025・出発
アクレリオ兄上とアーディスカの兄妹は、驚いたように僕を見ていた。
「…………」
僕は、ジッと兄上を見つめ返す。
その視線を受けながら、兄上は少し考え込む。
チラッ
アーディスカの顔を見て、それから、再び僕へと視線を戻した。
「わかったよ」
兄上は頷いた。
(うん)
僕は微笑んだ。
アーディスカは「兄上!?」と驚いた様子だったけれど、兄上は、そのまま身を翻す。
部屋の扉を開けて、
「じゃあ、アーデ、アオイ君、また後日よろしく頼むよ」
そう笑って、部屋を出ていった。
パタン
扉の閉まる音が響き、そして沈黙が落ちる。
…………。
30秒ぐらいしてから、
「……どうしてあんなことを言ったんだ、アオイ?」
(ん?)
呟くアーディスカを僕は見る。
彼女は、泣きそうな顔をしていた。
自分の胸に手を当て、
「私が『迷宮』に行っても、何もできやしない。兄上たちの足手まといになるだけだ! それなのに……」
「…………」
アーディスカは、本当に自分に自信がないんだね。
(いや、兄上に会ったからかな?)
僕はアーディスカを見つめた。
「アーデは強いよ」
「…………」
「この間だって、言っていたじゃないか? 自分が強くなったと感じているって」
「それは……」
彼女は口ごもる。
キュッ
そんなアーディスカの手に、僕は、自身の小さな手を重ねた。
「大丈夫だよ、アーデなら」
「…………」
「それに気づいてる? アーデは、僕を雇ってから、一度も負けたことがないんだよ?」
そう教える。
アーディスカは困った顔をした。
「それは、アオイの『回復魔法』があったからだろう?」
「うん」
僕は、素直に認めた。
それから、
「だからさ、僕がいればアーデは『無敵』なんだ! 騎士にだって、魔物にだって、誰にも負けないんだよ」
そう笑ってみせた。
アーディスカは、ポカンとした。
その金色の瞳を丸くして、口が開いたままになってしまっている。ちょっと可愛い。
やがて、
「アオイ……」
何とも言えない顔で笑った。
こうした信頼を向けられることに慣れていない……そんな表情だった。
彼女は、瞳を伏せる。
長い吐息をこぼして、「わかったよ……」と頷いた。
「私は、自分のことは信じ切れない。だが、アオイのことは信じている。そのアオイが言うのなら、私もそれを信じてみようと思う」
そう言って、僕を見つめた。
(……綺麗な目だな)
少しだけ、見惚れてしまう。
と、アーディスカの両腕が伸びてきて、僕の身体が抱きしめられた。
(お?)
驚く僕の耳元で、
「ありがとうな、アオイ」
彼女が、甘く嬉しそうに囁く声が響いた。
◇◇◇◇◇◇◇
教会の孤児院に戻った。
ちびっ子たちと遊んでいたニアを呼びだして、事情を伝える。
彼女は笑って、
「アオイ様の好きにしてくれていいのです。ニアは、そんなアオイ様をお守りするだけなのですから」
そう言ってくれた。
(ありがと、ニア)
その日は、そうして終わった。
翌朝、アクレリオ兄上がすぐに動いたようで、『冒険者ギルド』では僕らが『迷宮』に挑む話がすでに伝えられていた。
「がんばってね、アーデ!」
受付嬢フランが、アーディスカの手を強く握りながら言う。
ギルドの『迷宮攻略隊』は解散となった。
つまり『聖王騎士団』が来たことによって、『冒険者ギルド』の面子が潰れた形になってしまったのである。
けど、その騎士団にアーディスカも同行することになった。
要は、『冒険者ギルド』の面子を守る最後の砦となるのが、『冒険者のアーディスカ』となるわけだ。
フラン嬢の声も必死になるわけである。
「あ、あぁ、がんばるよ」
友人の様子に、アーディスカも苦笑していた。
ちなみに、
「アオイ、しっかりな!」
「おめえの力、騎士様たちに見せつけてやんな!」
「がんばって!」
「早く帰ってきて、また怪我を治してね」
と、いつも治している『冒険者』たちから、僕も激励されてしまった。
(やれやれ)
ま、がんばるけどさ。
これもアーディスカの成長のためだ。
彼女は『勇者の試練』を乗り越えることで強くなり、本物の『勇者』に育っていく。
今回の『迷宮攻略』も、きっと、その1つ。
それをアーディスカに乗り越えてもらって、もっと強くなってもらうのだ。
世界を守るため。
その世界で生きる僕らのため。
(頼むよ、アーデ)
その横顔を、僕は見つめた。
気づいたアーディスカは、豊かな赤毛の髪を肩からこぼしながら僕を見て、「?」という顔をしていたけどね。
◇◇◇◇◇◇◇
「来たね、アオイ君、アーデ」
町の大門の外で、30騎の軍馬と騎士が待っていた。
合流した僕ら3人を、笑顔のアクレリオ兄上が迎えてくれる。
けど、アーディスカの表情は硬い。
(無理もないか)
騎士団において、僕ら3人は異質な存在だ。
他の29人の騎士たちからの視線も、自然と僕らに集中してしまっている。
アーディスカは去年まで騎士団に所属していたというから、この中には、彼女の顔見知りもいるかもしれない。
彼女にとっては、思い出したくない過去だ。
キュッ
さりげなくアーディスカの手を握る。
彼女は驚き、
「大丈夫だ、アオイ」
そう強がるように微笑んだ。
僕は頷く。
周囲の視線に、ニアだけは「ふん」と気にした様子もなかった。
そんな僕ら3人の様子を、アクレリオ兄上は優しく見守るような眼差しで眺めていた。
…………。
僕らの分も、馬が用意されていた。
元騎士見習いであるアーディスカが手綱を握って、僕は、その前にチョコンと座った。
「落ちないよう、私に寄りかかっているんだぞ、アオイ」
「うん」
彼女の助言に、僕は頷いた。
言われたようにすると、なんか背中があったかい。
(アーデの体温か)
結構、熱いんだな。
ちなみにニアは、アクレリオ兄上の後ろに乗せてもらえることになった。
「ニアは、アオイ様と一緒が良かったのです……」
恨めしそうにこっちを睨んでいた。
いや、普通の女性なら、アクレリオ・グリントに密着できるって喜んでいたと思うけどね。
不満そうなニアに、兄上も苦笑していた。
やがて、
「よし、全員、出発だ!」
兄上が鋭い号令をかけた。
ザザンッ
馬蹄の音を響かせ、30騎の騎馬たちが一斉に動き出す。
(ふむ)
統率の取れた動きだ。
それだけでも『聖王騎士団』の規律や訓練の厳しさ、その実力の高さが伝わってくる気がした。
「…………」
アーディスカは、少し緊張した顔で兄上の馬の後ろに続く。
(さぁ、やるぞ)
30人の騎士たちと共に、僕らは『深青の迷宮』を目指して、森に続く街道を進んでいった。




