私(2)
「このクソ男!」
ぶん、ぶん。
「クソ! 死ね死ね! 死ねー!」
ぶん、ぶん、ぶん。
「……くだらな」
あの日からずっとゆうきは呆然を続けた。いい加減飽きろよと思うぐらいずっと。
もうそれはもはやただのかまってちゃんの領域だ。いつまでもうじうじ、うじうじ。
そうやってたら皆が心配して声を掛けてくれるだろうという甘え。
確かに大変な事故だった。同情が出来るレベルの。ただそれだけならば。
でもあろう事かこいつはあの日、浮気相手とデート中だった。その最中事故に巻き込まれた。
浮気相手の女、みゆという女は死んだ。
でも私だって死んだ。それなのにこいつは、私ではなく、みゆの事ばかり考えていた。
要は、こいつにとって私は遊びだったわけだ。
本命は死んだあの女。私は二番手。
「あーーーーやっぱり死ねーーーーーーーーーーーーーーー!」
ぶんぶんぶんぶん!
空を切り続ける拳。まさか死んだ彼女が鬼の形相で今まさに自分の顔を殴り続けているなんてひとかけらも思っていないであろう無表情が、更に私の怒りに油を注いだ。
地獄だ。せめて死なせてあの世に連れて行けよ。
なんでこの世に残ったままなんだ。
*
「なんて怖い顔してるんだよ」
「そう? 結構スッキリしてきたつもりだけど」
彼の隣に座った。
不思議な世界だ。ほんとに訳が分からない。
私達は死んだ。同じくあの日死に、同じく彼女の浮気を知る事になった、全く同じ痛みを共有した良太君。
「この部屋、いつまで使えるんだろうね」
「いつまでも使えるよ。僕らがいたら値段が下がって感謝する人だっているかもしれない」
「好んで住む人もいるもんね。事故物件」
彼といる時だけは笑えた。
あの日いっぱい死んだのに。これまでにも死んでいる人もいるのに。この世界を共有出来るのは、何故だか彼しかいない。
「不思議な世界」
私達は、一体どうすればいいんだろう。