035・未来の勇者
迷宮攻略から3日が経った。
その間のことは、簡潔に話そう。
まず『レイモンドの町』へと帰ったあと、兄上たち『聖王騎士団』は、そのまま町議会への報告に向かった。
僕、アーディスカ、ニアの3人はそこで別れた。
こちらが報告する義務があるのは、アーディスカの所属する『冒険者ギルド』だったからだ。
「よくやった!」
ギルドに帰ると、初めて会った強面のギルド長に褒められた。
バシバシ
3人とも肩を叩かれ、かなり痛かった。
受付のフラン嬢も「これでギルドの面子も保てたわ」と笑っていた。
(あっそ)
その辺については、個人的に興味ない。
とりあえず『冒険者』たちにも喜ばれ、ついでに、いつものように怪我の治療を頼まれた。
(はいはい)
そんな感じで全員を治してやる。
迷宮で魔力を消費していたけれど、時間経過と共に回復して、これぐらいの余力はあるみたいだった。
「やっぱアオイに回復してもらわねえとな」
と、なぜかみんな笑顔だった。
その日は、それで終わり。
「また明日な、アオイ」
ギルドの前でアーディスカと別れて、僕とニアは孤児院へと帰った。
シスターたちにも無事の帰還を報告。
そのあと、さすがに疲れていたのか、僕とニアは、朝まで寝込んでしまった。
そして翌日。
町議会から『迷宮攻略』の御触書が立てられて、その事実が町民にも知らされた。
みんな、結構、喜んでいた。
魔物災害によって、周辺の村や行商人などが襲われたりしてたそうで、町の経済にも少しずつ影響が出始めていたらしい。
一応、手柄は『聖王騎士団』と『冒険者ギルド』の共闘の結果とされていた。
その日は、1日中のんびりすることにした。
(……まだ、しんどいな)
前日の『迷宮探索』の疲れが残っているみたいだ。
僕は孤児院の庭園にある木の根元に座ったまま、ぼんやりと空を眺めて、ニアは、そんな僕の膝を枕にして、喉をゴロゴロと鳴らしながらくつろいでいた。
…………。
昼頃、アーディスカが様子を見にやって来た。
「大丈夫か、アオイ?」
「うん」
僕は笑った。
アーディスカも少し身体が重そうだった。
そのまま3人でお昼ご飯を食べて、他愛もない話をしてから、夕方、アーディスカは宿へと帰ることになった。
その時に、
「兄上たちは明日、聖王都に帰るそうだ」
と教えられた。
◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、町の門前に、馬に乗った30名の騎士たちが集まっていた。
見物人も大勢いる。
なんたって、彼らは『レイモンドの町』を救った騎士様たちなのだ。
(かっこいいね)
素直にそう思う。
そんな彼らの見送りに、僕とアーディスカとニアの3人も訪れていた。
…………。
アクレリオ兄上は、町の偉い人たちと色々と話しているみたいだった。
感謝だったり、事後処理についてだったり、難しい内容も多い。
(……騎士様も大変だ)
それが終わって、ようやく兄上は、僕らの方へとやって来た。
「お疲れ様」
僕の労いに、兄上は苦笑する。
それから、
「見送りに来てくれてありがとう、アオイ君、アーデ、ニア君」
と微笑んだ。
兄上は、その手を伸ばして、僕の小さな手をギュッと握る。
「アオイ君。君がいなければ、今回の『深青の迷宮』の攻略は成せなかったかもしれない。本当に感謝しているよ」
そう見つめられた。
僕は言った。
「こちらこそ」
彼らの協力がなければ、今回の『勇者の試練』を乗り越えられなかった。
ギブ・アンド・テイク。
おかげで、アーディスカも成長できた。
おまけに『真紅の魔剣』も手に入ったので、こちらとしては万々歳だ。
こっちも笑ってしまう。
兄上は、僕の笑顔を見つめ、
「アオイ君の力については、上にも報告しなければならない。今後、色々と大変になるかもしれないから、気をつけるんだよ?」
そう忠告された。
……と、言われても?
(どうすればいいのか、わからないんだけど)
首をかしげる僕に、兄上は笑った。
「そうだね。しばらくは『冒険者ギルド』に守ってもらうといい。まずは、きちんとした組織の後ろ盾を得ることが大事だよ」
ふ~ん?
僕は頷いた。
兄上は、妹を見る。
「アオイ君のことは、アーデがしっかり守るんだ。頼んだよ?」
「はい、兄上」
アーディスカは、大きく頷く。
その表情には、確かな決意が宿っていた。
兄上は微笑む。
「頼もしくなったね、アーデ」
「…………」
「騎士団を辞めてから、お前のことはずっと心配していた。……だが、もう大丈夫なようだ」
ポン ポン
兄上の手が、妹の頭を軽く叩く。
「見つけた自分の居場所を、ちゃんと大事にするんだよ?」
アーディスカは目を丸くする。
それから「兄上……」と目元を潤ませ、強く頷いた。
兄上も笑って、頷いた。
そのあと、兄上はニアとも短い挨拶を交わして、馬上の人となった。
「兄上っ」
アーディスカが、思わず、といった感じで声をかける。
けど、言葉が続かない。
アーディスカは、口を何度か開閉する。
やがて出てきたのは、
「……どうかお元気で、兄上」
そんなありきたりの言葉だった。
それでも、アクレリオ兄上は嬉しそうに笑って、妹に「あぁ」と応えた。
そして、マントを翻し、前を向く。
それは、すでに騎士の顔だ。
「聖王騎士団、出発する!」
兄上の雄々しい声が、町中に響き渡る。
30名の騎馬たちは、僅かの乱れもなく、一斉に前方へと動きだした。
ガシャ ガシャン
蹄と鎧の鳴る音が響く。
人々は歓声をあげながら、勇壮なる騎士団の旅立ちを祝福した。
アーディスカは、風になびく赤毛の髪を手で押さえながら、その遠くなる背中を見つめている。
「…………」
キュッ
なんとなく、僕は、その手を握った。
アーディスカは前を向いたまま、その指に少しだけ力を込めて握り返してくる。
…………。
こうして『聖王騎士団』はレイモンドの町を去り、僕らには、いつもの日常が戻ってきた。
◇◇◇◇◇◇◇
「はあっ!」
森の樹々の中で、赤毛の髪をなびかせたアーディスカが『真紅の魔剣』を振るう。
ヒュコン
紅い剣閃が走り、体長10メートルもある『ブラッドスネーク』と呼ばれる蛇の魔物の胴体に、深い傷が入った。
鮮血が散る。
『キシャアアッ』
魔物は苦痛の叫びをあげて、巨体をのたうち回らせた。
ここは『深青の森』だ。
兄上たちが去ってから1週間、僕らはいつもように『討伐クエスト』を受けて、この森を訪れていた。
ベキッ バキン
巨体が暴れた拍子に、樹々にぶつかる。
(わっ?)
落ちてきた太い枝たちを、僕は『金属の円形盾』で防いだ。
ガン ゴン
鈍い音と衝撃が響く。
見れば、負傷した『ブラッドスネーク』は、森の奥へと逃げようとしていた。
「逃がすな、ニア!」
僕は叫んだ。
獣人の少女は「はいなのです!」と答えると、霞むような速さで逃走進路の先へと回り込む。
「ふにゃあっ!」
ザキュン
伸ばされた爪が大蛇の鼻っ面をひっかく。
赤い鱗が弾け、ブラッドスネークは、その巨体を大きく仰け反らせた。
『キシャアアッ』
更に進路を変えた先には、アーディスカがいた。
ブラッドスネークは、巨大な牙の生えた口を限界まで開けながら、赤毛の人間へと襲いかかる。
「…………」
アーディスカは、落ち着いてその動きを見ていた。
ガィイン
左手の盾を牙に当て、火花が散る。
突進してきたブラッドスネークの勢いを横に逸らしながら、自らも右に跳躍して、その右手に握った『真紅の魔剣』を勢いよく振り下ろした。
ヒュコン
硬い鱗を斬り裂いて、真紅の刃が太い首を通り抜けた。
首無しの巨体は、その勢いのままに地面の上を滑っていき、やがて、1本の樹にぶつかって止まった。
ズズゥン
重い音が響き、血だまりが広がっていく。
「ふぅ……」
魔物の死を見届けて、アーディスカは息を吐く。
(うん)
どうやら、今回の『討伐クエスト』も無事に終わったみたいだ。
見つめる僕に気づいて、
「やったぞ、アオイ」
彼女は、その紅い剣を掲げながら、嬉しそうな笑顔を輝かせた。
◇◇◇◇◇◇◇
大蛇の魔物を倒した僕らは、帰路についた。
青空の下、草原にある『レイモンドの町』へと続く街道を歩いていく。
その途中、
「強くなったね、アーデ」
僕は、そうアーディスカに話しかけた。
隣を歩いていた彼女は、「え?」と少し驚いたように僕を見る。
僕は笑った。
「今回も、僕は『回復魔法』を使わなかった」
さっき倒した『ブラッドスネーク』は、あれでもDランクの魔物なんだけど、アーディスカはその攻撃を1度も喰らわなかった。
今日だけじゃない。
兄上と別れてから1週間、いくつかの『討伐クエスト』を受けたけど、彼女が無傷で終わることも増えていた。
(きっと成長したんだね)
あの『勇者の試練』を乗り越えて、また1つ、自分の殻を破ったんだ。
それだけじゃない。
実はアーディスカは、これまでのクエスト実績や『迷宮攻略』の功績もあって、先日、『Eランク冒険者』にも昇格していた。
名実共に、実力が認められてきているんだ。
…………。
大した成長力だ。
やはり、これが『勇者候補』ってことかな?
(……いや)
僕は、心の中で首を振る。
これは、アーディスカという1人の人間の努力と勇気の賜物だろう。
時々、思うんだ。
僕の『回復魔法』でアーディスカの傷は治せる。
だから彼女は、何度、倒れても立ち上がり、強敵たちを倒してこれた。
けど、痛みはある。
肉を裂かれ、骨を砕かれ、雷に打たれ、炎に焼かれ、毒に侵され、その激痛の恐怖をアーディスカは味わってきたんだ。
それでも、彼女は戦う。
その恐怖を乗り越えて、立ち上がる勇気を持っていた。
心の強さ。
アーディスカのそれには、僕は尊敬の念を抱いている。
勇者候補だからじゃない。
むしろ、そんな彼女だからこそ、未来の『勇者』に選ばれたんだ。
僕は言う。
「アーデは凄いよ」
心の底から、そう思った。
アーディスカは、唐突にそんなことを言い出した僕を見つめて、目を瞬いていた。
それから、彼女は笑った。
「ありがとう、アオイ」
そう言いながら、僕の頭を撫でてくる。
クシャクシャ
そうしながら、
「けれど、もし私が強くなったとするならば、それはアオイがいるからだ。アオイがいてくれるから、私は安心して戦える」
そう言った。
(……アーデ)
僕は、彼女を見つめた。
アーディスカは、少し照れ臭そうにはにかみ、
「アオイは、私の心の支えだ」
コツン
その額を、僕のおでこへと押し付けてくる。
甘い匂いがした。
唐突なことに驚いていると、後ろを歩いていたニアが怒ったように飛びかかってきた。
「う~っ! 2人で話してないで、ニアも混ぜるなのです!」
ガバッ
(わっ?)
思わずバランスを崩し、アーディスカが慌てて支えてくれた。
3人とも顔が近い。
至近距離で、金色の瞳と目が合った。
「…………」
「…………」
お互いに驚いた顔をしていて、それから僕らは、一緒になって笑ってしまった。
笑い声が、青空に吸い込まれていく。
…………。
やがて、笑いが収まると、アーディスカは微笑んだ。
その手を伸ばしてきて、
「これからもよろしくな、アオイ」
「うん」
僕は頷き、その手を握った。
…………。
…………。
…………。
彼女の名は、アーディスカ・グリント。
この赤毛の女剣士が、将来、世界を救う『勇者』となるまで、僕は彼女と一緒にいるつもりだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
これにてアオイとアーディスカの物語は一旦、幕となります。
続きについては、もしかしたらまた書くかもしれませんが、現時点ではこれで完結という事でどうかご了承下さいね。
少しでも皆さんに楽しんでもらえたのなら幸いです。最後までお付き合い下さり、皆さん、本当にありがとうございました!
あ、もしよろしければ、★による評価なども、ぜひよろしくお願いしますね♪
それと作者の別作品ですが『少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~』(https://ncode.syosetu.com/n2270et/)という作品は、現在も連載中です。もし気が向かれましたら、こちらもぜひ読んでみて下さいね~!




