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まずお母さんに、2人共冒険者に登録した事、Fランクになった事を報告した。
「おめでとう、これであなたたちも立派な冒険者ね」
と祝ってくれた。3人で一頻り喜び合った後、
「そういえば、帰ってくるとき、森に入ろうとしたタイミングで、勇者のパーティーに声をかけられたよ。その後、姉さんは何か悩んでいたみたいだけど、何かあったの?」
と翠玉に訊かれた。
「うん…。あの勇者と名乗った男性、何か嫌な予感がしたから、あの人に鑑定を使ったの」
「えっ?姉さん、自分以外の生物には鑑定を使った事なかったよね?」
「うん。でも、どうしても気になったの」
するとお母さんは、
「鑑定して、どうだったの?」
と尋ねてきた。
私は、鑑定で見たステータスを話した。それを訊いてお母さんは、
「そう…。あなたの鑑定を使う、という判断は正しかったかもしれないわね。そのリアンという勇者は、おそらく私の夫、あなた達の父親を殺した男よ。私が卵を2つ抱えて逃げたことは知っているはずだから、もしかすると私達を探して、この町へ来たのかもしれない…」
しばらくお母さんは黙り込んで悩んでいた。
そして、何か決意したような表情をして、
「黄玉、翠玉、この森を出ましょう」
と言った。
「あの勇者が来たから、別の森へ行くの?」
「そうよ。あの勇者はこの国の王が任命し、派遣している。他国へ行けば、あの勇者はおそらく追っては来ないと思うの。だから、宝石竜を保護しているという、アステシラー王国へ行こうと思うの。この国から2つほど隣の国よ。」
「わかった、すぐ出発する?」
と翠玉が訊くと、
「ええ、丁度ここにあった薬草や狩った魔物は、今朝あなた達がマジックバッグに詰めたし、私も荷物は常にまとめている。今すぐ出発しましょう」
と、アステシラー王国に向かうことになった。
勇者や他の人間に見つからないように、人間に擬態したまま森の中を進むことにした。
道中は、特に誰かに会うこともなかった。しかし、まもなく国境を越える、というところで、あの勇者達に遭遇した。
「あれ、君たちは…、さっき昼にも会ったよね。こんなところでどうしたの?」
と勇者が訊いてきた。
「この国で数年依頼をこなしていたけど、そろそろ別の国へ行ってみようと思って、薬草を探しながら森の中を歩いてきたんです」
とお母さんが答えた。すると、
「ふ〜ん。…ようやく見つけたよ。国を出る前で良かった。君たち、宝石竜でしょ。昼に見た2人では気付かなかったけど、あのとき居なかった1人…、彼女には見覚えがある」
『どうして!人間の姿は見られていないはずなのに!』
と、お母さんが念話で叫んだ。私と翠玉にだけ聞こえたようだ。
勇者は更に続けた。
「どうして知ってるの?って顔をしてるね。僕たちは、宝石竜を狩るために、君達を数ヶ月間観察していたんだ。その中で君達の人間の姿も見ていたからね。すぐ気づいたよ」
この勇者のスキルにあった隠密!あれでお父さんとお母さんを監視していたんだ!お母さんもそれに気づいたようで、悔しそうな顔をした。
勇者はバッグの中から剣を取り出した。鑑定してみると、その剣はガラス製で、表面にアシッドスライムの酸が塗ってある。
宝石竜の鱗は、物理攻撃も魔法もあまり効かないが、強い酸で溶かすことができる。
そのため人間は、アシッドスライムの吐き出す酸を利用して、宝石竜を仕留める。でも、これだと鱗が酸で溶けて宝飾品として使える部分が減ってしまう。そのため、人間は別の方法を編み出した。
宝石竜は、首に1枚だけある逆鱗が弱点で、そこだけ物理攻撃も通ってしまう。そのため、人間はまず水魔法の発展である氷魔法で動きを鈍らせ、植物魔法の中の1つ、毒魔法を逆鱗にぶつけることで、仕留めるようになった。
でもこの勇者のパーティーは、酸を纏わせた剣で戦うことにしたらしい。一瞬、他のメンバーのステータスを見たが、氷魔法や毒魔法がスキルに無かった。おそらくそのせいだろう。
お母さんは、勇者達の前に立って、
「2人共、逃げなさい。国境を越えて、別の国へ」
と言って、竜の姿へ戻った。
私と翠玉も一緒に戦おうとするが、
「私に構わず行きなさい!強欲の称号があるなら、どこまでもこちらを追ってくるわ!だから、私に任せてにげなさい!」
と、今までにない剣幕で言われてしまった。私と翠玉は、
「先に行っているから、お母さんも必ず追ってきて!」
と言って、先に隣国の森へ逃げた。
国境を越え、走っている途中で、
『あなたたちは、どうか幸せに…、自由に生きて…』
と頭にお母さんの声が響いた…。それでも振り返ることなく、その後も走り続けて国を横断し、アステシラー王国の国境近くの森まで来た。
「ここで、お母さんが来るのを待とう」
と言って、2人でお母さんが追いつくのを、待つことにした。
しかし1か月後、私達のところに、お母さんが足止めしていた勇者のパーティーが来た。
前と連れている女性が変わってる。
「お母さんをどうした!」
と翠玉が威嚇すると、
「あぁ、あの竜なら仕留めて王に献上したよ。久々の宝石竜だったから、喜ばれたよ。僕も報酬をたんまり貰ったしね。仲間を2人喪ったのは痛手だったが、こうして新たな仲間も得られた。さて、次は君達を金に替えないとね」
と、あのガラスの剣を構えた。
新たな仲間という2人を鑑定してみたが、今度の仲間も、発展魔法は使えないようだった。
私は、翠玉が勇者に突貫しようとするのを抑え、翠玉に逃げることを提案した。でも、
「お母さんが足止めしたのにこいつは追ってきた!逃げてもまた追いつかれて同じことになる。ここでどうにかする!」
と言って、人間に擬態したまま戦い始めた。
翠玉は竜の姿の方が攻撃力は高いようだけど、素早さは人間に劣る。そのため、人間の姿で戦うことにしたようだ。
私は、魔法で翠玉のフォローをした。怪我を負うとすかさず光魔法で治し、翠玉が攻撃するときには、植物魔法で相手の動きを封じ、雷魔法で雷を落としたり、麻痺させたりすることで翠玉を補助した。
勇者の仲間の女性2人は攻撃には参加せず、勇者のフォローを中心に行っていたため、ひとまず無視した。
勇者は、次第に動きが鈍くなり、私達に圧されていった。
「流石に、2匹同時に相手にするのは、無理があったかな?そうそう、君達の母親は、僕の仲間を殺すくらいには、強かったよ。でもね、君達2人の行き先を訊いていたら、自ら死を選んだ。残念だったなぁ〜、生きたまま君達の目の前に連れてきて、君達の目の前で解体してやろうと思ってたのにさぁ〜!」
怒りで我を忘れる、ということを生まれて初めて経験した。そのまま勇者に突貫しようとしたが、翠玉の方が速かった。伸ばした爪で切り裂こうとしたが、動きが単調だったため、勇者に避けられた。そのまま、勢い余って倒れ込んでしまう。
そこに、勇者が剣を振り下ろそうとしている!私は、勇者に突貫しようとしている勢いそのままに、剣と翠玉の間に自分の身を滑り込ませて翠玉を庇いつつ、雷魔法を今撃てる最大の威力で放った。
魔法は勇者に命中し、雷が散って両隣にいた勇者の仲間にも当たった。3人とも悲鳴を上げて倒れ込んだ。と同時に、私は勇者のガラスの剣で切られた。
熱い、痛い、と、熱さと痛みが繰り返し襲ってくる。鎖骨の辺りから胸の下まで切られたようだ。
翠玉に怪我は無いか、と何とか振り向いて確認し、特に何処も怪我をしていないようでほっとした。
自分の怪我は、光魔法で何とか回復させているが、痛みで集中できず、上手く治せない。更に、攻撃にかなりの魔力を使ってしまったため、段々と魔力切れの症状も出始めた。でも、このまま勇者たちの近くに居るのは危険だ。勇者が起きてこないのを確かめてから、驚きで固まっている翠玉の手を握り、アステシラー王国の方へ歩いた。
私は、意識が朦朧として、何処を歩いているのか、そもそも、ちゃんと歩けているのかどうかも、よく解らない。どのくらい歩いただろうか。数分な気もするし、数時間な気もする。遂に力尽きて、倒れてしまった。翠玉が必死に、私を呼んでる声がする…。起きなきゃと思うのに、起きられない…。そうしているうちに、意識も失った。