017・成長
「迷宮?」
翌朝、冒険者ギルドから告知された『迷宮の発生』という内容に、僕は首をかしげた。
周囲の冒険者たちは、ざわついている。
アーディスカは、僕の反応に気づいて、
「そうか。アオイは『迷宮』という存在を知らないんだな?」
と聞かれた。
素直に「うん」と頷く。
「わかった。なら、私が教えてやろう」
赤毛の冒険者は、そう笑った。
「まず、この世の大気には『魔素』と呼ばれる物質が含有しているんだ」
始まりは、そんな言葉。
そして、
「人は呼吸によって『魔素』を体内に取り込む。それを血液中で『魔力』へと変換させることができる先天的能力を持つのが、いわゆる『魔法使い』と呼ばれる者たちだ」
ふむふむ?
「その『魔法使い』たちの中でも、更に『魔力』を『人を癒す力』に変換できるのは珍しい」
アーディスカの視線は、僕の顔を見ている。
それって、
「つまり僕のこと?」
「そうだ」
アーディスカは笑った。
(ふ~ん、そうだったんだ)
この世界においても『回復魔法』というのは希少な力なんだね。
「そんな風に『魔素』というのは、1つの場所に集め、『魔力』となることで大きな現象を引き起こすものなんだ」
なるほど。
(でも、それと『迷宮』にどういう関係があるのかな?)
見つめる僕に、
「実は、極稀にだが、その『魔素』が自然界でも1つの場所に集まってしまうことがある」
と、アーディスカ。
それは、偶然の産物らしい。
そして、
「その場所に『迷宮』が誕生するんだ」
とのこと。
詳しい原理は、わかっていない。
ただ、そうした『魔素』の濃度が1つの場所で異常に高まると、そこに内部空間を持つ巨大な構造体が発生してしまうのだそうだ。
内部には、魔物が多数発生する。
外部にも『魔素』が流出し、その影響で、周辺の魔物も活性化してしまうんだって。
(ふ~ん?)
つまり、ここ最近、格上の魔物たちが本来とは違う生息域で発見されたのは、そのためか。
「要するに、『迷宮』という名の自然災害だな」
アーディスカは、厳しい声で言う。
(ふむ)
今回、その自然災害がこのレイモンドの町の近くの『深青の森』で発生したのか。
放置すれば、『迷宮』は成長する。
そうなれば、魔物の被害はより拡大していくだろう。
僕は聞く。
「なら、どうするの?」
「その『迷宮』を破壊する」
破壊?
「正確には、『迷宮』の奥まで潜り、その空間構造体を形成する核となる『魔核』という物を破壊するんだ。それで『迷宮』は崩壊する」
へぇ、魔核……かぁ。
けれど『魔核』まで辿り着くには、多数の魔物を倒し、その空間構造体の奥まで踏破しなければならない。
かなり難易度は高いそうだ。
僕は、ギルドからの告知内容をもう一度、確認する。
そこには『迷宮攻略隊』の募集も行われていて、定員は15名、資格は『Dランク以上の冒険者』となっていた。
(Dランクか)
なるほど、僕らのような新人は及びじゃないんだね。
少し残念。
けれど、それほど危険な場所ならば、今のアーディスカではまだ難しいかもしれない。
ポン
考える僕の頭に、アーディスカの手が置かれた。
見上げると、
「私たちは、今まで通り『討伐クエスト』をがんばろう。それも世の中には必要な、大切な仕事だからな」
と、白い歯を見せて笑った。
僕は目を細める。
それから、
「うん」
と頷いた。
そんな僕に、アーディスカも満足そうに頷く。
そうして僕らは、昨日と同じくFランクの『討伐クエスト』を受注して、冒険者ギルドを出発した。
◇◇◇◇◇◇◇
アーディスカと活動を始めて、1ヶ月が経った。
「はあっ!」
ザキュッ
赤毛をなびかせ、アーディスカの繰り出した剣が体長50センチはある巨大蜂を2つにする。
いい動きだ。
周囲には、まだ15匹ほどの巨大蜂が飛んでいて、
「せいっ! やあっ!」
シュガッ ザシュン
彼女の剣は、それを次々に斬り倒し、地面へと落としていく。
この魔物の名は『キラービー』。
実は、Eランクの魔物だったりする。
けれども、Fランク冒険者であるアーディスカは、この『キラービー』の群れを相手に堂々と渡り合っていた。
(強くなったね)
その戦いを見て、改めてそう思う。
この1ヶ月、彼女は、多くの戦闘を経験した。
僕の『回復魔法』の援護があるとはいえ、魔物たち相手に1歩も引かずに戦い続けたんだ。
結果、彼女は強くなった。
わかり易い数値でいうと、これまで1回の戦闘で使っていた『回復魔法』の回数が、1ヶ月前は20回ほどだったのに対して、今は5回ほどに減っていた。
先日、レッドテイルに久しぶりに遭遇した。
その時も、前回と比べて3分の1の時間で倒してみせたんだ。
その成長には、目を瞠るよ。
きっと、この成長速度こそが『勇者候補』である証なのかもしれない。
(おっと?)
その時、考えてた僕の方にもキラービーが飛んできた。
腹部の鋭い針が突き出される。
「よっ!」
ガギィン
火花が散り、僕は持っていた『金属の円形盾』でキラービーを弾き飛ばした。
(ふふん)
強くなったのは、アーディスカだけじゃない。
数々の戦闘をこなす中で、僕自身も、盾の扱いが上手くなったんだ。
「大丈夫か、アオイ!?」
ザキュッ
僕が弾いたキラービーを切断しながら、アーディスカが声をかけてくる。
僕は笑って、
「うん、大丈夫」
と答えた。
その声から余裕を感じたんだろう、アーディスカは安心したように息を吐いた。
それから、剣と盾を構え直し、
「すまない。もう少し待っていてくれ、アオイ。こいつらはすぐに全滅させる!」
そう強く宣言した。
(お?)
珍しく強気な発言だ。
けれど気負いは感じられず、むしろ充実した気力を感じる。
自信があるんだ。
それだけアーディスカも、自分自身が強くなった実感があるのだろう。
(頼もしいね)
戦う彼女のその背中を、僕は微笑みながら眺めた。
…………。
そして5分後、アーディスカは宣言通り、魔物を全滅させた。
◇◇◇◇◇◇◇
「さぁ、いっぱい食べてくれ、アオイ」
「うん」
冒険者ギルドの2階の食堂で、僕らはいつもの様に祝勝会を開いていた。
モグモグ
美味しく料理を頬張る。
そんな僕を、アーディスカは優しい眼差しで眺め、
「ありがとうな、アオイ」
突然のお礼を言われた。
(ん?)
キョトンとして見上げる。
「私は強くなった。最近、そのことを自分自身で実感している。けれど、それは全てアオイのおかげなんだ。アオイがいてくれたから、今の私がいる」
「…………」
「心から感謝をしている、アオイ」
改まったように、そう言われてしまった。
僕は笑う。
「アーデの役に立てたのなら、僕も嬉しいよ」
「……アオイ」
彼女は、感極まった顔をする。
それから、
「アオイには、何かお礼がしたいんだ。何か欲しいものとか、私にして欲しいこととか、ないか?」
と熱心に聞かれる。
(そう言われてもね)
僕は言う。
「特にないよ」
そして、
「でも、強いて言うならば、これからも僕をアーデのそばにいさせて」
そう望んだ。
アーディスカは驚き、それから困ったような顔になる。
泣き笑いのような表情で、
「それは……私の台詞だ」
と呟いた。
そう。
そんな彼女を見つめていると、気づいたアーディスカは、少し恥ずかしそうに笑った。
クシャクシャ
その手が伸びて、僕の髪をかき混ぜる。
(ん……)
少し気持ちいいな。
目を細めながら、
「これからもよろしくね、アーデ」
「あぁ、アオイ」
僕の言葉に、アーディスカは嬉しそうに頷いた。
…………。
それからも僕らは、料理を楽しんだ。
モグモグ
(あ、そうだ)
料理を食べている最中、ふと思い出す。
「そういえば、あれから『迷宮』ってどうなったの?」
と聞いた。
アーディスカは「ん?」という顔をして、
「あぁ、まだ攻略できていないみたいだ」
と答えた。
(そうなんだ?)
「正直、ここまで長引いているのは珍しいな。ギルドの方で『迷宮攻略隊』の人員補充の告知もあったみたいだ」
「ふ~ん」
なかなか手強い『迷宮』みたいだね。
…………。
もしかしたら、この『迷宮の攻略』がアーディスカに与えられた『勇者の試練』とか?
いや、まだわからない。
少なくとも、今のアーディスカの実力じゃ、まだ危ない気がする。
(もっと育ってから)
もし挑むとしても、それからの話だ。
モグモグ
目の前にいる赤毛の美女を眺めたまま、僕はそんなことを思いつつ、美味しい食事を続けた。




