011・救援(アーディスカ視点)
窓から、太陽の光が差し込んでくる。
「朝……か」
その輝きに目を覚まして、私は、ベッドの上から起き上がった。
私の名は、アーディスカ・グリント。
今は、レイモンドの町で『冒険者』をしている女だ。
早朝の空気は、少し冷たさを帯びていて、それは私の眠気をゆっくりと溶かしていく。
カチャ カチャン
鎧を着込み、剣を腰ベルトに提げて、左手には盾を持つ。
(よし)
装備を整えた私は、1つ息を吐きだすと、借りている宿の部屋を出て、冒険者ギルドへと向かった。
まだ人の少ない通りを歩く。
周囲では、開店準備に勤しむ人々が店前で作業したり、荷物を運ぶ馬車が走っていたりする。
それを眺めながら、
(今日こそは、クエストを達成しなければ……)
そう強く思った。
レッドテイルに遭遇したことで、昨日の『採取クエスト』は失敗となった。
これで2連続の失敗だ。
もし次のクエストも達成できなければ、私は冒険者としての信用を完全に失うだろう。冒険者ギルドとしても、受注許可を出せなくなる――そうフランにも警告された。
「今日こそは、必ず」
ギュッ
拳を強く握り、そう呟く。
…………。
その時、ふと思い出した。
『――ねえ、アーデ。僕を雇わない?』
かけられた思わぬ言葉。
昨日の夕方、私にそう言ってきたのは、まだ10歳ぐらいの少年だった。
彼は、私の仕事を手伝いたい、と言ってきたのだ。
さすがに驚いた。
そして、当たり前のことだが、私はそれを断っていた。
正直、気持ちは嬉しかったが、危険な冒険者の仕事に、まだ幼い子供を同行させるわけにはいかないだろう。
(まして、雇う金もないしな)
自嘲気味に笑う。
先日、パーティーも解散して状況は厳しい。
「……はぁ」
私は、ため息をこぼす。
そして気がついたら、冒険者ギルドの前まで来てしまっていた。
中に入る。
「おはよう、アーデ」
そこに、あの少年がいた。
アオイだ。
強張っていた私の心が、少しだけ緩む。
どうやらアオイは、今日もまた冒険者ギルドにいる『冒険者』たちの怪我を治しに来たみたいだ。
まだ幼い少年だ。
けれど、その瞳には大人びた光がある。
そしてアオイは、稀有な『回復魔法』の使い手だった。
一般に、10人に1人に魔法の才能がある。
そして、魔法の才能がある者の内、10人に1人に『回復魔法』の才能があると言われている。
つまり、アオイは100人に1人の逸材だ。
初めて出会った時も、私は、アオイのその力によって助けられた。
…………。
その時のアオイは、森に1人でいた。
子供が1人で、だ。
事情があるのだろうが、けれど詳しいことは何も聞いてはいない。
冒険者には、過去を語りたくない者も多く、私自身も、昔の自分のことには触れて欲しくなかったからだ。
少なくとも、
(悪い子ではない)
私は、アオイをそう思っていて、それで充分だと思っている。
ピカッ
冒険者の1人にアオイは『回復魔法』を放つ。
「ありがとよ」
チャリン
受け取った硬貨を布袋にしまうと、アオイは、すぐに私の元へと駆けてきた。
こちらを見上げて、
「僕を雇う気になった、アーデ?」
そう聞いてくる。
首をかしげる仕草は、とても可愛い。
(いやいや)
私は苦笑すると、アオイの頭をポンポンと軽く叩いて、クエスト掲示板へと向かった。
1枚を剥がして、受付へ向かう。
「がんばってね、アーデ」
「あぁ」
フランの励ましに頷く。
今日こそは……。
大きく息を吸い、私は前を向いて、冒険者ギルドを出ていった。
「…………」
その間、アオイの綺麗な瞳は、そんな私の背中をずっと追いかけ続けていた。
◇◇◇◇◇◇◇
「――なぜ、こんなことになるんだ?」
私の口から、自嘲気味な声がこぼれた。
今、私は、真っ白な草の生えた草原に立っていた。
そんな私の視線の先、白い草原の中に、体長3メーガンもある真っ赤な鱗の巨大トカゲの魔物――レッドテイルが2体もいるのだ。
(……あり得ない)
ここは『白光の丘』と呼ばれる初心者用の採取ポイントだ。
魔物自体が滅多に現れない。
絶対に失敗できなかった私は、安い報酬であっても、あえてここでの『採取クエスト』を受注していたのだ。
それなのに……私の前に、2体のレッドテイルが現れた。
(いったいなんなんだ、これは!?)
もはや泣きたい気持ちで、私は、足元の白い草を踏みながら後ろに下がった。
グルルッ
その瞬間、レッドテイルの1体が襲いかかってきた。
「!」
慌てて盾を持ち上げる。
ガギィイン
凄まじい衝撃に襲われ、私の身体は後ろに吹き飛ばされた。
「くっ」
なんて重い攻撃だ。
1撃を受けただけで、左腕が痺れてしまっている。
顔をあげると、もう1体のレッドテイルが長い尾を振り回し、その先端の赤く膨らんだ岩のような部分をこちらに叩きつけようとしていた。
「っっ」
慌てて立ち上がり、横へと逃げる。
ドパァアン
直前までいた場所に尾がぶつかり、白い草と一緒に地面が吹き飛んだ。
(まるで鉄球だ!)
あれが直撃したら、盾ごと吹き飛ばされてしまうぞ。
冷たい汗が流れる。
多少、剣の腕に覚えがあっても、レッドテイル2体には、とても勝てる気がしなかった。
(撤退だ)
唇を噛み締め、私は決断する。
けれど、そうして逃げようとした素振りを見せた途端、1体のレッドテイルが反対方向へと回り込んできた。
「!」
逃げ道を塞がれた。
何とか逃れようと動いても、レッドテイルは常にその先へと回り込んでくる。
絶望感が増していく。
そんな中、レッドテイルの1体が、大きく口を開いた。
喉が膨らむ。
口の奥に赤い輝きが見えた。
「!?」
気づいた瞬間、そこから凄まじい火炎が放射状に吐き出された。
ファイアブレスかっ!?
逃げようとしたけれど、間に合わなかった。
熱い……っ。
その灼熱に肌を焼かれ、呼吸さえままならない。
そんな炎を浴びる私に向かって、鉄球のような尾が振り回されてくる。
ドゴォオン
「がっ!?」
盾が砕け、私の身体は5メーガン以上も吹き飛んだ。
地面に落ち、転がる。
かはっ。
口から大量の血がこぼれた。
肋骨が折れ、内臓がやられている……それがわかった。
手足が痺れる。
ズシン ズシン
動けなくなった私に向かって、2体の赤い魔物が近づいてくる。
(もう……駄目なのか)
涙の滲んだ目で、私はそれを見ていた。
死の予感。
それが足音を立てながら、やって来る。
私は、強く目を閉じる。
溜まっていた涙が1粒、頬を流れていった。
その時、
「――癒しの光」
あり得ない声が、私の鼓膜に響いた。
(え……?)
全身を包み込む光によって、感じていた痛みが消えていく。
顔をあげた。
そこに、1人の少年が立っていた。
足元には魔法陣が展開され、こちらに伸ばされた両手の先には、美しい回復光が輝いていた。
「……アオイ?」
私は、呆然と呟く。
アオイの柔らかそうな髪が、風に揺れている。
アオイの瞳が、私を見ている。
そして、
「立って、アーデ! まだ戦いは終わっていないよ!」
叱咤の声。
私はハッとして、立ち上がった。
振り返れば、2体のレッドテイルは、アオイの存在に驚いたのか、警戒するように動きを止めていた。
私は、両手で剣を構える。
その背中に、
「アーデの怪我は、僕が何度でも治してみせる。だから、アーデはあの魔物たちを倒すんだ!」
アオイの頼もしい声がぶつかった。
あぁ……!
絶望に沈んだ心に、勇気が湧いてくる。
アオイの声に背中を押されて、私は、2体のレッドテイルへと大きく足を踏み込んだ。
「はあっ!」
手にした剣を振り下ろす。
…………。
…………。
…………。
30分後、ついに私は『白光の丘』に現れた2体のレッドテイルを討伐した。
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