032・片鱗
(ぐ……っ?)
新しい『回復魔法』を発動した途端、身体から急激に『何か』が抜けていくのを感じた。
初めての感覚。
もしかして、これが『魔力』か?
僕が使ったのは、それほど強烈な負荷のかかる大魔法だったのかもしれない。
そして、僕の小さな両手の先、頭上5メートルほどの上空には、小さな『光球』が浮かんでいた。
パアアア……ッ
まるで小型の太陽のような輝き。
そこから放たれる美しい回復光は、薄暗い広間を照らし、そこにいる全ての人々へと降り注いでいた。
シュオオッ
瘴気にやられた僕の傷が治る。
同じように、アーディスカ、ニア、兄上、聖王騎士たちの負傷も回復していった。
「こ、これは?」
「痛みが……消えたぞ?」
騎士たちは驚いた顔だ。
兄上も、自分の治った手足を見つめ、目を丸くしている。
「アオイ……」
アーディスカは、抱きかかえていた僕の顔を見つめて、呆然としたままその名を呼んだ。
ニアも驚きながら、立ち上がる。
「ア、アオイ様」
尊敬の眼差しで僕を見つめ、声を震わせた。
僕は笑った。
僕が使ったのは、全体への継続系『回復魔法』だ。
向こうが全体への継続系ダメージを仕掛けてくるのなら、それ以上の速度で、全体を回復し続ければいい。
(ちと苦しいけど……)
でも、それだけの価値はあった。
あの『癒しの太陽』に照らされている限り、『瘴気』の中でもダメージは受けない。
いや……?
気のせいか、回復光に照らされた『瘴気』が薄くなっている気がした。
(うん、気のせいじゃないぞ)
広間全体に広がっていた紫色の煙が、徐々に消えている。
回復光と瘴気。
対極の力を持つもの同士がぶつかり合うと、より強い方によって、もう片方は打ち消されてしまうのかもしれない。
これは嬉しい誤算だ!
この現象に『3つ眼の巨人』も唖然となっていた。
「アクレリオ!」
僕は叫んだ。
目が合った兄上は、即、頷いた。
「彼が作ったチャンスを無駄にするな! ここで必ず奴を仕留める! 総員、突撃!」
『おおおおっ!』
29名の聖王騎士たちも雄叫びをあげた。
全員が決死の覚悟を持って、『3つ眼の巨人』へと走っていく。
(……頼むぞ)
正直、消耗がきつい。
けれど、発動を止めたら、今度こそ『瘴気』によって全員が死ぬだろう。
この『癒しの太陽』が消えるのが先か、あの『3つ眼の巨人』が倒されるのが先か、ここからは時間との勝負だった。
◇◇◇◇◇◇◇
アーディスカに支えられながら、必死に『癒しの太陽』を維持する。
はぁ、はぁ。
時々、意識が飛びそうになるけれど、彼女の温もりや、ニアの腰に縋りついている感触が意識を保たせてくれた。
ガシュッ ギィン
30名の『聖王騎士団』と『3つ眼の巨人』の戦いが続く。
巨人の攻撃で、騎士たちは何度も吹き飛ばされているけれど、『癒しの太陽』の光によって、即座に回復している。
いや、それだけじゃない。
もう1つ、嬉しい誤算があった。
「はっ!」
ガシュッ
騎士の1人の剣が、巨人の薄紫色の皮膚を裂く。
剣は弾かれることなく、傷を与え、そこから濃い紫色の血液が噴き出した。
(やっぱりか)
巨人に攻撃が通じている。
これまで鋼のように攻撃を弾いていた巨人の皮膚の色が薄くなっていた。
あの防御力も、もしかしたら瘴気の影響だったのかもしれない。
そして『癒しの太陽』の回復光が当たったことによって、巨人の皮膚から『瘴気』が消え、鋼の防御力がなくなってしまったようなのだ。
(いいね、いいね)
僕は、心の中でほくそ笑んだ。
騎士たちの攻撃によって、『3つ眼の巨人』は血だるまになっていく。
いける。
このまま押し切れば、僕らの勝ちだ!
誰もがそう思ったと思う。
当然、巨人だってそう思っただろう。
だから、巨人の残された2つの眼球は、この状況を生み出している存在――つまり『僕』をギラリと見つめた。
「!」
強い殺意。
自らの生存をかけた強烈な意思がぶつけられ、
『ゴガァアアッ!』
巨人は咆哮すると、全力でこちらへと駆けだした。
(うわっ!?)
まずい。
ここで逃げれば『癒しの太陽』が維持できない。
「いかん! 全員、アオイ君を守れ! 絶対に奴を近づけさせるな!」
兄上が叫ぶ。
聖王騎士たちも、即座に巨人の進路に割り込んでくれる。
ゴギャアン ドゴォン
けれど、『3つ眼の巨人』は騎士たちを吹き飛ばし、その足を止めなかった。
奴も必死だ。
騎士たちは何度も剣を突き立て、鮮血が噴いている。
けど、止まらない。
地響きを立てて、悪鬼の形相を浮かべた巨人は、ただ僕1人だけに狙いを定めて襲いかかってくる。
ガキィン
また騎士たちが吹き飛ぶ。
最後に、アクレリオ兄上が立ち塞がった。
「やっ!」
ザキュン
兄上の剣は、巨人の左腕を斬り落とした。
けれど同時に、右腕の『巨大な戦斧』が振り抜かれて、兄上の身体を弾き飛ばしてしまう。
「くっ」
辛うじて、盾で防いだ。
けれど、巨人の進路はガラ空きだ。
もはや、僕の所まで、遮るものは誰1人いない。
ズシン ズシン
恐ろしい巨人が迫ってくる。
「ふにぃい……っ!」
ニアは、恐怖に尻尾を膨らませながら、けれど僕のそばを離れない。
涙目で巨人を睨んでいる。
それでも、その絶望の姿は、止まることなく近づいてくる。
(……これまでか?)
僕は、悔しさに歯を噛み締めた。
その時、
「ニア、私に代わって、アオイを支えてくれ」
アーディスカが呟いた。
◇◇◇◇◇◇◇
彼女の腕が離れて、触れ合う温もりが消えていった。
グラッ
支えを失った僕は、一瞬、倒れそうになる。
すぐに慌てて、ニアが「アオイ様!」と抱きつき、僕が倒れないように支えてくれた。
(アーデ?)
彼女は、僕に背を向けていた。
長く豊かな赤毛の髪が、その背中で緩やかになびいている。
ガラン
彼女は、左手の盾を捨てた。
剣を鞘から抜き、両手でしっかりと握り締める。
「安心しろ、アオイ。奴には、ここまで来させない。お前に指1本だって触れさせない」
静かな声。
けれど、強い覚悟の滲んだ美しい声だ。
ゾクッ
なぜかわからない。
けれど、それを聞いた瞬間、とてつもない不安に襲われた。
「アーデ」
僕は、不安を振り払うように名を呼んだ。
彼女は、かすかに振り返る。
綺麗な赤毛の長い髪の奥で、アーディスカは微笑んでいた。
(まずい)
そう直感する。
それは、死を賭して何かを成そうとする殉教者の顔だった。
綺麗な金色の瞳。
それが僕を見つめ、そして、前を向く。
「アオイは、私が守る!」
そう宣言すると、アーディスカは剣を構えたまま、『3つ眼の巨人』へと突っ込んでいった。
相打ち覚悟。
彼女は、自分の命と引き換えにしてでも、巨人を止めるつもりなのだ。
駄目だ。
そんなの駄目だ。
「アーデっ!」
僕は叫んだ。
それでも彼女は止まらない。
赤毛の長い髪をなびかせて、圧倒的な強者である『3つ眼の巨人』へと真っ正面から挑んでいった。
ニアが、兄上が、騎士たちが、全員がそれを見た。
赤毛の剣士が走る。
巨人は、その右手の『巨大な戦斧』を振り被り、それを霞むような速さで振り下ろした。
キュドン
それは狙い違わず、アーデの右肩に食い込む。
(――――)
その瞬間、僕は、そちらに右手を突き出した。
左腕1本で『癒しの太陽』を維持させながら、頭が割れそうな痛みの中で、絶叫する。
「癒しの光!」
ピカッ
足元に更なる魔法陣が生まれ、右腕に3~4本の光のラインが追加される。
小さな右手から美しい回復光が放たれた。
それがアーディスカを照らしたのと、その肉体が袈裟切りに切断されたのは、全くの同時だった。
ドゴォオン
アーディスカを貫通した戦斧が、石床を破壊する。
そして、アーディスカは、
「やぁあああ!」
ガシュッ
その両手の剣を渾身の力で振るって、巨人の首の3分の1を斬り裂いた。
…………。
…………。
…………。
意識が明滅している。
無茶をしたせいか、数秒間、意識が途切れてしまったみたいだ。
「アオイ様……」
ニアが泣きながら、僕を抱きかかえていた。
視線を巡らせる。
あの『3つ眼の巨人』は、広間の床に、大の字になって倒れていた。
首が千切れかかり、そこから大量の血液が床に広がっていた。
「…………」
その巨人の上に、赤毛をなびかせる女剣士が立っていた。
鎧が砕け、服が裂けている。
間違いなく袈裟切りにされながら、けれど同時に『回復魔法』を受けたことで即死せずに助かったのだ。
あぁ……よかった。
その横顔は、美しい。
死の運命を跳ね除けて、恐るべき無敵の巨人を倒してみせた。
その姿に、僕だけでなく、その場の皆が魅入られていた。
(……あぁ、そうか)
僕は理解する。
彼女は、アーディスカ・グリント。
これまではどこか現実感がなかったけれど、今初めて実感する――彼女こそは、将来、この世界を救う本物の『勇者』なのだと。
ご覧いただき、ありがとうございました。
残すところ、あと3話です。
もしよかったら、皆さん、どうか最後まで見届けてやって下さいね。
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