私(4)
「あの……」
初めそれが私に向けられたものだとは思いもしなかった。
誰にも私の声は届かない。誰にも触れる事の出来ない世界で、初めて私は呼びかけられた。
「わ、私?」
あの大事故の中、どうしようもない絶望の中で声を掛けてくれた存在。
それが良太君との始まりだった。
あの日何が起きたのか、相変わらず私達は思い出せなかった。少なくとも、あの事故の最中のどこか近くにいて、そこに巻き込まれた。そしてそこにはお互いの恋人達がいて、そのどちらもが浮気をしていた。
互いにしか認識し合えないだけでなく、全く同じ境遇にいた事。ある種運命の出会いと言ってもいいだろう。そこから不思議な世界で彼と過ごし始めた。
それこそ不思議なのが、失礼ながら陰と陽で分けるのであれば良太君は陰で私は陽だ。対照的な二人のはずなのにあまりに自然に私達は馴染んでいった。
あんなに腹がたった浮気相手のクソ女やクソゆうきの事も、今やすっかりと記憶の彼方と言っていいほどに隅っこに追いやられていた。
口にはあまり出さなかったが、本当に良太君で良かったと思った。
ひょっとしたらこうやって同じ世界にいたのは良太君ではなく、あのクソ女だったり、良太君の彼女の浮気相手の男だった可能性もあったかもしれない。そうなっていたらどうなったか分からない。こんなに穏やかに死後を過ごせてはいなかっただろう。
理不尽な事だらけの世界で、彼は唯一の救いだった。
「みのりがいてくれて良かった」
涙はやっぱり出なかった。でも泣く程嬉しかった。
死んだ瞬間二番手だった事も知って、死んでからも幽霊以下の二番手の存在だと笑い合った。
終わりはまたいつか来るのかもしれない。こんな事をする意地悪な神様だが。何があってもおかしくはない。
「私こそ、良太君がいてくれて良かった」
その時が来たら、その時だ。
でも、それまでは――。
「本当の終わりが来るまで、ずっと一緒にいよう」
良太君が優しく私を抱きしめてくれた。
その瞬間、ふわっと微かに懐かしい気持ちがした。
心地よい安心感に包まれながら私は目を瞑った。