王子が婚約破棄したので流れにのった話
このお話はフィクションでファンタジーです。
とっさの思い付きで書いた。反省はしているが後悔はしていない……気がする。
「もうお前の顔など見たくはない。婚約は破棄することになるだろう!!」
ああ、これはまずい。冗談抜きでまずいことになったわ。
場所は王立学園大講堂にて進行中のトラブルにアデラインはそれと判らぬように周囲を見回した。集まっていた学生のほとんどはまだ行われているらしい騒動を見ていたが、少数ともいえぬ人数がアデラインと同じように何かを探し始めている。
考えることは一緒ってことね。
目敏い者はすぐにでも動き出すだろう。必要のない者も巻き込まれないように様々な手を打つに違いない。私はすぐにでも動き出さないとまずい部類の人間なのだが。
「アディ」
背後から愛称で呼ぶ声は聞きなれた幼馴染のものだ。
ああ、彼がいた。彼なら頼みやすいし万が一のことがあっても対応できるはず。
ずいぶんと身勝手な理由だが、今ここで声をかけてきたということは彼だってそのつもりがあるからだろう。
「スライ」
返事は名を呼ぶだけだが、重なった視線がお互いの目的が同じであることを語っていた。
進行中のトラブルは佳境を迎えたらしく、第三王子、王子にくっつく男爵令嬢、彼らを取り巻く伯爵、侯爵子息たちが、たった一人で対峙している公爵令嬢を在りもしない罪で罵り始めている。
「婚約者がいなければ、あの方をもらえるかもしれませんよ?」
一応家同士のつながりを考えれば有益である婚姻になるだろうと伺うと、隣にいた幼馴染は赤い目にうんざりした感情を浮かべて見下ろしてきた。
「俺は身の丈をわきまえてる。お前こそ俺以外の当てはあるのか?」
にやりと笑いながら返事がわかっているような顔は見ていて腹が立つ。だが間違ってはいないから、どうやらクライマックスに近づいているらしい彼らを遠くに眺めながらぽつりと呟いた。
「当てがないから貴方を選んだと思われるのは心外だわ」
言いながら気持ちをのせて笑えば、黒髪の青年は軽薄そうな顔をかすかに赤く染める。
「中位貴族で婚約者のいない女性たちは大急ぎで相手を探すでしょうね」
どうやら茶番が終わったらしい役者たちが退場していくのを見ながら、スライが突っ込んだ質問をする前に話題を変えた。騎士に連行されていくのはもちろん第三王子を筆頭とした連中である。
「あの方を引き受ける家などないだろうからな。第三の派閥連中ですら手を出そうとは思わんだろ。派閥は公爵令嬢との婚約があればこそだったのに」
話題が違うだろうと視線で語りながらも自分よりも頭一つ半ほど高い身長の青年は話に乗ってくれた。周囲ではアデラインと同じように男女でひそかに語り合う姿や、婚約を結んでいる男女が寄り添っているのが見える。
誰もが貧乏くじなど引きたくはないのだ。
今回の騒動で後ろ盾であった婚約者の公爵令嬢にいわれのない罪を擦り付けた王子が臣籍に落ちることは確定した。問題はどこの家が引き受けるのか、ということである。
今回の罰を考えれば浮気相手の男爵家に入るのが一番なのだろうが、王子を押さえつけることができずに王族の血を野放しにする危険が伴う。種をばらまかない処置はされるだろうが、血は入れ替えることができないからだ。
そうなると王子を閉じ込めておくことのできる程度に裕福で武力を持った家に限られてくる上に、年頃の令嬢のいる家に押し付けることになるだろう。誰が好き好んで悲惨な結婚生活を望むというのか。
騒ぎの原因がいなくなったことでもともと行う予定だった卒業記念式典が始まった。壇上では学園長が卒業生に向かって「君たちの社交は決断が必要となる。今年の卒業を糧とするか枷とするかは君たち次第だ。頑張りたまえ」みたいなことを話しているが、ちょっと酷いと思うのは私だけだろうか。
こうなる前に穏便に秘密裏に処理してほしかったが、まぁこれによって婚約をしていなかった独身貴族たちが一気に減るだろうから高貴な身分の方々の思う通りになったのかもしれない。
「それで?」
幼馴染は俺に言うことがあるだろうと腰に手を当てて隣で待っていたりするのだが、その態度に素直に答えるのも悔しくなり。
「あの方よりは貴方のほうがましです」
「お前、それを言うか」
いつものように憎まれ口を叩けばスライは片手で目を覆ってうなだれた。
「それに」
「それに?」
横から突き刺さる視線を無視して壇上を見つめていると、遮るようにたくましい青年が回り込んでくる。美形な部類に入る真剣なその顔を見上げながら、子供のころから変わらないしつこさにアデラインは白旗を挙げた。
「貴方以上に好きになる人がいなかったのですもの」
にこりと笑いながら告白すると、男の目が輝きだして跪く。
「アディ、いやアデライン。俺と」
「貴女をずっとお慕いしておりました。どうか私と婚約してくれませんか」
スライの言葉に、先ほどまで一人で佇んでいた公爵令嬢に隣国の民族衣装を着た青年が言い寄る声が重なった。
「……ふふっ。隣国の王子が公爵令嬢に告白されたのですね……ふふ」
「高貴な身分の方々というのは注目されないと気が済まないのか。こら、笑うな」
「だって……でもわたくしたちらしくていいんじゃないかしら」
「くそ。ここじゃ気が散るからやり直す。それまでおとなしく待ってろよ」
「はいはい。お父様とおじさまに話をしておきますから、ごゆっくり」
黒髪の青年と金髪の女性という幼馴染の二人は他の貴族の間でも有名だった。
(「え? あの二人、まだ付き合ってなかったの?」)
(「スライ様は相変わらずヘタレですこと」)
(「告白邪魔されてやがる。ざまぁみろ。美形滅べ」)
(「アデライン嬢の笑顔が可愛いなぁ。うわ! スライがこっち見た」)
周囲の雑音を気にすることなく二人は楽しそうに笑う。
この後、婚約を結ぶ男女が増えたことで、国はさらなる繁栄を遂げることになったのだった。
【人物紹介】
・アデライン――幼少期からスライを幼馴染として育ってきた。母親が恋愛脳だったせいか年の割に大人びていて、スライの告白も大人になり様々な人や物と関わってから判断するように言い聞かせた。
・スライ――幼少期からアデラインが好きすぎて、無理やり幼馴染としての地位をもぎ取った。幼いながらも執着心が強く両親は心配していたが、同じ年のアデラインが彼を導いたことで非の打ちどころのない貴公子となった(アデラインの事を除く)。アデラインの家の方が格下で跡取りでもあるスライの嫁は彼女しかいないと彼の両親はひそかに思っているものの、アデラインが嫌がるようなら本気で逃がそうとは思っていたらしい。
・第三王子――公爵令嬢に婚約の破棄を突き付けて後ろ盾を失った。彼を受け取りたくない令嬢が慌てて婚約を結んだり、婚約していたカップルも横やりが入る前に結婚したりしたので、それから数年は社交界がベビーラッシュとなる。最後がどうなるかまでは考えていなかったが、どこかに引き取り手があれば結構な金額とともに婿入りする。または誰も引き取り手がいなかったら人知れず監獄塔に収監されて軟禁されることになる。
・公爵令嬢――今回の事態を企てた一人。隣国の王子に嫁ぎ、王位継承権を放棄した夫をよく支えて子供にも恵まれた。