031・番人
重そうな金属製の扉が、鈍く軋む音を響かせながら開いていく。
ギギギ……ッ
奥の冷たい空気が流れてくる。
やがて、解放された巨大扉を抜けて、僕らと30名の『聖王騎士団』はその中へと入っていった。
「……広間だ」
そこにあったのは、薄暗い空間の広がりだ。
石畳の床からは、所々に石柱が生えていて、その頂上には青白い炎が燃えており、この広間を青く染めていた。
中には、倒れた石柱もある。
なんだか、重苦しい雰囲気だ。
アクレリオ兄上を先頭にして、騎士団と共に、慎重に奥へと歩いていく。
(ん?)
広間の中央に、大きな影が見えた。
皆の足が止まる。
そこにいたのは、紫色の肌をした巨人だった。
床の上に、膝を抱えてうずくまっている。
(あれは魔物?)
僕は首をかしげる。
「どうやら、この『迷宮の魔核』を守るための番人みたいだね」
シュラン
そう言いながら、兄上が剣を抜いた。
他の29名の騎士たちも、同じように剣を抜き放つ。
すると、その気配に反応したように、紫色の巨人がその肉体を動かし始めた。
ズズゥン
重い足音を響かせ、立ち上がる。
でっかい。
体長7メートルはありそうだ。
紫色の肌をした肉体は、筋骨隆々で、ボロ布のようなものをまとっていた。
長めの髪は乱れ、汚れている。
その厳つい風貌には、3つの眼球があり、それは血のように赤い輝きを灯していた。
ブルブル
僕の手を強く握って、ニアが震えている。
「だ、駄目なのです! アイツはまずいのです、本当にまずいなのです!」
顔色が真っ青だ。
(ニア?)
あの巨人は、ニアがここまで怯えるほど危険な魔物なのか?
アーディスカも、この獣人の少女の反応には、困惑したような顔をしている。
「皆、行くぞ!」
『おぉおおっ!』
兄上の号令と共に、30名の『聖王騎士』たちが走った。
ズゥン
それに応じるように『3つ眼の巨人』は、そちらに1歩、巨大な足を踏み込んだ。
メキキッ
その腕が変形し、何かが生えてくる。
(――斧だ)
両方に刃のある『巨大な戦斧』が生えてきて、その大きな手が戦斧の柄をギシッと握った。
3つ眼が光る。
アクレリオ兄上が何かに気づいた顔をした。
「避けろ!」
そう叫びながら、横に跳ぶ。
同時に、足元の床石を踏み砕きながら、『3つ眼の巨人』は前方へと『巨大な戦斧』を振り回した。
ボバァアン
(!?)
その攻撃は、僕には見えなかった。
気がついたら、床石が砕け散り、4~5人の騎士たちが空中を舞っていた。
ゴギャアン
鎧の金属音を響かせ、落下する。
…………。
いったい、どれほどの威力だったのか、床に倒れた騎士たちの手足が、あらぬ方向へと折れ曲がっていた。
「ぐは……っ」
内臓をやられたのか、血を吐く者もいる。
アーディスカは、目を見開いた。
ニアは、僕の腕を痛いぐらいに握り締めて、ブルブルと震えている。
僕は、その手を引き剥がし、
「癒しの光!」
ピカッ ピカッ
即座に、石床に倒れている騎士の一団へと『回復魔法』を放った。
傷が塞がる。
折れた手足が戻る
回復した騎士たちは、すぐさま立ち上がった。
アクレリオ兄上は、感謝の視線をこちらへと送り、すぐに『3つ眼の巨人』を睨みつける。
「全員、距離を取れ! コイツは、並の魔物じゃない!」
そう指示を出す。
騎士たちは、素早く隊列を組みながら、10メートルほどの距離で対峙した。
ガシャシャン
騎士たちの表情に、緊張感が漲っている。
張り詰めた空気が、広間に満ちていく。
その『3つ眼の巨人』は、相対している『聖王騎士団』を真っ赤な眼光で睨みつけながら、雄々しく吠えた。
『ゴガァアアアアッ!』
禍々しい咆哮。
肌が泡立ち、恐怖が湧き上がる。
そんな僕の目の前で、『3つ眼の巨人』は戦斧を構え、30名の騎士団へと襲いかかった。
◇◇◇◇◇◇◇
彼ら『聖王騎士』は、1人1人がBランク相当の実力者だ。
現時点では、誰もがアーディスカより強い。
それが30人。
だというのに、今、僕の目の前では、その戦力が『3つ眼の巨人』によって蹂躙される光景が広がっていた。
『ゴガァア!』
雄叫びと共に、戦斧が振るわれる。
ドゴォン
直後に床石が砕け散り、3人の騎士たちが吹き飛ばされた。
…………。
まるで大人と子供だ。
そう思いながら、僕は『回復魔法』で彼らを治していく。
「すまない!」
「助かった!」
回復した彼らは、すぐに『3つ眼の巨人』に挑んでいく。
けれど、その間にも、別の騎士たちが負傷して、僕は休む間もなく、そちらにも『回復魔法』を放つことになった。
(僕がいなかったら、全滅してるぞ)
そう思う。
ぶっちゃけ、騎士団の中でもまともに戦えているのは、アクレリオ兄上だけだ。
兄上1人だけ動きが違う。
霞むような速さの戦斧をかわして、巨人へと斬りかかっていく。
『ガァア!』
巨人の3つ眼は、兄上を追いかける。
他の騎士たちは、兄上が戦い易いように牽制に努めたり、足止めしようとしたりしていた。
けれど、
ガッ ギィン
巨人の紫色の肌は、まるで鋼でできているように騎士たちの剣を弾いてしまう。
「……なんて化け物だ」
アーディスカが呻くように言う。
彼女の実力では、もはや戦闘に参加もできない。
ニアに至っては、すっかり怯えてしまって、戦うどころではなくなってしまっていた。
…………。
これが『勇者の試練』だとしたら、今のアーディスカには無理じゃないかな?
あの巨人には、さすがに勝てない。
攻撃力、防御力、どちらも桁が違いすぎる。
いくら『回復魔法』があっても、即死されてしまえば、それまでなんだ。
(どうする?)
僕は『逃げる』ことも選択肢に入れ始めた。
その時だった。
アクレリオ兄上が決死の表情で、巨人へと肉薄する。
『ガアッ!』
戦斧が振り下ろされる。
兄上は、それを神業のように回避して、跳躍した。
タン タタン
弾けた床の瓦礫を蹴り、空中を駆けあがって、巨大な顔面の前へと辿り着いていた。
(おっ?)
見開かれる3つの眼球。
その1つに、アクレリオ兄上の剣が吸い込まれるように突き刺さった。
ドシュッ
『ギャアア!?』
巨人が悲鳴をあげた。
騎士たちの剣を弾く皮膚も、眼球までは違ったようだ。
「兄上!」
アーディスカも歓喜の表情だ。
巨人は、汚れた髪を振り乱し、抉られた目を押さえながら、後方へと後退る。
チャンスだ!
兄上も、他の騎士たちも、ここが好機と見て、全員が総攻撃を仕掛けようとした。
剣を構え、巨人に迫る。
次の瞬間、憤怒の表情を浮かべた巨人の口から『紫色の煙』が大量に吐き出された。
ボシュウウウ……ッ
(!?)
それは広間の床へと広がって、騎士たちの足元にも到達した。
「がっ?」
「ぐおおっ!?」
途端、騎士たちが次々と転倒した。
え?
アクレリオ兄上も苦悶の表情で、口元を押さえながら片膝をついている。
(なんだ?)
何が起きた?
アーディスカと共に呆然としてしまう。
そんな僕やアーディスカ、ニアの足元にも『紫色の煙』が広がってくる。
それが足に触れた。
ジュオッ
(熱っ!?)
その熱さが痛みだとは、遅れて気づいた。
見れば、煙の触れた皮膚が焼け爛れ、血を吹きながら、赤く腫れあがってしまっている。
なんだ、これは?
アーディスカが苦しそうに胸を押さえ、
「これは『瘴気』か!?」
と、驚いたように言った。
(瘴気?)
よくはわからない。
けれど、人体に良くないものなのはわかった。
「癒しの光」
ピカッ
自分の足へと『回復魔法』を使う。
すぐに負傷していた足は治った――けれど、次の瞬間には、再び激痛が走って、足が焼け爛れていく。
くそ、駄目か。
どうやら継続ダメージ系の攻撃みたいだ。
(吸ったら、内臓もやられる)
けど、足の痛みが強すぎて、立っているのも難しかった。
「うう……」
ニアが呻きながら、倒れた。
(ニア!)
彼女を支えたかった。
けど、僕の足も限界に近い。
(……駄目だ、倒れる)
倒れて、気管もやられたら『回復魔法』も詠唱できない。
ここまでか?
諦めが脳裏をよぎった時、アーディスカの両腕が僕の小さな身体を抱きあげた。
え?
「アーデ!?」
代わりに、彼女は膝をついている。
瘴気を吸ってしまったのか、口の端から血がこぼれていた。
「大丈夫だ、アオイ」
彼女は笑った。
「お前のことは、私が守ると言っただろう?」
ギュッ
そう言いながら、腕に力を込めてくる。
アーディスカの身体は、足元から焼け爛れて、床に血だまりが広がっていた。
(……アーデ)
彼女は、少しだけ悲しげに微笑み、
「すまないな……アオイ……」
と謝罪した。
どちらにしても、このまま2人とも死ぬことがわかっているのだ。
それでもアーディスカは、最後まで僕を守ろうとしてくれていた。
…………。
僕は、視線をあげる。
アクレリオ兄上も、29人の聖王騎士たちも、もはや立てなくなっていた。
いくら『回復魔法』を使っても、間に合わない。
治した途端、また負傷していくのだ。
そして、それを33人分、どれほど連続で使っても追いつかず、いつか死人が出る。
(どうすればいい?)
全体への継続系ダメージ。
これに対抗するには……あぁ、そうか。
気づいた。
その方法を思いつき、そのための力の使い方が頭の中に浮かび上がってくる。
「アオイ……様……」
ニアが力なく、僕を呼ぶ。
時間がない。
(……本当にできるのか?)
いや、やるしかないんだ。
覚悟を決める。
「……アオ……イ」
アーディスカはうなだれながら、けれど、その両腕で必死に僕を支え続けた。
僕は微笑む。
小さな手で、赤毛の柔らかな髪を撫でた。
…………。
その両手を、頭上に掲げる。
ポウッ
足元に、光る魔法陣が3重に広がった。
小さな両腕には、10本もの光のラインが走り抜け、手のひらに強い輝きが集まっていく。
僕は、大きく息を吸い、
「――癒しの太陽」
その新しい『回復魔法』の名前を口にした。




