私(1)
「何よこれ」
地獄。目の前の光景を見て真っ先に浮かんだ言葉。
横転するバスや車。鳴り止まない悲鳴が休日の街中に響き渡る。
――あれ、私……。
どうして自分はここにいるんだろう。何故だ。思い出せない。
私は、私もこの事故に巻き込まれたのか?
自分の頭、身体に慌てて触れる。痛みは、ない。どこも。
「あ」
ほっとしたのもつかの間。私はそこでよく見知った顔を見つけた。
「ゆうき」
私の彼氏。ゆうきは事故でぐちゃぐちゃになった車達の中で呆然と立ち尽くし、地面を見下ろしていた。
――あんな所で何してるんだろう。
日頃から抜けている所はある。でも今こんな所でぼーっと立っていては、車がガス漏れで爆発なんてしたらひとたまりもない。
「ゆうき、何してんの!」
私は叫びながら駆け寄った。
ゆうきはずっとそのままだった。
――何やってんのよ、本当に。
走ればすぐに近づける距離。でも私は全速力で向かった。
――え?
しかし、その足がぐんっと止まった。
彼は、ただ突っ立っていたわけではなかった。
目の前の光景を、それを、信じたくない、理解出来ない。そんな表情で、呆然と彼は彼女を見ていた。
無残な姿だった。間違いなく死んでいる。どうにもならない命がそこにあった。
「……ゆ」
か細い声で、ゆうきの口から何かが漏れた。
「……みゆ」
みゆ。みゆ。みゆ。
ぽつりぽつりと、彼は呟き続けた。
それは、どうやら彼女の名前のようだった。
「ゆうき、大丈夫……?」
みゆ、みゆ、みゆ。
「ねえ、ゆうき」
みゆ、みゆ、みゆ。
「ねえ、ゆうき!」
届かない声に苛立ち、私は彼の腕を掴もうとした。
「え」
――なんだ、今の。
私は思わず自分の掌を眺めた。
そんな、そんなはずない。
私はもう一度、自分の腕を彼へと伸ばした。
「いやっ……!」
――嘘でしょ。
もう一度。もう一度。
でも、結果は変わらなかった。
私は、ゆうきに触れる事が出来なかった。
「私、まさか……」
身体が震え始めた。
認めたくない。認めたくないけど。声も、身体も、届かない。
だとしたらこれは。
――そんな。
泣きたい。泣き叫びたい。でも何故だろう。
こんなに悲しいのに。こんなに辛いのに。気持ちは泣いているのに。
涙が一切出てこない。
「ねえ、ゆうき?」
立ち尽くす彼は、私の事を一切見ない。彼の視線は、ずっと彼女に注がれたままだ。
理解をし始めると、また別の感情が込み上げた。それは彼女を見た瞬間から沸々と湧き上がっていた感情だった。
「その子、誰よ」