033・魔人(アーディスカ視点)
(……生きているのだな、私は)
ぼんやりした意識の中で、私は、その現実を感じていた。
右肩に触れる。
ここから、あの巨人の戦斧が私を斬り裂き、体内を通り抜けていった感触を覚えている。
けれど、同時に温かな力も感じた。
(――アオイの力だ)
これまでに何度も味わってきた優しい熱だ。
それが死へと向かうはずの私を助け、こうして今、自らの生命を感じさせてくれていた。
「あぁ……」
私は、あの子にどれほど助けられたのだろう?
その想いが胸を焼く。
思わず、瞳を閉じて、その感情に身を浸していた――その時だ。
「アオイ様!?」
ニアの悲鳴のような声が聞こえた。
見れば、彼女の腕の中で、アオイの小さな身体が崩れ落ちていく姿があった。
「アオイ!?」
心臓が跳ねた。
気がつけば、私は巨人の死体から飛び降り、アオイの元に駆けつけていた。
「はぁ、はぁ」
床に座り込み、アオイは呼吸を荒げていた。
顔色が白い。
い、いったい何が……?
困惑していると、
「これは魔力切れだね」
いつの間にやって来たのか、隣にいたアクレリオ兄上がそう言った。
魔力切れ?
……アオイが?
私の視線に、兄上は苦笑する。
「彼がしたのは、33人の人間に毎秒、『回復魔法』をかけ続けるような離れ業だ。さすがのアオイ君にも負担だったんだろう」
そう……か。
アオイにも限界があったんだな。
今まで、そのような姿を見ていなかったから、そんなことを考えもしなかった。
(……アオイ)
その小さな手に触れる。
キュッ
すると、アオイの小さな指が私の手を握り返してきた。
驚く私に、
「……凄かったよ、アーデ」
アオイは微笑んだ。
苦しそうな息の中、そう私のことを誉めてくれた。
アオイ……っ。
泣きそうな気持になりながら、私も笑う。
「アオイのおかげだ。アオイがいてくれたから、私は勇気が出せた。あの巨人を倒せたんだ」
それは正直な気持ちだ。
アオイを守る――そう思った時、私は、自分の内側から不思議と力が湧いてくるのを感じた。
だからこそ、私の未熟な剣でもあの巨人を倒せたんだ。
「…………」
アオイは瞳を細めて、私を見つめてくる。
兄上は、そんな私たちを眺めて、
「2人とも、よくやったよ」
ポン ポン
まるで労わるように、私たちの背中を優しく叩く。
私とアオイは、驚いたように互いの顔を見つめ、それから、また一緒になって笑ってしまったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「少しアオイ君とここで休んでいるといい」
兄上はそう言うと、自分のマントを私の身体へと被せて、他の聖王騎士たちの方へと行ってしまった。
巨人は倒したが、迷宮を攻略したわけじゃない。
迷宮の『魔核』を探しに、兄上たちは広間の探索を行うようだ。
(兄上……)
もらったマントを、キュッと握る。
そして、思い出した。
私はあられもない格好だった。
あの巨人に斬られたことで、鎧が壊れ、服も破れてしまったんだ。
上半身は、ほぼ裸だった。
(ア、アオイにも見られてしまったか?)
気づき、羞恥で頬が熱くなる。
いやいや、アオイはまだ子供だろう? 何を気にしているんだ、アーディスカ?
マントで身体を隠しながら、自身の感情に戸惑う。
そうしていると、
「……ごめんなさい、アオイ様」
不意に、ニアが謝罪を口にした。
え?
アオイも驚いたように、ニアを見ている。
座っているアオイの背中を支えながら、ニアは涙ぐんでいた。
「アオイ様を守ると誓っていたはずなのに……いざとなったら、ニアは何も……何もできませんでした……っ」
ポロポロ
大粒の涙が頬を伝う。
(……ニア)
私は何も言えなくなる。
そんな少女の頬に、アオイの小さな手が触れた。
「ニアは、ずっと僕に警告してくれてたじゃないか」
アオイは微笑んだ。
「今回は、退けない理由があったけど、いつもだったら、その能力は僕らを守る大切な力になる」
「…………」
「だから、これからも僕のそばにいてね、ニア」
その小さな手が、ニアの髪を優しく撫でる。
アオイ……。
ニアは、鼻水をすすり、
「アオイ様ぁ~っ!」
感極まったように、小さな少年の身体に抱きついていた。
少し苦しそうなアオイ。
けど、彼は、そんなニアを振りほどくこともなく、その少女の背中をポンポンと優しく叩いていた。
◇◇◇◇◇◇◇
5分ほど休むと、アオイの顔色も良くなった。
「アクレリオたちを手伝おう」
アオイがそう提案して、私とニアも頷いた。
ただアオイに無理はさせたくないので、この子の身体は、ニアが背負って歩くことになった。
アオイは遠慮してたけど、
「ニアだって、アオイ様のお役に立ちたいなのです。駄目ですか、アオイ様?」
との少女の願いに、アオイも折れた。
(優しいな、2人とも)
私は、この子たちに見えないように笑ってしまったよ。
そうして私たちも、歩きだした。
29名の聖王騎士たちは、ランタンを片手に広間中に散らばって、あちこちを探索している。
兄上は、巨人のそばにいた。
「兄上」
私は声をかける。
気づいたアクレリオ兄上は、アオイに気づいて「もう大丈夫かい?」と声をかけてくれた。
アオイは頷く。
それから、
「アクレリオ、ここで何をしてるの?」
と首をかしげた。
アクレリオ兄上は1人探索に加わらず、この巨人の死体を眺めていたんだ。
「少し、この巨人が気になってね」
と兄上。
この巨人が……?
「まだ若い『深青の迷宮』に、こんな凶悪な魔物がいるなんて不自然なんだ。それに、この巨人のような魔物は、今まで見たことがない」
そう告げる兄上の目は、鋭く細められている。
強い危機感。
その表情と声から、それが伝わってきた。
思わず、私たちは、横たわる『3つ眼の巨人』の死体を見つめてしまった。
アクレリオ兄上は呟く。
「もしかしたら……これは『魔人』かもしれない」
魔人?
私は驚いた。
アオイが「魔人?」と首をかしげる。
どうやらアオイは知らないらしい。
「伝承にある魔物の名だ。大昔、この世界には『魔王』と呼ばれる恐ろしい存在がいてな。その配下となる魔物が『魔人』と呼ばれていたんだ」
私は、そう教えてやった。
アオイは沈黙する。
その瞳が『3つ眼の巨人』の死体を見つめ、やがて「ふ~ん」と頷いた。
兄上は肩をすくめて、
「確証はないけどね。けど、この巨人の強さは伝承にある『魔人』みたいだったなと思ってさ」
と苦笑した。
まぁ、確かに恐ろしい相手だった。
『もう1度、勝て!』と言われても、できる自信は正直ない。
兄上は息を吐く。
「ここで、さぼっているわけにもいかないな。俺も向こうを探してくるよ」
そう言って、広間の奥へと行ってしまった。
それを見送る。
残されたのは、私とアオイとニアの3人だけだ。
そして隣には、体長7メーガンはある30名の『聖王騎士団』を壊滅寸前まで追い込んだ怪物の死体がある。
魔人……か。
もしそれが本当なら、この世界に『魔王』も復活するのだろうか?
…………。
ははっ、馬鹿らしい。
(そんなことになったら、きっと世界は終わりだな)
たった1体の『魔人』でさえこの強さなら、それを従える『魔王』に勝てる人間なんて、この世に存在しないだろう。
自身の妄想に、私は苦笑してしまった。
…………。
それから私たち3人も『魔核』の探索に加わろうと思って、歩きだそうとした。
その時だ。
「あれ?」
不意にアオイが呟いた。
ん?
振り返ると、ニアに背負われたまま、アオイは『3つ眼の巨人』の死体を指差していた。
そして、言った。
「あそこに、何かあるよ」




