婚約破棄?え?だめだめ、しないでください
「ルシアナ!君との婚約は破棄させてもらう!私はエレナを愛しているんだ!」
「あ、はい。わかりました」
「…え?」
婚約者である王太子アーロンに婚約破棄を宣言されて、美貌の令嬢ルシアナはこくんと頷いた。
「あ、でも、わたくしは正妃になりたいので、やっぱり婚約破棄はいやです」
「き、君って人は…!!」
ぽかんとしていたアーロンが今度はわなわなと震え出す。
「わかっていたよ、君が夢中になるのは地位と権力ばかり。だから私はエレナを好きになったんだ」
「殿下とエレナ様が互いに想いあっていることは承知しています。わたくしを正妃に迎え入れてさえいただければ、エレナ様を側妃に召し上げてご寵愛くださって構いません」
「エレナを側妃にだって!?」
「あら、これはエレナ様にも了解いただいていますわ」
この国は側妃が産んだ子でも王位継承権が与えられる。決して不利な待遇ではない。
それに王妃教育を受けてきたルシアナと違い、エレナはごくごく平凡な令嬢だ。正妃は荷が重いと嘆いていた。
「どうせ君が唆したんだろう。知っているんだぞ、隠れてこそこそエレナを追いつめていただろう」
「そんな、ご存知だったんですか…?」
ルシアナはぽっと頬を染めて顔を背けた。
いつも完璧な令嬢が少女のように恥じらう姿は、なんだか妙に色っぽい。
「いい機会だ、君がなにを企んでいるのか話してもらおう」
「企むだなんて、わたくしはただ、エレナ様に相談を…」
「ルシアナ!!」
アーロンは強気に迫った。
元婚約者は「ああ…!」と顔を小さな両手で覆って上質なソファーに崩れ落ちると、観念したように口を開いた。
「…エレナ様の護衛騎士の、フィデル様、いらっしゃるじゃないですか…?」
「は?」
「銀髪の騎士様です。ほら、いつもエレナ様のお側にいる…」
「あ?ああ、いたな、そういえば…」
「はじめてお見かけしたときから、なんて素敵な方だろうと思っていたんですけど、エレナ様の幼馴染みなんですって」
「はあ」
「わたくしは、ほら、殿下の婚約者でしたから、他の男性とはなかなかお近づきになれないじゃないですか?」
「…そうだな」
「でも、殿下の方が先にエレナ様と親しくなられて、わたくしもそのご縁でフィデル様とお話をする機会がございまして」
「……ああ」
「もうね、すごいんですのよ!お声まで素敵なんです…!大変思慮深くていらっしゃって、お優しくて、もちろん騎士様だけあってとてもお強くてね。エレナ様はフィデル様のことを『フィデルお兄様』と呼ぶんです。わたくし、それがもう羨ましくて羨ましくて…!」
「…………」
「フィデル様に『わたくしもお兄様とお呼びしていいですか』とお訊ねしたんです。けれどそれはそれは甘い苦笑を浮かべられて、結局、断られてしまいました」
ルシアナは悩ましげにため息をついた。
「殿下がエレナ様と親密になられていくのを横目に、わたくし、はしたなくも一計を案じました。」
目を潤ませ、ちらりと舌で紅色の唇を濡らす。
無駄に色気があって目に毒だ。
「婚約者たる殿下がエレナ様と縁を結べば、わたくしもフィデル様のお側にいられる。ですから、わたくしはどうしても正妃になりたいんです…!」
決意を漲らせた瞳を向けられて、アーロンは指でこめかみを揉んだ。
「…ルシアナが正妃になったとして、どうやって側妃の護衛騎士とただならぬ仲になろうと?」
「それはほら、いろいろあるじゃないですか。人妻の色気とか、夫に見向きもされない美貌の妻の儚さとか。」
「うん。おまえ大概にしとけよ?」
それからアーロンは「わかった」と頷いた。
「ルシアナを正妃に迎えよう。婚約破棄はなしだ」
「本当ですか!?」
ルシアナはぱあっと顔を輝かせて、無邪気に喜んだ。
***
翌年、王太子アーロンとその婚約者であるルシアナの結婚式が華々しく挙げられた。
参列者の中には、一時期アーロンと浮評が流れたエレナの姿もあった。友人夫妻を涙ながらに喜び盛大に祝福する彼女の隣には、銀髪の護衛騎士の姿も。
ルシアナは麗しくも切なげな微笑みを浮かべて、参列者の熱い視線を集める。
それを隠すようにアーロンが花嫁の細い腰を抱き寄せた。仲睦まじい新郎新婦の姿に歓声が沸き上がる。
「人妻の色気はともかく、夫に相手にされない妻の儚さだって?…させるかよ」
初夜からがっつり愛されたルシアナは、すぐに子を身籠った。
細い身体に不釣り合いなほど大きな腹に、始終右往左往と気にかけるアーロンの姿が頻繁に目撃されたとか。
アーロンとルシアナは美しく仲の良い理想の夫婦として、国民からも広く愛されたとか――。
アーロンははじめからルシアナが好きだと思う。。
おしまい!