028・深青の迷宮
「見つけたぞ」
森の中を先頭で進んでいたアクレリオ兄上が唐突に告げて、馬の足を止めた。
深層部に入ってから、1時間ほど。
僕らがいるのは、森の樹々が途切れた空間で、その前方の窪地に直径3メートルほどの『漆黒の球体』があった。
(なんだ、あれ?)
見たことのない物体に、僕は目を丸くする。
その球体は、表面が揺らいでいて、小さな黒い太陽みたいな感じだった。
「あれが『迷宮』だ」
と、アーディスカが教えてくれた。
あれが?
思っていたのと何か違うぞ……。
「正確に言うならば、『迷宮の入り口』だな。あの内部は別空間になっているんだ。そして、その最奥に、その構造体を形成する『魔核』が存在している」
ふ~ん?
ニアは、その可愛らしい鼻をヒクヒクさせて、なんだか嫌そうな顔をした。
兄上の指示で、騎士全員が馬から降りた。
ガシャ ガシャン
他の騎士が周辺を警戒する中、兄上が『漆黒の球体』に近づいていく。
「やはり、まだ若いな」
そう呟いた。
それから兄上は、僕ら3人を振り返る。
「じゃあ、これから『迷宮』に侵入するよ。アオイ君、ニア君、アーデ、心の準備はいいかな?」
口調は柔らかい。
けど、その瞳は真剣だ。
(それだけ危険ってことだろうね)
僕は頷いた。
「うん」
今更、引き返すなんて選択肢は存在しない。
アーディスカも緊張した面持ちで、けれど、しっかりと頷いていた。
ニアは、
「アオイ様が行くなら、ニアも行くなのです」
と、いつものように言う。
そんな僕ら3人を、アクレリオ兄上は確かめるように見つめ、そして頷いた。
彼は、聖王騎士たちを振り向く。
「よし! それでは『深青の迷宮』の攻略を開始する!」
◇◇◇◇◇◇◇
まずアクレリオ兄上を始めとした騎士5名が『漆黒の球体』へと向かった。
その身体が球面に触れる。
ジジッ
(お?)
黒い球面に触れた部分から、兄上たちの姿が消えていった。
ガチャ ガチャ
鎧の音を響かせ、騎士たちは隊列を組みながら、次々の『漆黒の球体』の中に入っていく。
やがて、僕らの番だ。
「さぁ行くぞ、アオイ」
「うん」
アーディスカに促され、彼女と一緒に歩きだした。
ニアもついて来る。
……少しドキドキするな。
近づく黒い球面に手を伸ばして、触れてみた。
ジジッ
感触はなく、指が中に潜っている。
手を引けば、指も戻った。
(なるほど)
納得しながら、今度は、身体ごと黒い球面に入っていく。
ジジッ
視界が黒一色になる。
けど、それは一瞬で、次の瞬間には薄暗い廊下のような空間が視界いっぱいに広がった。
そこには、先に入ったアクレリオ兄上や騎士たちもいる。
隣には、アーディスカ。
後ろには、僕の服の裾を指で摘まんでいるニアも続いていた。
(無事、迷宮に入れたか)
そう理解する。
やがて、30名の聖王騎士全員が『深青の迷宮』へと集合したのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
(ふ~ん?)
周囲を見回していく。
僕らがいる廊下は石造りで、30人の人間が集まれるほどに広く、また天井も20~30メートルはありそうなほど高かった。
無数の柱が、ずっと先まで並んでいる。
奥の方は、暗くて見えない。
振り返れば、廊下のど真ん中に『漆黒の球体』が浮かんでいた。
…………。
これは地上と迷宮を繋ぐ『転移装置』なのかな?
それにしても廊下の大きさを見た限り、この『深青の迷宮』というのは相当な規模がありそうだと思えた。
(攻略、大変そうだな)
そう思った。
けど、アクレリオ兄上曰く、
「この迷宮は、まだ若いから小さい方だよ」
とのことだ。
放置された『迷宮』は、どんどんと成長する。
何百年も育ってしまった『迷宮』などは、100階層以上の『巨大迷宮』にもなってしまうそうだ。
(とんでもないな)
だからこそ、『迷宮』は早めに対処するのが望ましいらしい。
なるほどね。
その脅威を、また少し実感する。
やがて、アクレリオ兄上の指示で隊列を組んで、僕らは移動を開始した。
…………。
…………。
…………。
僕の隣は、アーディスカが歩いていた。
「…………」
でも、表情が硬い。
危険な迷宮内部を歩くことに緊張しているのだろうか?
(……ふむ)
僕は手を伸ばして、アーディスカの手を握った。
キュッ
「!」
アーディスカは驚き、こちらを見る。
僕は笑ってみせた。
彼女は目を瞠り、それから大きく息を吐いて微笑んだ。
「ありがとう、アオイ」
その指に力がこもる。
そして、
「大丈夫だ。何があっても、アオイのことは、私が必ず守ってやるからな」
そう言ってくれる。
まるで自分を鼓舞するような言葉だった。
(うん、頼りにしてるよ)
僕は頷いた。
そんな僕ら2人に、後ろにいたニアが「ふぬ~っ」と唸った。
「アオイ様を守るのは、ニアの役目なのです!」
そう怒る。
その様子に、僕とアーディスカはつい顔を見合わせ、笑ってしまった。
◇◇◇◇◇◇◇
僕らは『深青の迷宮』の内部を進んでいく。
廊下は長く、迷路のように分岐していて、途中には広間だったり、坂道などがあったりした。
(広いな)
兄上は、分岐のたびに地図を確認している。
これまでの『冒険者』たちの探索で作られた地図で、3階層までは道がわかっているのだ。
そうして、廊下を歩む。
…………。
空気が淀んでいた。
外の森も魔素が濃くて重苦しい感じだったけど、迷宮内部は、もっと濁っている感じだった。
(う~む)
意外としんどいね。
精神的なものなのかな?
アーディスカとは、ずっと手を繋いでいた。
「…………」
張り詰めた様子は変わらないけれど、その表情には、やり遂げるのだという意思を感じる。
(いい顔だ)
僕は、心の中でこっそり微笑んだ。
その時だった。
グイッ
僕の服の裾が、後ろ側に引っ張られた。
お?
振り返れば、ニアが険しい表情をして、前方の廊下の闇を睨んでいた。
「何かいるなのです!」
警戒の声。
それを受けて、アクレリオ兄上は片手を上げ、騎士たちの足を止めた。
…………。
闇の奥で何かが動いた。
1つじゃない。
2つ、3つ……いや、もっとたくさんだ。
やがて、騎士団の持つランタンの灯りに映し出されたのは、体長2メートルはある筋骨隆々の人型の魔物だった。
額からは角が伸び、長く鋭い牙が生えている。
「オークだ」
アーディスカが緊張した声で呟いた。
確か、Cランクの魔物。
皮の鎧を身にまとい、金属の剣や斧、木製の棍棒などを装備している。
その数、およそ40体。
『ピギィイイイッ!』
先頭のオークが叫び、魔物の群れは、僕らへと一斉に襲いかかってきた。




