016・観察(フラン視点)
「今日はお疲れ様だったな、アオイ。さぁ、いっぱい食べるんだぞ?」
冒険者ギルドの2階の食堂で、アーデが笑っている。
アオイ君は、
「うん。ありがと、アーデ」
と嬉しそうな顔で返事をしていた。
どうやら初めての『討伐クエスト』の成功を祝って、2人だけの祝勝会を開いているみたいね。
それを見て、私は微笑んだ。
私の名は、フラン・ヴィーズ。
このレイモンドの町の冒険者ギルドで『受付嬢』として働いている女である。
「美味しいか、アオイ?」
そう語りかけるアーデは、とても優しい表情をしていた。
(ふ~ん?)
あの子のあんな表情を見るのは、とても珍しい。
アーデと私は、友人だ。
元々は、彼女の冒険者登録を担当したきっかけで、たまたま同い年だったこともあって、すぐに仲良くなったのだ。
そして、わかったのは、
(アーデは、とても生真面目な性格)
ってこと。
嘘をついたり、人を騙したりなんてできなくて、とにかく真っ直ぐに物事に向き合う。
それで傷つくことも多そうで、
(ある意味、損な性格よね)
でも、私には、それが好ましく思える。
だから友人なのだ。
でも、アーデも出会った時は、なんだか追い詰められたような顔をしていた。
過去に何があったかは知らない。
聞いてもいない。
それは『今』の私たちには関係ないから。
そんなアーデが、あんな風に柔らかな笑顔を浮かべているのは、本当に珍しいことだ。
私も見るのは、初めてかもしれない。
(アオイ君、か)
彼女は、あの子に心を許してしまったのだろう。
まぁ、気持ちはわかる。
アオイ君は、本当に可愛い男の子だ。
同僚の『受付嬢』や『女性冒険者』たちからも人気だし、しかも、稀有な『回復魔法』の使い手で、将来も有望な少年なのである。
アオイ君を狙っている女子は多い。
アーデに、そのつもりはないだろう。
けど、あの表情。
自覚のないままに、アーデはアオイ君に魅了されている気がするわ。
(…………)
堅物のアーデだから、大丈夫とは思うけど……。
でも、生真面目だからこそ、そういうことに慣れていなくて、自覚したら一直線になってしまう気がするの。
(はぁ)
せめて、成人までは待ちなさいよね?
アオイ君を眺めて、幸せそうに目尻を下げている友人に、私は心の中で注意しておいた。
◇◇◇◇◇◇◇
「アオイ君かね?」
ふと背後から、声をかけられた。
驚き、振り返ると、そこに50代ぐらいの大柄な男性が立っていた。
「ギルド長」
私は、思わず背筋を正す。
彼は、ノーマン・グレイシス。
この『レイモンドの冒険者ギルド』のギルド長を務めている人物だ。
さっきまでの私の視線を追いかけ、ギルド長は、アオイ君とアーデの祝勝会を眺める。
そして、
「そうか。今日の2人は『討伐クエスト』を達成させたんだったな」
と頷いた。
私も「はい」と答える。
2人を見るギルド長の目が、薄く細まる。
「やはり、アオイ君の力は素晴らしいな」
そう呟いた。
私は返事をしなかったけれど、内心では同意をしていた。
ジャイアントアントの討伐。
それは本来、Fランク冒険者が複数人で行うもので、1人では達成困難なクエストのはずだった。
けれど、結果はクエスト成功だ。
つまり、
(それだけ、アオイ君の力が大きかった)
ということ。
もちろん、ギルドから受注許可が下りたのも『アオイ君』がいたからだ。
ギルド長は言う。
「やはり、アオイ君はCランク、あるいはBランク相当の実力があると思っていいようだ」
その言葉に、私は驚く。
10歳の子供が『Bランク』なんて、聞いたこともない。
その上にあるのは、Aランク、Sランクという本当に選ばれた一部の人間たちだけなのだ。
けど、
「アオイ君の『回復魔法』は、本当に規格外だ」
とギルド長。
(……確かに)
この冒険者ギルドに在籍している者は、皆、それを知っている。
本来、魔法は1日に5~10回しか使えない。
多くても、20回。
それ以上は、魔力がなくなって倒れてしまうはずなのだ。
でも、アオイ君は違う。
彼は毎日、ギルドの冒険者たちの怪我を治すために、1日に30回以上の『回復魔法』を使っていた。
しかも、まだ余力がありそう。
(いったい、どうなっているのかしら?)
その無尽蔵の魔力に、私たちはもう驚きを通り越して、呆れてしまっている。
…………。
アオイ君は今、アーデとの食事を楽しんでいた。
それは、本当にただの子供にしか見えない。
ギルド長もそれを眺めて、
「やはり、聖王都にある『冒険者ギルド本部』にも知らせておくしかないな」
と呟いた。
私も頷いた。
遅かれ早かれ、彼の規格外の力は多くの人に知られることになる。
その時に、私たち『冒険者ギルド』が1歩リードして、彼との関係を構築しておくことは、とても重要なことだ。
けれど、
「アオイ君は、アーデの言うことしか聞きませんよ?」
そう言っておく。
すでに、アオイ君を勧誘する『冒険者パーティー』もあった。
でも、その返答は、
「すみません。僕は、アーデと一緒にいたいので」
というものだった。
彼らはそれでアーデも勧誘していたけれど、堅物のアーデも、やっぱり断ったみたい。
ギルド長は苦笑する。
「それも含めて、報告しておくさ」
「…………」
そのぐらいで諦めるほど、アオイ君の力は軽くない……ってことね。
(はぁ)
私は内心で、ため息をこぼす。
もしかしたら、アーデもその動きに巻き込まれるかもしれない。
そこが少しだけ心配だった。
「それはそうと、フラン」
と、ノーマンギルド長が私を見た。
その表情は、少し緊張感を漂わせている。
私は「はい」と姿勢を正した。
「最近、魔物の分布に異常が起きていた件だが、それについての調査結果が出た」
魔物の分布異常。
それは、アーデも経験した、本来の生息域から外れた魔物の出現についてだった。
ギルト長は、硬い声で言った。
「原因は『迷宮』だ」
え……?
私は目を丸くする。
「どうやら『深青の森』の深層部で『迷宮』が発生したようなのだ。それによって、一部の魔物が移動してしまっている」
まさか、そんなことが……。
久しぶりの現象に、私も少し動揺してしまった。
ギルド長は言う。
「『迷宮攻略隊』をすぐに派遣する。また明日、ギルドから『冒険者』たちへの告知も行う予定だ」
「はい」
私は頷いた。
ノーマンギルド長も大きく頷く。
それから私たちは、色々と細かい打ち合わせをして、ギルド長は、そのまま奥の部屋へと去っていった。
(……ふぅ)
私は、大きく息を吐く。
ふと見上げれば、
「ほら、ソースがついているぞ、アオイ。こっちを向け」
「あ、うん」
「ふふっ、おかわりはいるか?」
「うん、欲しい!」
アオイ君の頬を指で拭いながら、楽しそうなアーデの笑顔があった。
…………。
私は苦笑した。
(やれやれ……)
こっちは、これからしばらく忙しくなりそうなのに、ね。
でも、これも仕事。
「ん~っ」
大きく伸びをして気持ちを切り替えると、私は、すぐに明日の告知のための準備を始めるのだった。




