第01話 VR世界でセカンドライフを始めます!!
時は遡り、西暦2050年、日本。
『失われた50年』からの脱却、賃金も上昇しインフレ傾向。
若者を中心に豊かな日本を取り戻しつつある中、貯蓄も年金もインフレによって目減りし困窮していく氷河期世代。
そんな、生涯救われることのなかった氷河期世代をメインターゲットに、フルダイブ型VRゲーム『クロニクル・ワールド』と提携した新たな老後サービスが誕生した。
『VRセカンドライフ』
スローライフを満喫するも良し。
武器を手に冒険するも良し。
若い頃に果たせなかった恋愛や結婚をするも良し。
異世界あり、未来世界あり、現代世界あり。
スタート時にメイク可能なパートナーや、その他NPCに至るまで超高性能AIにより人間と変わらないコミュニケーションが可能。
ネットカフェのような一畳分ほどの個室を割り当てられ、24時間365日常時VR世界を満喫でき、医療スタッフ常駐でお体の健康もしっかりサポート。
お支払いは月々7万5千円。
年金収入で無理なくリーズナブルな価格設定。
『夢にまでみた異世界転生』
『もう一度あの頃の時代に戻れるなんて』
『ついに現実がなろうに追いついた』
『70年近く見捨てられ続けた人生で初めて幸せを感じられるディストピア』
など、ご利用者様の歓喜の声が届くほどの人気を博している。
そしてまた、一人のご年配の男性がこのVRセカンドライフ対応施設『さくら館』を訪れてきた。
和泉和明 70歳 未婚 無職(元工場勤務)
300万円に届かない年収で細々と何とか一人暮らしを維持していたところ、勤めていた工場を65歳で定年退職した直後に『失われた50年』から脱却、シニアとし雇用継続するも年収200万円を切る勢いで激減した給与ではインフレについて行けず、切り詰めた生活をしてもなお貯蓄を切り崩す毎日。
シニアを定年退職する70歳になる頃には、親から相続した多くもない遺産も含め全ての貯蓄が底を尽いていた。
生活保護を受けるにしても、和明と同じような境遇の者からの申請が殺到し、かつての就職活動を彷彿とさせる高倍率で口利きがなければまず申請は通らない。
そこで登場したVRセカンドライフに一縷の望みを託し、『さくら館』への入館を決めた。
さくら館は5階建てのビルとなっていて、1階の受付で一通りの案内と注意事項の説明を受けた後、案内の女性と共にエレベータで個室フロアに移動する。
和明が案内されたのは4階にある一室。
一畳ほどのフラットシートに敷布団、掛布団、枕が重ねて置かれ、部屋の壁に取り付けられた頭の高さ程の位置にある棚にはとぐろを巻いたケーブルやチューブ類、それにVRヘッドギアが置かれていた。
「それでは、ごゆっくりどうぞ。何かございましたらVR内のコンソールよりお知らせください」
それだけ伝えると、案内の女性はフロアを出てエレベータに乗り込んだ。
女性がフロアから退出するのを見届けると、和明は早速布団類を準備して横たわりVRヘッドギアを装着。
ヘッドギアの側面にあるボタンに手をかけ、電源を投入する。
電源を投入すると頭にピシッと弱い電気が流れたような刺激が走り、目の前が暗転。
五感の全てが麻痺したような浮遊感に襲われる。
「ようこそ、クロニクル・ワールドへ」
ふわふわと浮いているような感覚の中、目を開ける。
と言ってもVRヘッドギアの制御下にある本体は動かせず、自身のVRアバターの目であるが。
顔を下に向け自身の手足を見ると、白くぼんやりした人型のナニカのようなものになっているが、自分の意志で自由に動かせるようであった。
目の前には、古代ギリシャ風物語に出てくる女神のような衣装を纏った、ブロンドでさらさらの綺麗な長髪をなびかせた、美しいと言うよりはかわいらしい容姿の女性が空間に浮いている。
「私はチュートリアルの女神、トリアと申しまーす。以後お見知りおきをー」
語尾を伸ばしつつ割と適当なセリフ回しでトリアと名乗る女神の女性はそう自己紹介すると、首を傾けて微笑む。
「あ、はい。和泉和明と申します。こちらこそよろしくお願いします」
和明もつられて挨拶する。
「では最初に、体験したいワールドを選んでくださいねー。現在はこちらの三つのワールドがありますよー」
トリアはニッコリと笑いながら両手を左右に広げると、広げた手と手の間に三つの半透明なパネルが現れた。
左側にはドラゴンに立ち向かう四人の冒険者達が描かれた絵に『ファンタジー世界』のキャプション。
「ファンタジー世界は、よくあるファンタジーな世界ですがステータスもスキルも魔法もチートもありません。動物や魔物や自然が多く未開拓地だらけなので色々開拓したい人とかアウトドアやサバイバル好きな人に人気ですよー。時々『これってファンタジー?』なものとかもあるかもですが、それも含めてファンタジーです。基本なんでもアリです。」
中央は宇宙空間を進む宇宙船の船団の絵に『SF未来世界』のキャプション。
「SF未来世界は、宇宙移民船団の一員となって生活したり、いろんな惑星の現地調査をしたりする世界です。標準装備の『パワードインナー』で身体を強化・動作補助したりするので、パワードインナーのステータスを上げたり魔法みたいなものとか剣技とかのスキルを登録して使えたりできます。ゲーム感覚で楽しみたいのでしたらこちらですよー。」
右側には立ち並ぶビルの風景に『現代世界』のキャプション。
「現代世界は普通に現代世界ですが、こちらはスタンドアロンモード用ワールドなので他のユーザさんはいません。生まれの家庭や誕生日、開始する年月日を選べるんで人生やり直ししたい人に大人気ですよー。基本的に現実の歴史を辿りますが、あなたが何か違うことをすればバタフライエフェクト的に色々変わるかもしれませんね。」
トリアの話によると、どうやらファンタジー世界はMMOタイプ、SF未来世界はMOタイプ、現代世界はスタンドアロンタイプとのことらしい。
スタンドアロンと言っても超高性能AI搭載のNPCが世界の人口分いる世界。
退屈はしないだろう。
「じゃあ、このワールドでお願いします。」
和明が指したのは左側のパネル、ファンタジー世界のパネルであった。
「はーい、ファンタジー世界一丁頂きましたー、了解でーす。ぽちっとな」
トリアはぶんぶん振っていた右手を戻し、代わりに左手の人差し指を突き出してファンタジー世界のパネルを押す。
「では続いてアバターメイキングに入りまーす。どんなのがいいですかー?」
和明の目の前に半透明のパネルが現れる。
パネルの中央には、元の和明の姿がデフォルトとして表示されており、年齢と身長のスライドバーにはそれぞれ168cm、70歳と表示されている。
身長のスライドバーを動かすと背が高くなったり低くなったり、年齢のスライドバーを動かすと若くなったり年老いたりと、表示されているアバターが変化していく。
「ここはやはり……」
和明はかつてネトゲをプレイする際は必ず女性アバターを使用していた。
理由は「プレイ中、ずっと男のケツ見て何が楽しい? 逆に男を使う意味がわからん。 男の娘であれば一考の余地はあるがその程度だ」と言うものである。
今回も当然のように女性アバターを選択。
その後顔の輪郭や目鼻口の大きさ、髪型髪色長さ、体型、身長、声などを調整していく。
衣装は選択可能なデフォルト衣装の中からシンプルな白のブラウスにベージュのケープ。
裾に白のフリルが付いたベージュのロングスカートに白のオーバーニーソックス。
リボンが付いた薄紅色のパンプスをチョイス。
最後に年齢を一気に引き下げ15歳とし、『イズミ』と名付け決定ボタンを押下。
結果、栗色のロングヘアーで赤いカチューシャを付け、幼さの残る顔立ちで身長151cmくらいのかわいい女の子アバターが出来上がった。
「わぁ、かわいいねー」
トリアが胸の前で両手を握りながらキャッキャとはしゃいでいる。
「じゃあ次は初期パートナーのメイキングだねー。なしでもいいけどいた方が話し相手にもなるしいいよー?」
「もしパートナーのメイキングをスキップしたら?」
と、和明は疑問に思ったことを質問する。
「他に有能なパートナーを既に持ってる人の二人目アバターとかならスキップしても問題ないと思うよー」
「なるほど、最初のアバターではパートナーもメイクした方が無難だと言うことだな」
その返答をパートナーをメイクを始めると理解したトリアが和明の目の前にもう一つ、半透明のパネルを表示させる。
「その前に、イズミのデータを保存しとくか」
和明は一旦イズミのメイキング画面に戻って『メイキングデータを保存』を選択する。
次にパートナーのメイキング画面に行き『メイキングデータを読込む』でイズミのデータを呼び出す。
「これでイズミのデータを元にちょいちょいいじればOKだろう」
続いて年齢を17歳に上げ、ロングの髪の左右一房ずつリボンでまとめたツーサイドアップにし色は薄めの茶色。
顔の表情を少し柔らかめの印象の童顔に、体型をやや細身のイズミよりも心持ちふっくらと普通に寄せていく。
身長は下げて142cmに調整、さらにバストを少しだけ大きくする。
『パートナータイプ』と言う項目は『冒険者』や『騎士』『暗殺者』『農家』『商人』など色々ある中で、『メイド』を選択。服装は当然の如くメイド服。
手首の白い付け袖とカフス、首の白い付け襟とリボン、フリルカチューシャがセットになっている、スカート長めで胸の谷間を覗かせ背中の開いた半袖のフリルメイド服だ。
名前は『クロエ』とし、決定ボタンを押下する。
「おおっ!メイドさんですかー、かわいいですねー」
目を輝かせながら、ぱちぱちと手を叩いて喜ぶトリア。
「こほん、これで準備終わったかなー?確認するよー?」
選択したワールドは『ファンタジー世界』。
アバター『イズミ』、パートナー『クロエ』をそれぞれ確認する。
「それじゃ、ファンタジー世界に出発ー。良いセカンドライフをー」
後方から何かに吸い込まれるような感覚と共に、笑顔でぶんぶんと手を振るトリアが遠ざかる。
次第に目の前が白くなり、完全に白くなったところで突然ブラックアウトした。