ画面が表示された。
そのままブラウザを開いて『クロニクル・ワールド 攻略 Wiki』と入力して検索してみる。
検索結果からユーザWikiっぽいタイトルのサイトを開き、サイトをざっと見回してみると、かなり詳しく見やすく編集されていた。
「では、続いて部屋から出てみましょう」
木製の扉を開け、クロエに手を引かれて廊下に出る。
木の板を敷き詰めた廊下にはわたしたちが出てきた扉と、同じような扉があと二つ。
わたしたちが出てきた扉は廊下の一番奥にある。
「でもってこの鍵です。この廊下にある扉のどこからでも、この鍵を使って扉を開けることでご主人様のマイルームに入れるんですよ。」
クロエから鍵を受け取り、鍵を回してから扉を開けてみると、先ほどの殺風景な部屋が目の前に現れた。
「じゃあ、他の人がその人の鍵を使うと、その人のマイルームにつながるのかな?」
「はい、その通りです」
扉を閉めるとすぐにガチャっと音がした。
どうやら自動で鍵がかかるらしい。
「ではでは、次は外に出てみましょう」
クロエに手を引かれて廊下を進み、突き当りにある扉を開けて外に出た。