006・解散
その夜は、ギルド2階の食堂で食事会となった。
(うん、悪くないね)
異世界での初めての料理は、前世ほど繊細ではないけれど、味付けはなかなか良くて美味しかった。
あと、量も多い。
「クエストは失敗だったが、ライトニング・ウルフの『雷角』を売却して、臨時収入が入った。これもアオイのおかげだ。いっぱい食べてくれ」
そう言って、アーディスカが笑った。
(うん)
もちろん、お言葉に甘えよう。
空腹になっても『回復魔法』があれば、どうとでもなる気はしている。
でも、食事は心を満たしてくれる。
(こればかりは、さすがに回復魔法でもどうしようもできないからね)
モグモグ
一心不乱に食べる僕に、アーディスカは優しく笑っている。
(ん?)
一方で、ジャンとリジットの食は、なぜか進んでいないようだ。
はて?
そんな感じで、食事会も終わりとなった。
ギルドの外に出ると、夜空には3つの月が輝いていた。
(……やっぱり、異世界だなぁ)
その事実を、しみじみと感じてしまう。
そんな僕の横で、
「また明日な、ジャン、リジット」
アーディスカが2人に声をかけている。
3人とも、それぞれの宿に帰るそうだ。
「……あぁ」
「……また、な」
ジャンとリジットは、なんだか元気がない。
アーディスカと視線も合わさずに返事をして、重そうな足取りで町中へと去っていった。
う~ん?
(もしかして、疲れてたのかな)
それならもう1回、『回復魔法』をかけてあげればよかったかもしれない。
「さて、アオイ」
ん?
アーディスカがこちらを見ていた。
彼女は笑って、
「アオイは泊まるところがないのだろう? なら、今夜は、私の宿に来い。私の部屋で一緒に眠るんだ」
と言った。
…………。
……え?
◇◇◇◇◇◇◇
赤毛の美女に連れ込まれたのは、小さな宿屋の一室だった。
(へ~?)
机と棚、それとベッドが1つあるだけの簡素な部屋だ。
ここでアーディスカは暮らしてるんだね。
その部屋主は、荷物を床に下ろして、着ていた鎧と剣、盾の装備を外して、棚にしまう。
「ふぅ」
重い装備を脱いだ彼女は、シャツと短パン姿だった。
…………。
思ったより、スタイルいいね。
鍛えられているからか、無駄な肉はなくて、けれど、胸やお尻は女性らしく膨らんでいる。
手足の肌には、小さな傷跡が幾つかあった。
見ていると、
「ほら、アオイ」
ベッドに横になった彼女は、自分の横のスペースを開けて、僕を呼んだ。
素直に横になる。
女性らしい、少し甘やかな匂いがした。
「じゃあ、おやすみだ」
そう言って、彼女は大きく息を吐いた。
背中に、弾力のある2つの膨らみが押し付けられる。
ドキドキ
触れ合う体温に、少し鼓動が速くなってしまう。
けど、30秒もしない内に、アーディスカからは規則正しい寝息が聞こえてきた。
「…………」
そりゃそうだ。
今の僕は、10歳児。
つまりは『男』として見られてもいないわけで……まぁ、少し悲しい。
(ま、仕方ないね)
気持ちを切り替え、僕も目を閉じる。
…………。
やはり子供の体力は少なかったのか、僕の意識もすぐに眠りの世界に落ちていった。
◇◇◇◇◇◇◇
「冒険者をやめるだと!?」
翌朝、冒険者ギルドの食堂で、アーディスカの叫びが響き渡った。
その前には、ジャンとリジットの2人がいる。
2人とも顔色が悪くて、
「昨日のことで思い知ったんだ……」
「やっぱり……俺たち、冒険者に向いてないって……」
そうボソボソと呟く。
アーディスカは焦った顔だ。
「だが、今日までの3ヶ月間、上手くやってこれたじゃないか」
2人は顔を伏せる。
「これまでは運が良かっただけだ。それに、この仕事に命を懸けてまでやりたいとは思わない……そう気づいた」
「……俺たちは、田舎に帰るよ」
ガタン ガタン
2人は席を立つ。
「待て。待ってくれ」
「…………」
「…………」
アーディスカが必死に声をかけるが、2人は振り返らない。
そのまま階段を下り、ギルドを出ていってしまった。
(あらら……)
でも、僕には、少し2人の気持ちがわかる気がした。
昨日、2人は死にかけた。
僕がいなければ、本当に死んでいただろう。
結局、2人の命は助かった。
けど、心は折れた。
つまりは、そういうことなんだ。
「…………」
ドスン
立ち上がっていたアーディスカも、椅子へと座り込んだ。
呆然自失の表情。
どうやら彼女は、突然、パーティーが解散し、まさかの1人ぼっちになってしまったようだった。